第十一話「影よりも長い過去」その1
アニは鞄の中を確認しながら、しっかりと瓦礫の山を進んでいく。
珍都バブッキンガム。
ここは広大な敷地をまるごと魔法結界で覆っている。そして建物の全てがお菓子で出来ているというとんでもない国である。
当然廃材や廃棄物などは処理しきれず、都の地下深くに作られた廃棄区画という場所で、地中に住む生物たちに処理させているのだ。
《バブッキン廃棄区画ーD-5》
推奨戦闘値4577〜5750
…
魔法のお菓子を食べた生物たちは巨大化し、時には強大な力を持つまでになった。
ここはそれらを処理するために今は冒険者を送り込む場所となっている。
…流石に太刀打ち出来ないわね…。
アニの戦闘値はまだ2544だ。
周りの巨大化したネズミ相手にもまともに戦える自信がない。
シェイダーはいつもの黒いマント姿に腰に大量に物の入ったポーチを持っていた。
あの黒いマント…よく見ると背中に赤いドクロのマークがペイントされている。
彼と付かず離れず…微妙な距離を維持しながら、あらゆる音、視覚、臭いを偽装し、遮断したアニが追いかける。
「…ん?」
シェイダーがふと止まる。
さっとこちらを振り返る。
…え、なんで…!?
「いや、気のせいか…」
ふう…
アニはゆっくりと追跡を再開する。
シェイダーはポーチを放り投げ、ホルスターから銃を引き抜いた。
視線の先にあるのは、廃棄物が集まり魔法の力で動き出したトリートゴーレムだ。
見た目はペロペロキャンディやチョコレートの寄せ集めだが、5000超えの戦闘値を持った強敵である。
シェイダーは右手に持った少し長めの銃身の黒い銃を敵に向かえ構える。
そして、引き金を引いた。
「[ワン・アンド・デス]」
瞬間、ゴーレムからクッキーのような粉が飛び散り、地面に崩れ落ちる。
銃声は…しなかった。
すごい…!
これが高レベルのレベリング…!
【ハイドマスター】の捕捉外攻撃や不意討ち、更に戦闘開始時のダメージボーナスを突き詰めると、あぁいった格上の相手でも一撃で葬り去る事が出来るのだ。
と…ここでシェイダーがため息をつく。
「おい」彼は口を開いた「来るのは勝手だが、お前が見ていると攻撃力が下がる。姿を現してくれないか」
ばれたか。
アニは魔法効果のある薬品を身体から取り払い、シェイダーの前に姿を表した。
「…新しく入った新入りの嫁か?」
「えぇ。アニよ」
「なんで来た」
「気になっちゃって…迷惑ならもう帰るわ」アニは両手を上げた「温泉旅行をフイにして、どれだけ重大な用事なのかな?って感心があったのよ」
「他人の詮索は命を縮めるぞ」シェイダーは静かに言った。フードから赤く光る目が見えた「ここで俺がお前を殺すとも限らない…入り口まで送るから帰…」
ヴーーー!
何か変なブザー音が響いた。
「何…え…?」
不意に地面の感覚が無くなった。
「アニ!?…クソッ、トラップか!?」
周りの地面がいきなり消失した。
自分の身体が闇に落ちていく…。
落下の衝撃に備えて、アニは身構えた。
★
…
《廃棄区画…最終処理場》
「…ったぁぁぁっ…」
アニは辺りを見回すが、あまりにも光源が無さすぎて辺りの様子が分からない。
体勢を変えて鞄を探そうとした瞬間、
「きゃ…ああああ!?…ぁ…」
右足に激しい痛みが走った。
折れ…てる…。
ハリスっ!
メニューを慌てて呼び出し、魔法メールを送ろうとしたが、送れない。
【圏外】なのだ。
「そん…な…」
…。
とりあえず一番安楽な姿勢をとり、静かに呼吸を整えて思案する。
この[分析]というアルケミストが使える基本スキルは、どんな状況であっても冷静に状況を調べる事が出来る。
こういった精神的な状態を変更出来るスキルにより、彼女のキャラクターはパニックのような精神的な状態異常に陥った事がほとんど無い。
…まぁ、これを自らが経験出来るようになるなんて、ゲームで遊んでいた当初は本当に夢にも思わなかったが。
現状。
HPはまだ6割ある。
状態異常…移動不可。
光源がないが、変わらず甘いような酸っぱいような匂いがたちこめている。
とりあえず明かりを点けよう…。
アニはランタンを取り出す前に、照明弾を取り出し、ピンを抜いて放った。
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!
