第五話その2
「…覚悟は…出来てるっス…」
マナは刺した剣を引き抜いた。
「ならば、全て受け止めよ。その身をもって。そなたの罪を思い出させてやろう」
剣は激しく光を発した。
「…マナ…」背後に人の気配がして、マナはビクッとして背後を振り向いた。
「あ…あなた…は…」
「許さん…ゆるさんぞぉ…!」
赤く光る目をこちらに向けているのは、白い長い髭をした見覚えのある戦士…
「レクターさん!?」
ハリスは思わず叫んだ。
「うおおおっ!」
レクターは手に持った剣を振り下ろす。
マナは剣でその攻撃を受けた。
「戦うな!お前が奪った命だろう!」
魔剣がそうマナを一喝する。
「…っ!」
マナは剣を下ろし、深呼吸しながらレクターを見つめた。
「マナ…貴様…何故…何故敵ではなく、味方を斬ったぁぁぁ!?」
「…私はっ…」
ザシュッ!
「マナ!」ハリスは叫んだ。
マナはレクターに剣を貫かれた。
鮮血と共にその剣が引き抜かれる。
「ぐあ…かはっ…」マナは膝をつく。
「メースさん!回復を…」ハリスは近くにいるメースに声をかけた。
メースは首を振った。
「私達は見ていることしか許されない。それがルールなのよ…」
「そんな…でもこのままじゃマナは…」
「ぐっ…」マナは立ち上がった。
レクターの目が正気に戻る。
「…傭兵として、勇敢な最期を遂げようと思っておった。…だがまぁ、若い者に全てを託して逝くのも、悪くは無いのう…」
レクターはそう言うと、不意に現れた光の中へと歩いて行った。
「…」マナは剣を見つめる。
「コツを掴んだようだな」
剣はそれだけ言うと再び光を発する。
「マナ」またマナの背後に誰かが現れる。…長い銃を持った傭兵の中のひとりだ…
マナはそのまま腕を広げて許可の意を示す。瞬時、発砲音と共にマナは叫んだ。
「がはぁぁ!う…あああ…」
明らかに心臓を狙った一撃。
マナは仰向けに倒れる。
その頭蓋に銃身が振り下ろされた。
「ぐっ、がっ!グっ!ァ゛…」
ハリスはもう見ていられなくて、耳を塞いでマナから目を離す。
「ヒュー…ヒューッ…」
マナは血まみれの顔を上げて、再び銃を持った傭兵の顔を見る。
傭兵の顔が正気に戻った。
「マナ…君は十分強いな。俺の命を捧げた甲斐があったぜ。…生き残った俺のダチにもよろしくな」
傭兵はそう言うと光の中に消えていく。
「…あっ…うぅ…」マナは虚ろに目を開き、再び立ち上がる。
剣が更に明るく光を発した。
「あは…あはははは…」
「れ…レフイ…」マナは呟く。
そう。自爆魔法でハリス共々自決しようとした、あの魔術師だ。
「[ヘルフレイム]」
「ああああ…!うわぁぁぁ!」
マナは炎に包まれた。
「[ドラウン・ヘッド]」
「ゴプッ…」マナの頭が水の球に覆われる。息が出来ないらしく、足をじたばたさせているが、それもだんだん弱々しく…
やがて動きがピタリと止まり、レフイは呪文を解除した。
全身が焼け焦げ、もう焦点の合っていない目をマナはレフイに向ける。
「…」レフイは無表情のまま、突然懐からナイフを取りだし、倒れているマナの胴にに深々と突き刺す。「[マナ・エクスプロージョン]」
「…っ…。」
マナに刺し込まれたナイフが爆発して、マナの周りが血の海になる。
「…短かったけど…楽しかったわ」
いつの間にか正気に戻ったレフイは口元に笑みを浮かべながらそう言った。
そのまま光に包まれ、消えていく…。
「うぐ…うぅぅ…」
「最後だ」剣は短くそう言った。
「…ぐっ!」マナは背後から誰かに刺されていることに気づいた。「兄…さん」
そう。
そこにいたのは傭兵部隊の副官。
アクセルイだ。
「…マナ…死んでくれ…」
アクセルイは悲痛な表情をしている。
「が…ひゅ…」
マナは地面に倒れ伏した。
「…確かに俺は部隊長として、お前の兄としてその魔剣で命を奪えと言った。…本当にやるほどバカだとは思わなかったぞ」
「そ…んな…」
「お前はもう俺の妹じゃない。さっさとくたばってしまえ!」
マナは不意によろよろと立ち上がる。
「…確かに、確かに私は愚かだった。人の命はどんなに重いのか、あまり認識できてなかったんだ…でも兄さん。私は…」
「言い訳など聞く耳はもってはいない」
