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第八話その3

ハリスは辺りを見回した。

メルハの城であることは、壁に飾られている紋章を見れば分かるのだが…

と、ハリスの身体を突然、人がすり抜けていった。

「わッ…」

どうやらハリスの声も姿も、この場所にいる人々には分からないようだ。

「しかし…御身に何かあれば我が国は」

「分かっている!なればこそ聖なる戦いに身を投じねばならんのだ!」

ハリスは声のする方を振り返る。

眩しいまでに白いプレートアーマーに身を包んだ老齢ながらも屈強な男と、実務官だろうか?初老の男性が話をしていた。

「陛下、どうか思い留まり下さい…最終防衛ラインは突破されましたが、まだ王城まで敵の侵攻は…」

初老の男性はそう言うと。

屈強な男は叫んだ。

「貴様は今の今まで私を信じ、私の為に尽くし、共に同じ夢を見ていた国民を…同志たちを見捨てると言うのか!?」

「ですが我が国は特殊な結界により復活魔法が無効化されているのですぞ!?そんな危険な戦場に陛下をお送りするなど…恐れ多くも私は…力づくでも阻止せねば…」

「デルクロスト…お前は私を止める仕事をしている訳がないだろう?私はここがただのキャンプ群だった時代から護り続けてきた…これは国王としてではない。この場所を支える一本の柱として、私が皆を支えなければならないのだから…」

…国王?

と言うことは彼が…

「ですが陛下まで居なくなられたら…ティラー王女殿下は…」

「もし私の身に何かがあれば、ティラーを即位させてくれ。あの子は知らなければならん…この国の柱として、自分に出来る事。その運めとも言うべき責務を…」


ハリスは突然目眩を感じて目を抑える。

次の瞬間には場面が変わっていた。

デルクロストと呼ばれていた執務官が、小さな女の子の手を引いて巨大な水晶で出来た墓石の前に立っていた。

「おじいさま…おじいさまぁ…」

女の子は泣いていた。

「ティラー王女殿下…今ここでは泣くことを許しましょう。ですが立ち止まってはなりません…メルハの生還者と国民の命は全て、殿下の双肩に掛かっているのです」

…つまり、この泣いている子供がティラーなのだ。幼いながらも王族として自由を奪われた、悲劇の少女…

「出来ない…私には出来ないよっ!」

「殿下…」デルクロストは花束を水晶で出来た墓に置いた。勇敢な王の姿が、遥か下に透けて見える…。

「父上も母上も…おじいさままでもが死んじゃった…」泣きじゃくりながら幼いティラーは言う「私は…私は一人ぼっち…。もう…もういやぁぁぁっ!」

「姫様!」デルクロストは叫んだ。

「…っ!」ティラーはビクッと震え、デルクロストを見上げる「姫…さま…?」

「そうですとも…貴方はもう王女殿下ではない…この国の姫様なのです。今でも外の防衛ラインでは、貴方の為に命を捧げて戦い続けている人々がいるのですよ」

「わ…私の為に、また誰かが傷つくの…?私が…悪い子だから…?」

「いいえ姫様…それは違います」デルクロストは言った「全てはこのメルハを人々が笑い合えるような国にする…そのおじいさまの意志を受け継いだ、貴方の為に戦っているのです」

「わ…私に何か出来る事はないかしら?」ティラーは顔をあげた「私も…この国を人々が笑い合って暮らせる国にしたい!」

「ありますとも」デルクロストは頷いた「国王の責務をお教えしましょう。どうぞ、こちらへ…」

また視界が暗転した。

次に変わった風景は…

ティラーの個室…だろうか?