「ひっ…!?」
光に映し出されたのは大量の蜘蛛…そして巨大な蟻の群れ。
一斉にそれらの黒い波は放られた照明弾を飲み込み…聞きたくない破砕音と共に、だんだんと明かりが暗くなっていく…。
…もしランタンなんて点けてたら…!
しかし、こんな状況では動けない。
もし虫の群れに少しでも触れてしまったら、全身を噛み千切られて死んでしまう。
かといってここでじっとしていても、いずれは群れに見つかってしまうだろう。
何がいるのか分かったせいで、辺りの音が鮮明に聞こえてきていた。
カサカサ…ベリベリ…パキパキ…
アニはだんだんと自分の冷静さが失われていくのを感じる。なんとか恐怖心を頭を振って取り払い、思考する。
…ちょっとでも数を減らそう…。
その為の道具は幸い持っている。
やれるだけやってみよう…!
アニはまず、照明弾を起動し…
離れた位置に投げ込む。部屋の内容は頭に入っていた。ここは長い通路の中間地点のような場所だったのだ。
虫がたかっていくのを確認し、素早くマッチで火を起こし…手に持った殺虫煙幕発生筒…いわゆるこの世界のバ○サンを起動させてこちらは近くに置く。
解毒薬を含ませたマスクをして、とりあえず様子を見てみる。
「ギャ…ギギギ」
「ギィィィィィ…ィ…」
背筋が凍って発狂しそうな勢いで嫌な音が流れているが、効いているようだ。
少しずつ這いながら、発煙筒から身体を離れさせていく。
…やったっ!
さて、次の手を考えなければ…!
とりあえず…足を治そうか。
消炎作用のある湿布と添え木で応急治療を済ませる。アニは杖を使いながらなんとか立ち上がれるまでには回復した。
…ここから逃げよう…
照明弾や使い捨てのトーチライト、
とにかく明かりになりそうな物を遠くに投げつつ、空間を把握しながら進む。
明かりのある区画に辿り着くまで、これらの在庫が切れないのを願うばかりだ。
「やった…!」
錆びだらけの梯子を発見してアニは安堵のため息をついた。
この調子で上を目指していけば、そのうち辿り着くことが出来るかもしれない。
…希望を胸に、危なっかしい足どりで梯子を登っていく。全て登りきると、再び照明弾を放り投げる。
ゴツン
「グルル…?」
「あ…」
背中から透明な雨細工のようなトゲを生やした黒い狼の姿が映し出される。
しかも、こっちを向きおった。
戦闘値…6200…!
…うそでしょ!?
「きゃあぁぁあぁぁ!?」
アニは足を引きずりながら必死の思いで駆け抜けていく…!
しかしどう考えたって狼の方が足が早い!アニはすぐに捕まり、狼に背後からのし掛かられる。
「助け…」
ゴスッ
「キャイン!?」
…?
頭を上げると、棍棒を持った白い巨人が立っていた。助けてくれたのかと思ったが…よく見たら舌なめずりしている…!
「ちょ…あの…いやぁぁ離して…!?」
巨人に片腕に担ぎ上げられてアニは叫ぶ事しか出来ない。
…しかも走って上下する視点、頭は脳震盪をおこしかけて意識を失いかける。
「ウボァ!?」
「きゃあっ」
今度は地面に投げ出された。
…今度こそ…助けが…!?
いや。
急激に視界が動く。
自分が何かに捕らえられ、とてつもないスピードで上に移動している…!
「…今度は…何よっ…」
何か粘着性のあるネットに背中からべったりと接着させられている。
…
そして。
目の前に光る緑色の宝石が多数。
それが複眼だと気づくのに少し時間がかかったが…ともかくアニは叫んだ。
「もういやぁぁぁぁあああ!?」
【続く】




