表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音香彩々  作者: 天猫紅楼
PR
27/50

拓也の夢

「オッカ、すげーじゃん!」

 拓也の喜ぶ様は半端がなかった。

 夕食時の家族連れやカップルで賑わうハンバーグレストランの中、音香がおずおずと渡した真っ白で飾り気のないCDを前に、まるで自分の事のように嬉しさを爆発させていた。

「あーー、俺も神にレコーディングしてもらいてーなぁーー!」

と人目もはばからず叫ぶ彼に、周りの客たちや店員が怪訝な視線を送る。 音香は拓也の様子に呆れながら、軽く答えた。

「一応先生に言ってみたら、いつでもどうぞってさ。 自分で言ってこればいいのにって、笑ってたよ?」

「えーーっ!」

 途端に拓也は目を丸くして驚き、そして今にも踊りだしそうにはちきれんばかりの笑顔を見せた。 まるで子供のように、落ち着き無く体を揺すっている。 そこに音香が一言付け足した。

「でも、代金は請求するって!」

「ひゃあ~! やっぱ抜け目ねぇよなぁ!」

 拓也は『やられました』とばかりに額に手を当てながら笑った。 さっきから彼はテンションが上がりっぱなしだ。 やがて注文したハンバーグセットが運ばれてきて、いったん話は中断した。 それを食べ終わる頃には、拓也もだいぶ落ち着いていた。 音香は本当に美味しそうにハンバーグを食べる拓也を眺めながら、とても和んだ気持ちを感じていた。

『あたしが作った料理を食べる時にも、こんな風に美味しそうに食べてくれるかしら?』

 ふとよぎった思いに、そっと一人で頬を赤らめた。

 そして数分後――

「俺さ…………」

 拓也は食後のコーヒーに口を付けながら、急に神妙な面持ちになった。

 さっきとは打って変わって、しかも珍しく真面目な拓也の表情に、音香は戸惑ってしまった。

「どうしたの、突然改まっちゃって?」

「……うん……」

 少し躊躇しながら拓也が話し始めたソレは、音香の予想を遥かに上回るものだった。

 

 

 

「オッカ、すごいじゃん!」

 次の日曜日の昼下がり、行きつけの喫茶店にて、裕里もまた拓也と同じように喜びの笑顔を音香に見せた。 二人とも、もしかしたら音香本人よりも興奮している様子だった。

 

 だが音香は、自分のギターの音に自信を無くしかけていた。 勿論、ちゃんとしたレッスンを受けていないボーカルなどもってのほかだ。

 予想を反して、軽く重みのない音と声。

 こんなものでは、何も伝わらない。

 音楽とはこんなものじゃない。

 もっと心に染み込んだり、突き刺さったり、温かくなったり、切なくなったり、何らかの感情を呼び起こすものなのだ。

 音香のなかで、音楽に対する気力が薄れてきていた。

 それと共に、先日拓也から聞いた言葉が、心に深く突き刺さっていた。 裕里を呼び出したのは、それを相談したかった事も含んでいた。

 

 真っ白なCDを手に取り、しげしげと見つめる裕里。

「帰ったら、速攻聞くからね! ありがとう! 楽しみだなー!」

 微笑みながら大事そうにカバンに仕舞い終えたのを見計らって、音香は話を切り出した。

「ね、この間、拓也に会ったんだけど……」

「うん、デート? どうなのよ? 仲良くやってるの?」

 にっこりと微笑みながら聞き返す裕里。 注文したケーキセットが二人の前に並べられた。 豪華にフルーツが盛られたタルトは裕里のお気に入りだ。

「ここの、すごく美味しいのよねー!」

 満面の笑みでぱくつき始める裕里。 音香はベルギーチョコをふんだんに使ったチョコレートケーキにフォークを入れた。 ふんわりとしたスポンジとくどくない甘さが、頭の中まで落ち着かせるようだ。

 フゥッと息をつくと、音香は話を始めた。

 

「あのね、拓也に新しい夢ができたんだって」

「へえ! 何、何?」

 そう聞きながら、裕里の瞳はタルトに夢中だ。

「拓也、音楽プロデューサーになりたいんだって」

「え、オッカ、それって……?」

 裕里の手が止まり、音香を見つめた。

「うん、東京、行っちゃうかもしれない」

「ええっ? 本当に?」

「……多分」

 目を伏せる音香に、裕里が身を乗り出した。

「で、引き止めたんでしょうね?」

 音香は俯いたまま、黙って首を横に振った。

「何でよ? 彼が離れて行っちゃうんだよ? 何で引き止めないの?」

「うん……」

 音香は背もたれに背中を預けた。 キィ……と木がきしむ音が聞こえた。

「最近っていうか、先生と知り合ってから、拓也、すごく音楽にのめり込んでてさ。 バンドはもちろんそれまで通りライブもやってたけど、それ以外にも他の楽器の勉強をしたりとか。 とにかく入れ込んじゃって。 もともと好きだったんだろうけど、何か、あたしよりもっていう感じがしてさ……すごく楽しそうにしてるんだ、音楽と向き合ってる時の拓也ってさ、ホント、それこそ子供が夢中になるアレと一緒っていうか……周りの事も気にならないくらい集中してて」