バーベルやダンベル…その他沢山の筋トレグッズが散らばっている…

「さかし…わざわざ遠くの国から付与術士を呼び出し…何をするかと思えば…」

「デルクロスト!私は!」やたら大量に錘を付けたバーベルを持ち上げながらティラーは言った「自信がついたわ!これほどの力があれば!きっと周りの敵の陣営が逃げていくに違いないわ!」

「…姫様…姫様自身が戦場に立つ訳ではいかんのですよ…」

デルクロストが言いかける。

「誰がなんと言おうと、私は私のやり方で皆を助けるわ!文句ある!?」

「いや…ですがもし姫様に何かあれば…この国は貴族たちの内乱で大変なことに」

「何もなければ大丈夫でしょ?」ティラーは言った「私は倒れはしないわ…私が倒れなければ、皆を笑顔に出来るんだもの。おじいさまは『ティラーの好きにやらせてみろ』って遺言で言っていたし!」

「…前国王と同じで、頑固な方だ…」

「なんか言った!?」

「いえ、滅相もございませんとも!…ですが、約束してください…何があっても絶対に帰ると…」

「うん、約束するわ」ティラーはバーベルを地面に置いた「さて、今日も抜け出すから、いつも通り迎えを用意して頂戴」

「かしこまりました…ご武運を」

「じゃあ行ってくるわ!」

つまり、ティラー姫様は自らを鍛え…時には戦場に、時には町に降りて人々の笑顔の為に戦っていたのだ。だが本当はとても意志の弱くて、一人では泣いてしまう女の子の一面も持っている。

その弱さと強さのギャップが、彼女の心を不安定にさせていたのだろう。

「…あ」ティラーは胸から手を引き抜かれると、ハリスを見上げた「私…そうよ、私はメルハの姫様…」

「そうだ」ハリスは頷いた「でも…辛いときは泣いてもいい。心細かったり大変だと思ったら仲間に相談してもいいんだよ」

「ハリスさ…」ティラーは我に返った「ご、ごめんね!?さっき痛かったでしょ…この力は皆を笑顔にするためにあるのに」

「そう…まだまだ諦める段階じゃない。君の帰りを待ってる人は沢山いるんだよ…どんな手段を使ってでも…帰ろう!」

「そうね」ティラーは立ち上がり、得物を手に持つ「でも具体的にはどうすれば」

「…」その時…ハリスは目を見開いた「ティラー!あぶないっ!」

「えっ…」ティラーは背後を振り返る。

周りに生えていた木の一本が…まるで人間のように腕を振り上げていた。

「くっ…うぉぉぉぉ!」

ハリスは飛び出すとティラーを押し倒し、剣で木の一撃を防いだ。

…重い…!

「でぇぇい!」

風を切る音と共に、巨大な鉄球が木にめり込み、枝や幹をバラバラに粉砕した。

「…ありがとう、ティラー」

まだ剣を構えたままハリスは言った。

「お礼は後で…まだまだいるわ!」

よく目を凝らせば、辺りの木々に紛れるようにして動いている木が更にいた。

「…なんだって今になって襲ってきたんだ!【ブレイドバースト・フレイム】!」

「もしかしたら出口が近いのかもね」ティラーはそう言うと最も近場にいた木をなぎ倒す「そうだとすれば、この付近に発動者がいるはずよ!」

「わかった」ハリスは一匹の背後を取り、斬撃を繰り出す「でも、これじゃあキリがない!どうすれば…」

「なんとか突破口を見つけなさいよ!」ティラーは次々と木々をなぎ倒して叫ぶ「あなたには期待してるんだからね!」

…考えろ…何故木々は動き出した?

この場所を護るため…いや…

発想を転換しろ。ここは何処だ…?

…そうか!

「ティラー、この場所って…閉じ込めた人間は毎回こんな目に遭うのかな?」

「え?…いや実際のところ、これは来た人を寝かせて夢の中で永遠にさまよわせる物だったはずよ!こんなモンスターが出てきたなんて話、聞いたこともないわ!」

「もうひとつ。さっき使ってた王族の紋章って…一体どんな効果なんだい?」

「あれはあらゆる魔法や魔法結界をすぐに無効化する紋章よ…」

…!

