プレゼン4
毛の長い絨毯に重そうなカーテン、それにソファや机などどれもこれも高級品だ。それにまだ朝は来ていないようだから、私が意識を無くしてからそれほど時間は経っていないはずだ。
間違いない、ここは城の中だ。だが、具体的に何処なのかはさっぱり分からない。
混乱する頭で必死に推理し、後ろに縛られた手を動かしてひとまず身体を起こした。
ここに居たら助けなんて呼べないよな…きっとあんなにしつこく言って来たナーチルさんだから、探してくれてるとは思うけど。
ここから出るにはどうするか、と考えていたそのとき、重厚な部屋の扉がゆっくりと開いた。
入って来たのは先ほどの女性ではなく、知らない男の人だった。
「ああ、やっと起きたな、ご機嫌いかがかな。」
20代くらいだろうか、私と同年代ほどに見える男はそばまで寄ってくると、ニヤついた顔を見せるようにして目の前にしゃがんだ。
「あなたは誰ですか?」
「ふふふ、やはりただの庶民か。礼儀がまるでなってないな」
男は私の後ろ髪を強引に掴んで纏めてあったそれをほどいていった。
「こういう時は相手の事なんて聞かず、黙って男に抱かれるもんだ」
男が吐息で話した言葉にギョッと目を見開いて、顔を近づけてくる男に必死に抵抗して暴れた。
「ま、ま、待って!待ってください!どういうことですか!?」
「は?そういう約束なんだろ?縛られたままが良いんじゃないのか?ほどいてやろうか?」
「ほ、ほどいてください!!」
なんだか、さほど強引に事を進めるような人では無さそうでホッとした。が、なんだ約束って、なんだ縛られたままって…
「はい、ほどいた。じゃあベット行く?」
「いやいやいや、行かないですから!第一抱かれるって何のことですか?」
「なんなんだあんたさっきから、そういう契約したんじゃないのか?人違いか?」
「はい??」
なんだかさっきからこの人と全く話が合ってない気がする。とりあえず、2人でソファに座りなおして話を聞いてもらうことにした。
私の経緯を話した途端、彼は顔を真っ青にして天井を仰いだ。
「なんだ、そりゃ。人違いとかいう話じゃねえな。あんた誰かに嵌められたんだよ。俺もな…」
「はめられた?誰に?」
「知らないさ、俺は副神官長殿のパートナーが夜の相手を探しているから時間になったら来い、と書かれた密書を読んで来ただけだ。」
「は、はいー?」
「せっかく緊縛とか特殊なプレイで楽しめると思ったのに」
「あのね…」
さて、じゃあ俺はさっさと帰るわ、と言ってその男がソファから立ち上がった瞬間、ドンっという爆発音と共にあんなに重そうな扉が無くなっていた。
そこに居たのはさっきまで一緒だった、ナーチルさんだった。
白の軍服を纏った彼は部屋を一巡して、私たちの姿を確認すると一歩部屋に入り男の身体を吹き飛ばした。
「彼女に何をした」
今までに聞いたことの無い彼の声だった。部屋の絨毯を這うような声は、たった今ナーチルさんに吹き飛ばされたあの男に向けられていたが、窓際の壁に叩きつけられた男には全く聞こえていないようだった。
ナーチルさんは、ゆっくりと私の側を離れて男に近づいた。彼は動かない男の前に立つと、手で触れる事なく男の体を激しく揺らしてみせた。その様子に背すじがぞくりと震える。
これも、魔法なんだ…
それはこの世界に来て初めて恐ろしいと感じる魔法だった。
ナーチルさんは、しばらく男を揺らして何かブツブツと言葉を発していたが、何も反応を示さない男に見切りをつけたのか、捨てるようにその場に放ったあと、その光景を呆然と見ている私に近寄り膝を折った。
「大丈夫でしたか?」
「あ、は、はい…」
「腕は?よく見せてください…」
話を聞く限り罪が無かった男を、庇う暇すらないナーチルさんの行動に素直に腕を差し出すしかない。
ナーチルさんは私の腕をまるでガラス細工でも扱うかのようにそうっと持ち上げて、縛られていた跡が残る部分を見ている。今にも泣きそうな顔をしているナーチルさんの表情の中には怒りが潜んでいるようにも見えた。
「これは、あの人がほどいてくれたんです。多分ですけど彼も騙されてここに来たそうなので…」
これ以上、罪のないあの男に危害を加える訳にはいかないと彼の表情を窺いながら言うと、眉を少しだけ上げた彼は、そうですか、とさほど興味が無さそうに言った。
しばらく腕を観察して特に異常がないと分かったのかふーとため息吐いたあと、ゆっくりと下ろしてくれた。
「すみません…私が離れたせいで」
「ち、ちがいます!これは私が…」
とっさに否定の言葉を発する。だって、知らない人に付いていくなと言われたのに…
頭を下げたナーチルさんに、わたわたと手を左右に振るが当然彼には見えてないわけで。
本当に何も無かったから顔を上げて欲しい。
そう思い、ナーチルさんを覗くようにして私も地面に膝をついて屈むと、その瞬間軽い衝撃が身体に伝わった。
抱きしめられた。
頭がそう理解した時、顔にカーっと熱が溜まる。
「なな、ナーチルさん?」
おそるおそる声を掛けてみるが、彼の声は聞けず私を一層強く抱きしめる。
同時にナーチルさんの身体が震えているのが分かった。
軽くパニック状態の私は考える力を放棄して、ただただ震えている彼の背中をあやす様に撫でた。
触れた瞬間ビクッと大きく身体を揺らしたナーチルさんは私が撫でているという事が分かると、体の力を抜いて抱きしめる力が弱まっていった。
少しの沈黙のあと、震えが治ったナーチルさんに身体を離されて頬を包む様にして手が添えられる。
「無事でよかった…あなたに何かあったら、私は…」
「?」
絞り出したような声は後半になるに連れて聞こえなくなっていったが尋常じゃなく心配を掛けてしまったことは分かる。
彼にそこまで思ってもらえていることに僅か困惑しながら、大丈夫アピールをするために笑ってみると、彼は困った様な顔をしながら海色の瞳を細めるだけだった。
こうして長い長い夜会は幕を閉じた。
ちなみにあれだけ練習したダンスを1秒たりとも踊っていないことに気づくのは、もう少し先のこと。
ようやく夜会編が終わりました。
もう少し続きます。