 裕里は黙って聞いていた。

「だから……あたしが引き止めることで、拓也の夢とか可能性とか、壊したくないし、そんな権利無いし」

「黙ってサヨナラするわけ?」

「ん……」

 音香は正直、まだ迷っていた。 その心には、拓也のある一言が引っかかっていた。

「『影待さんにオッカを取られるなら、それでもいい』って言われたことがあるんだ」

 それは、セブンスヘブンでの初ライブで影待と戦い、和解したあと、帰り道で音香に言った言葉だった。 その時は彼もすごく興奮していたし、その勢いでの冗談だったのかもしれない。

 だが、今でも本当に心からそう思うなら……

「あたしよりも、音楽の方が好きなら、仕方ないのかなって」

 音香は無理やり笑顔を見せたが、裕里にはお見通しだ。 ひとつため息をつくと、静かにフォークを置いた。

「それでいいの? 東京に行っちゃったら、もう会えなくなるかもしれないんだよ?」

「じゃあ、拓也はどうなるの? せっかく掴もうとしてる夢を棒に振って、こんな片田舎で細々と生活していくの? そんなの勿体無いじゃん。 失敗したら、帰ってこればいいんだし……」

「待ってるつもりなんだ?」

 裕里は黒目がちな瞳をまっすぐに音香へと向け、切なそうに言った。

「長いかもしれないよ? ……もしかしたら、もう二度と帰ってこないかもしれない。 声も聞けなくなるかもしれないんだよ?」

 裕里の言葉は、どれも音香を不安にさせるものばかりだった。 だがそれは、裕里にとっての確認でもあった。 その反応を見て、音香の気持ちを知りたかったのだろう。 音香は、裕里と話しているうちに心が固まってきていた。

「うん、それでいい。 拓也が進む道だもん。 彼が自分を信じて進む気でいるなら、応援するのがあたしの役目だと思うの」

 さっきとは違う、少し吹っ切れたような音香の顔を見て、裕里は息をついた。

「あんたはホントにお人好しだねぇ。 ……じゃあ、その気持ち、彼に伝えなよ? でもその前に、もう一度ちゃんと考えるんだよ?」

 裕里の、まるで母のような言葉に、音香は大きくうなずいた。

「分かってる。 後悔したくないから。 でもやっぱり、裕里に相談して良かった!」

 音香の表情に意思の強さを感じ取ったのか、裕里はやっと微笑んだ。

「そっか。 じゃ、御代の代わりにそのチョコレートケーキもーらい!」

「なんでよ! じゃ、あたしも!」

「あんたにはこの上のリンゴだけあげる!」

「ちょっと! ずるい!」

 二人の明るい声が喫茶店に響いた。

 

 

 数日後、音香は拓也に会いに行った。

 小さなライブハウスでのライブが終わった、ステージ裏でのことだ。 拓也以外のバンドメンバー達は、楽屋に入って帰り支度をしている。

「ごめんね、忙しいのに」

「いや、来てくれてありがとう、オッカ。 俺こそあまり時間取れなくてごめん」

 首にかけたタオルで汗を拭きながら、拓也は興奮が残っている赤らんだ顔で微笑んだ。 全力を出し切った後の、清々しい表情だ。 それを名残惜しそうに見つめながら

「あの、この間の話のことなんだけど……」

と音香が切り出すと、拓也は途端に表情を曇らせて楽屋の方へと視線を移した。 そして、そっと楽屋の扉を閉じた。

「オッカ、俺……」

「あのね、心変わりとかじゃないの。 もう一度、ちゃんと伝えたくて、ここに来たの」

「オッカ?」

「あたしには応援することしか出来ないし、一緒に居ても邪魔するだけだと思うの。 だから、ここに残って拓也の事を応援することにしたの」

「…………」

「そりゃ、淋しいけどさ……拓也の夢だし……あれ……?」

 音香の頬を涙が伝い落ちた。 拓也の瞳が動揺したように揺れた。

「あれ、泣きに来たつもりじゃないんだけどな……」

 強引に袖で涙をふいて笑顔を見せようとしたが、どうしてもうまくいかなかった。 強張っていく頬に、何度も手を当てていると、腕をつかまれ引き寄せられた。

 拓也は精一杯の気持ちを込めて、音香を抱きしめていた。

「……ダメだったら、いつでも帰っておいで……」

と悪態をつくのが精一杯だった。

「オッカ……ごめんな、ありがとう」

 遠くで次のライブが盛り上がっている音が聞こえる中、薄暗いステージ裏では、二人が最後の抱擁をしていた。

「拓也……ファン第一号になってもいい?」

「もちろん。 会員番号一番な」

 拓也は微笑んで、音香の唇に自分のソレをそっと落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