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音香彩々  作者: 天猫紅楼
7/50

昔、ギターに会ってたんだ!

 まだ客が入ってくる気配もない店の中、静かにジャズが流れはじめた。

 店の片隅で、影待は手際よく弦を張り替えていく。 六本の弦が、みるみるうちにギターに備わっていく。 やがて持ち上げて弾く体勢になると、影待は一本ずつ爪弾きはじめた。 そして、少しずつネジを締めていく。 つまみを締めるごとに、音が高くなる。 音階を調節しているのだろう。

 音香は近くの椅子に座って、影待の邪魔にならないように静かに見守った。

 不意にマスターが、カウンターの向こうから声をかけた。

「オッカ、弾いてみる?」

「えっ?」

 驚いてマスターを見ると、静かに微笑んでいる。 すると、影待は小さな椅子を用意し、音香をうながした。 それに抗えずにとりあえず座りながら、

「あたし、弾けないよ?」

と弁解したが、そんな言葉も無視して、影待は音香にギターを持たせた。

「うわっ、軽……いや、でかっ!」

 小柄な音香は、アコースティックギターを膝に乗せると、ほぼ体全体で抱きかかえるような形になった。 思わずプッと吹き出した影待をにらみ返し、音香はギターを見下ろした。

『あれ、この感じ……どこかで……?』

 そう思った後、すぐに蘇った過去。

「そっか……」

 音香は呟いた。

 

 

 

 もう何年前になるのか……まだ音香が中学生だったとき、父に尋ねたことがあった。

 

「お父さん、アレ何?」

 

 指差した先は古びた洋服タンスの上。 小さな音香には高すぎて手も届かない所に、なにやら艶のある木の板が横たわっているのが、昔からずっと気になっていたのだった。

「あぁ、あれか?」

 長身の父は軽がると手を伸ばし、ソレを下ろして見せた。

「これは、フォークギターだよ」

 それが、音香とギターとの初対面だった。

「ずいぶん触ってないから、埃だらけだなぁ」

 父はハンドタオルを出してきてボディを拭き、椅子に座ると弦を弾いた。 ボーンというくぐもった音が、小さな部屋に響いた。 父が指を動かすたびに、細い針金が小刻みに揺れ、音を奏でる。

「昔は誰もがギターを持っていてな、お父さんも学校の体育館で披露したんだぞ」

 懐かしそうに話す父の顔が珍しくて、ぼうっと見とれていると、不意に差し出された。

「弾いてみるか?」

 音香には大きすぎる位のギターのボディが、膝に乗った。 乗り出すように見下ろすと、ギターが余計に長く大きく感じた。 音香は、

『これは大人の楽器なんだ』

と勝手に思い込んだ。

 次に父は、押し入れの奥の方から本を取り出してきた。

「残ってた残ってた。 コレを見て練習してたんだ」

『ギター弾き語り入門』とタイトルがされているA4サイズの本を嬉しそうに開けると、童謡が楽譜と共に載っていて、至る所に何やら鉛筆でメモ書きがしてあった。 父は昔、勉強熱心だったのだろうか。 音香には全く引き継がれなかったようだが。

「ここが、ド。 何も押さえずにこの弦が、レな。」

と初歩的な所から教えられ、音香は言われるがままに弾いてみた。 ギターのボディにしがみつくようにして右腕を前に回し、ポーン、ボーンと弦を弾いた。 狭い部屋に弦の弾けた音が響くと同時に、音香の腹にもズンズンと振動が伝わっていた。

 最初は弦を押さえる左手の指が痛かったが、やがてそれにも慣れ、簡単な曲なら楽譜を見ながら弾けるようになり、いつの間にか暇さえあれば時間つぶしのようにギターを弾いていた。

 だが、日が流れ、友達と外へ遊びに行くことが多くなると、ギターの存在は音香の中から自然と消え、ギター自体も家族の誰かがしまいこんでしまった。

 

 

 

 そんな懐かしい記憶が蘇り、音香は上から見るギターを懐かしく思った。 何も押さえずにジャラ~ンと弾いた。 ボディを伝って体に響いてくる振動がまた懐かしく思い出された。 そして、思いつくままに弾いてみた。

 

『さ~く~ら~さ~く~ら~……』

 

 すると、影待が驚いたように背筋を伸ばして言った。

「弾けるじゃん!」

「あ……」

 驚いたことに、音香の指はしっかりと覚えていたようだ。

「押さえた弦をちゃんと弾いてる」

「昔触ったことがあるのを、今思い出した所なの……中学の頃、家にフォークギターがあって、少し教えてもらったことがあるのよ……」

「どこまで出来る?」

 意外にも食いついてきた影待に聞かれて、音香は思い起こしてみた。

「そういえば、コードを弾いてて、どうしてもFがうまく出来なくて……それで離れていった気がする」

 それを聞いて、影待はひとつため息をついた。

「やっぱりそうか……最初はたいてい、そこでつまずくんだ」

「オッカ、やってみたら?」

 マスターがカウンターの奥から軽い口調で言った。 ヒマそうに酒の瓶を綺麗に並べなおしている。

 

「うん、やってみようかな……」

 

 音香は、興味が湧いてきていた。 何より、マスターにオススメされれば悪い気もしない。 音香はギターを丁寧に影待に返した。 すると影待が言った。

「やりたいなら、教えるよ?」

「えっ!」

 音香の驚きように、マスターが吹き出した。

「別に嫌ならいいけど」

 拗ねたように言う影待。

「影待くんは意外といい先生だよ」

 グラスを拭きながらマスターが言う。 勢いも手伝って、音香は試しに影待のギター教室に通ってみることにした。

 ギター教室は、ほとんどが個人レッスンなのだそうだ。 そのほうが、教える側も楽らしい。 それに稼ぎもいいのだと、マスターがコソッと教えてくれた。 夜だけしか開店しないセブンスヘブンを昼間借りて、一回一時間の授業を受ける。

 音香は月二回のコースを選択した。

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