アクセルイは剣を握り直すと、左から横に一閃した。
「それ…でも…私は…死んでいった人たちの為に生きると…決めたんだ…」
「…」アクセルイは剣を下ろす。「よし、よく耐えたな」
アクセルイが正気に戻った。
「兄さん…」
「お前がこの試練に挑むことは、死ぬ前から分かっていた。その剣は、人の魂を喰らい、それを力にする魔剣。だから忘れないでほしい。それによって失われた命が、いかに重いものなのかを」アクセルイは剣をしまうと、両手を広げた。マナの被っていた兜が壊れて地面に落ちる。
「兄さん!」
マナはアクセルイに抱きついた。
「…さっきはすまなかった。お前はやはり、俺の自慢の妹だよ」
「うっ…うぅ…」
アクセルイの姿が光に包まれるまで、マナはアクセルイの胸の中で泣き続けた。
そして彼の姿が消えたとき、魔剣は声高らかに宣言する。
「試練に打ち勝った者よ!真の勇者よ!汝の罪は我が引き受けよう!我の名はカルマ・ベトレイヤー。この力、お前の望むままに使うがいい!」
★
「マナ!」
ハリスはマナに駆け寄る。
「ハリス…」マナは魔方陣の中央で仰向けに倒れている。
全身が傷だらけで、着ている鎧ももうただの胴着だけになっている。
「よし、頑張ったな」
ブレードはマナを立ち上がらせると、背に背負った。
「もうここに用事はありません。さぁ、早々に戻るとしましょうか」アーチャーはそう言うと笛を吹いた。アーチャーのドラゴンが空から降りてくる。
「よし、ハリスを送り届けてくれ。俺達はここで少しの間迎えを待つ」
「了解です。ハリス、乗ってください」
「あ、はい」ハリスはドラゴンから伸びたロープをよじ登ると、また高級そうな椅子に腰かける。
アーチャーもいつの間にか乗り込んでいて、紅茶を入れるとハリスにすすめた。
「ありがとう」ハリスは紅茶をもらう。
ドラゴンはそのまま離陸した。
「まぁ、何はともあれお疲れ様でした。マナには悪いですが、これでようやく本格的に活動が出来ます。」
「というと?」ハリスは紅茶を啜りながらアーチャーを見つめた。
「彼女の魔剣は分かりやすく言えば、マイナスエネルギーを探知する能力を持っています。つまり前に取ったゲートの周波数に酷似した周波数の場所を特定することが可能なんです」
「ってことは、ゲートの位置を特定する事が出来るってことか!」
ハリスは叫んだ。
…もしそれが本当なら、世界中のゲートを破壊することも簡単だ!
「えぇ。世界には膨大な数のゲートが有りますが、巨大な物から消していけば、いつかは魔物と人の均衡が取れるようになります。…あれ…?」
アーチャーは何かに気づいたようだ。
「…どうかした?」
「ワイバーンの群れですね…おかしいな…この周辺には生息していないはず…フィスト、左に旋回してください」アーチャーの声でドラゴンが進路を変える。
確かに眼下には小型の竜の群れが見えた。その数は十を越えている。
「アーチャー…何体かはこっちに気づいたっぽいんだけど…」
ハリスは恐る恐る言った。
「一旦離れて、それでもついてくるようでしたら歓迎しましょうか」アーチャーは弓に矢をつがえる。「テーブルの裏側にクロスボウがあります。もし来たらそれで迎撃出来ますか?」
確かにテーブルの裏側には小型ながら精巧な作りの弩が取り付けられていた。
「やってみるよ」弩を手に持ち、リロードと発射までの手順を確認しながらハリスはボルトをつがえた。
「…駄目ですね。振りきれない…始めますよ!」アーチャーは矢を放った。
その矢は正確に一体の翼に刺さった。
「…っ!」ハリスも弩でワイバーンを狙うが、うまく当てることが出来ない。
「一応風の加護を。ブレスが飛んでくるかもしれないので」
アーチャーは次を狙いながら言う。
「了解、[ブレイドバースト・ウィンデイ]…[エア・フレーム!]」
ハリスは片手で剣を抜くと、透明な風のシールドを展開した。
「[鳳羽・四天弓]!」アーチャーは鳥の形のオーラを纏った矢を放った。
「アーチャー!数が増えてきたよ!」
「仕方ありませんね。一旦降りま…」
次の瞬間、視界が反転する。
自分が宙に投げ出されたと気づくのに随分時間がかかった。
まずい…!