「…なるほど、そうか!」ハリスは敵の攻撃をあしらいながら脳内でメニューを形作る「やっぱり…」

「何か…思い付いたわけ?」

「うん、僕たちは眠ってこの場所に閉じ込められた訳じゃないんだ」ハリスは言った「この歪曲空間は…どこかにゲートがあるに違いないよ!」

「ゲート…ってあの、異界と通じてるって報告にあった物かしら?」

「そう…僕たちは眠らされた後に、ゲートに放り込まれてしまったんだよ」ハリスは空を見上げる。

頭上には十字架を象ったような、不思議な形をした月のような発光体が見えた。

「ゲートの中に…私たちが…?」

「もっと早く気づくべきだった…問題は…今現在、この場所と現実世界が繋がっている…ゲートを探さないと!」

ハリスはティラーを抱き寄せる。

「ひゃっ」

「[ブレイドバースト・シャドウ]…[クローキング・マスター]!」

剣に纏う闇のオーラが、一瞬にして二人を包み…周りの色に溶け込ませる。

「ハリスさん!木は魔法生命体だから、カモフラージュは効かないんじゃ…」

ティラーがそう心配するが、どうにか注意を反らす事は可能らしい。

「位置を把握されないように、常に動き続ける必要がある。でもモンスターが出現しているゲートを発見出来れば、僕達は帰ることが出来るはずだよ」

そう話しながらハリスはアニに返信を送った。返事はすぐに返ってくる。

『了解よ。丁度貴方達が居なくなった辺りにシオンとたどり着いた所。心強い護衛でしょ?ブレードさんが連れてきてくれたみたいでね』

『ゲートはあるのかい?』

『今現地にいるんだけど、確かに人が入れそうなゲートを見つけたわ。かなり鮮明で、向こうが見えるわね…今手を入れてみるから、マップを開いて場所を見て!』

『うん、ありがとう』

頭の中でメニューが開けるようになったハリスは、マップを呼び出し…結婚相手のアニの座標を確認する…

「こっちだ!」

ハリスはティラーの手を引くと、森を駆け抜けた。

「ハリスさんっ!」

「なんだい?」ハリスは駆け抜けながらティラーの手をしっかり握る。

「今の貴方、すごくカッコいいわ!結婚してなければ、一緒にメルハを護って欲しいぐらいに!」

ティラーは興奮ぎみにそう言った。

「ふふっ…薄暗い闇の森で、まさか一国のお姫様の手を引いて逃避行するとはね」ハリスは笑った「…本当に冒険者というのは面白い!」

本心から…そう思った。

やがて、確かにゲートが有るのが見えた。こちらからは白く光って…とても邪悪な物を呼び出す門には見えない。

「飛び込むよ、姫様!」「えぇ!」

そして二人はその光に足を踏み入れた。

「へぶしっ!!!」

ゲートから脱出して真っ先に目に入ったのは、吹き飛んで鼻を押さえるアニと、ため息をついたシオンだった。

「やれやれ…生きてたようだね」シオンはそう言うとハリス達の背後を指さす「じゃあさっさと破壊しちゃった方がいい。こんな街近くにゲートなんて出来たら、たまったものじゃないからね」

「はい!アニ…」

アニを見下ろしたが、後頭部を強打したのか、白目を剥いて気絶している…。

「ハリスさん」ティラーはハリスの服を引っ張った「私…頑張るから…」

「えぇと、[ゲート・ブレイカー]については…」ハリスは聞いた。

「前もって勉強済みよ。さぁ、私から剣を出して見せなさいっ!」

…なんだか違う知識だよそれは…

まぁ、問題はないだろう。

きっとティラーとは…ゲートブレイカーを発動させる為の条件を満たしたはずだ。

「行くよ…」ハリスはティラーの手を取った「母なる大地よ!…全てを司る天よ!…神の代行者の名において、我に…世界を拓く力を!」

ティラーの身体が光始める。

「わ…私…!?」

「大丈夫、ゲートを破壊し終わったら元に戻るから…」

「わ…分かったわ」ティラーは頷く「ただし…私は高いわよ?帰ったらひとつ私の言うことを何でも聞くこと!」

「えぇ、今のタイミングで言う!?」

「良いから、早く取りなさい!」

【続く】


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