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音香彩々  作者: 天猫紅楼
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49/50

ただいま、セブンスヘブン♪

 翌日、両手いっぱいに東京土産と共にギターと大きなバッグを持った音香は、新幹線改札口の前に居た。 昼前のこの時間、ひっきりなしにすれ違っていく人々が、時間を余計に進めていくようにせわしなく改札を流れている。

 音香の後ろには、これから東京で戦おうとしているクロノスのメンバーが見送りに来てくれている。

「オッカ、マスターにお礼言っておいてくれよな!」

 ナツユキが声を掛けると、音香はしっかりとうなずいた。 肩に引っ掛けたバッグの中には、ちゃんと『拓也エイド』封筒も預かっている。

「分かってる。 皆、ホント、ごめん」

「謝るなよな。 これは皆で話し合って決めたことなんだし、これからはそれぞれの夢に向かって進むんだから」

 ユウジが微笑んだ。 音香は胸が痛くなった。

「うん。 ありがとう。 皆が居なかったら、あたし、ここまで強くなれなかった!」

「何言ってんだよ。 俺たちだってまだまだだ。 これから始まるんだぜ、俺たちも、オッカも!」

 ナツユキは強く親指を立てて見せた。

 皆の熱い言葉が嬉しくて、にじみ出る涙をこらえながら大きくうなずく音香に、マサトがそっと近寄って耳打ちした。

「オッカが好きだと思うって人、もしかして影待さんの事?」

 すると音香は、真っ赤な頬で思わず後ずさりをした。

「ななっ、なんでっ?」

「やっぱり」

 マサトは笑った。

「オッカはホントに鈍感だな。 影待さんはずっと、オッカしか見てなかったよ」

 そう言いながら、マサトは微笑んでいた。 もう失恋の痛手も感じさせないほどに、明るい笑顔で言った。

「悔しいけどな!」

「マサト……」

 溢れそうなほどに涙を湛えた瞳で、音香は微笑んでみせた。

 この別れは、悲しんでするものじゃない。 それぞれの旅立ちのための別れ。

「俺たちの事、見ててくれよな!」

 ナツユキが空気を盛り上げるように明るく言った。 音香は腕で涙を拭き、再びうなずいた。

「当たり前じゃん! ヘタなことやったら、クレームつけるからね!」

 いたずらっぽく笑顔を見せ、音香は素早く改札口を抜けた。 空気を切るように飛び出した切符をぎこちない手つきで取ると、勢い良く振り返った。

「皆ありがとう! ホントに感謝してる! 愛してるよ!」

 音香は大きく手を振ったあと、三人に深々とお辞儀をした。 そして、最大の感謝を込めた最高の笑顔で顔を上げた音香を、三人の笑顔が見送った。

 

 

 

 

「ただいまー!」

 音香は、何事もなかったかのように元気よくセブンスヘブンの扉を開けると、

 

  カランカランカラン……

 

というベルの音が降る下を駆け抜け、店内を覗いた。

 そこには、マスター、そして裕里とその彼、タケが待っていた。 地元に帰ってすぐ裕里に連絡を入れ、セブンスへブンに行くことを伝えておいたからだ。

「おかえりなさい」

「おかえり!」

 それぞれに迎えられ、音香はカウンターの端に座った。 お気に入りのいつもの席だ。

 懐かしく見慣れた景色が、目の前に広がる。

 タバコの匂いが染み付いた空気、ボトルが整然と並ぶ棚、小粋にアクセントをつける小物たちが柔らかな薄明かりに輝き、大好きなマスターの微笑みがそこにある。

「朋美にも連絡してみたんだけど、柚季がグズって仕方ないからまた改めて連絡するって。 『おかえりっ!』って朋美からの伝言。 オッカ帰って来るの、意外と早かったじゃん!」

 相変わらずいたずらっぽい笑顔でからかう裕里。 そうお茶らけていても、どこかホッとした表情をしていることが、音香には分かった。 三日間だけ東京に居ただけなのに、何もかもが懐かしい。

「順調だったよ、何もかも。 それに何よりも、マスターに言わなきゃいけない事があるの!」

 音香が立ち上がって姿勢を正すと、マスターも背筋を伸ばした。

「なんですか、改まって?」

 音香の脳裏に、ナツユキ、ユウジ、そしてマサトの姿が浮かんだ。 彼らクロノスを背負って、改めて御礼を言った。

「クロノスのことを棚橋さんに紹介してくれたの、マスターだって聞きました。 本当に、何から何まで、ありがとうございました!」

 深々とお辞儀をすると、マスターは照れたように微笑んだ。

「あら。 聞いたんですか? でも本当に、いいバンドだなと思っただけですから」

「これからクロノスは、イケるでしょうか?」

 裕里がからかうように空マイクを差し出した。 音香は満面の笑みで答えた。

「当たり前じゃない。 絶対クロノスは天下を取るよ!」

 そして、それぞれに土産袋を手渡した。

 裕里には彼と分けるように二人で一つ。 仲良く中を覗いた二人は、笑顔になった。

「わ、嬉しい! 私これ大好きなんだ!」

「気を遣わなくても良かったのに」

と言うマスターも、渡された土産袋を持って嬉しそうだ。

「ちゃんと、冴子さんと分けるんだよ!」

と忠告しながら、大事なことを思い出した音香。

「そうそう! マスターに、もう一つ渡さなきゃいけないものがあって……」

 皆が見守る中、音香がバッグから取り出したのは、あの封筒だった。

「これ、『拓也エイド』で集まった売上金と募金。 拓也にいつか会った時の為にって持っていったんだけど、向こうに行ったら偶然会ってね」

「えっ! 拓也くんに会ったの?」

 いきなり裕里の大きな声が響いた。 音香は、落ち着いて、と微笑んで話を続けた。

「そう。 でも、『これは受け取れない』って言われたの。 『これは、セブンスヘブンに寄付してくれ』って。 そして『俺たちみたいに、必死で音楽やってる奴らの為に使ってやってくれ』って言われて、その気持ちを受け取ることにしたの」

 音香はカウンター越しに、マスターへと封筒を丁寧に手渡した。

「それが、せめてもの罪滅ぼしだって、言ってた」

「そうですか。 拓也くんも、色々と悩んでいたのかもしれませんね。 ありがたく、使わせていただきます」

 微笑みながら顕著にお辞儀をするマスターに、音香は改めて、よろしくと微笑んだ。

「拓也くんに会って、オッカは平気だったの?」

 金銭どうのよりも、拓也に会ったということに驚愕していた裕里。 食い入るように見つめる彼女に、音香は苦笑いをした。

「そりゃ、平気じゃなかったけど……でも、すっきりしたよ。 会えてよかったって思えた」

「そっかぁ。 で、ギタリストの代わりは――」

 裕里が質問攻めに入ろうかという時、

 

  カランカランカラン……

 

とベルの音がした。

「来た来た!」

 という裕里の言葉に誘われるように、黒い人影が姿を現した。


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