「ハリス!」アーチャーの叫ぶ声が聞こえる。「…リザードライダー!?」
意識を失う直後、ハリスの視界の端にワイバーンに乗った頭がトカゲの獣人が映った。瞬間、全身に強い衝撃を感じた。
★
「…駄目です!あれでは助けに行けません!」ドラゴンの操縦者が叫ぶ。
「くそっ…」ブレードは飛んでくる爆発魔法を大剣で受け止める。
ワイバーンの背に乗ったリザードマンが大量に投擲型爆発魔法を唱えており、煙でアーチャー達のいる場所が確認出来ない。
「ブレード、体制を立て直しましょう!あのリザードマンの軍団、レベルがおかしいわ!」メースがブレードに怒鳴った。
「…っ」ブレードは後ろの席でぐったりしているマナを見た。「怪我人もいることだしな…許せハリス、アーチャー…」
ブレードは歯ぎしりしながら進路をメルハに向け直し、ワイバーンの群れを突っ切る決断をした。
「通信が繋がったわ!」
メースは無線通信機を放る。
ブレードは通信機を受けとると、大声で通信機に向けて叫ぶ。
「アーチャー!無茶なことを頼むが、マナを先にメルハに送る!援軍が来るまで持ちこたえてくれ!」
『了解…私なら大丈夫です。…すぐに援軍が来るのを信じています。では…』
通信は一方的に切られた。
…最悪の状況になった。
アーチャーは自分から援軍が来ることを頼みにすることはない。
つまり、援軍が来るのを待つほどまずい状況になったと言うことだ。
「絶対に…死ぬなよ…!」
もうどこにも繋がっていない通信機にブレードは声を絞って言った。
★
「…さて、今日の私は少々頭に来ています…よくもハリスを…」アーチャーは短剣を取り出した。「フィスト、そのまま右旋回。高度を落としてバレルロール」
爆発魔法がアーチャーに向けて飛んでくる。アーチャーは頭を少し傾けて回避すると、揺れるドラゴンの背中でバランスを取りながら短剣を振り回す。
瞬間、アーチャーの斬った虚空に突然複数の亀裂が入った。亀裂はだんだん広がり、やがて大砲の砲塔が現れる。
「盟友よ!我らと共に屍を築け![ヴァナルガンド・アームズ]!」
アーチャーの周りの数台の大砲が轟音と共に火を吹く。それぞれの狙いは的確で、ワイバーンに乗ったリザードマン達を次々と落としていく。
だが、次の瞬間アーチャーの背中に爆発魔法が運悪くヒットした。
「ぐうっ!…このっ…!」
何とかロープに掴まり踏みとどまったが、その間大砲の段幕が薄くなった。
ここぞとばかりに大量のリザードライダーが集まってくる。
その数は数十の騒ぎではない。数百だ。
「フィスト、町に戻って!」
アーチャーはそう叫ぶと、ドラゴンに気づかれないように背から飛び降りる。
空中に踊り出たアーチャーは、ドラゴンが町の方に言われた通りに飛び去るのを見て頷くと、再び大砲を召喚する。
「絶対に…許しません…絶対に…」
アーチャーはあらんかぎりの力を込めて、出せる限りの大砲を召喚し、落下しながら戦い続けた。
…私がここで死んだら、彼は悲しむだろう。ただひとつの救いは、向こう側にハリスがいることぐらいか…
「はあああああっ!!」
【続く】




