新しいステージへ! ドキワクの扉!
「っんとに、男ってホント分かんない!」
数日後。
音香が携帯電話を握って愚痴ると、電話越しに裕里の笑い声が聞こえた。
「いいじゃん、結局二人は仲良くなったんでしょ? 良かったじゃない! 殴りあいも無かったんだしさ!」
「仲良くなったどころじゃないわよ! ここのところずっとあの二人、ベッタリなの! マスターも、『最近、僕も影待くんに相手にされなくなりましてねえ』ってこぼしてた位よ! あたしだって放っておかれるんだよっ!」
「オッカ、影待さんに拓也くんを取られちゃうかもねえ」
裕里の笑い声が止まらない。
「笑い事じゃないってば! 散々巻き込まれたあたしはどーなるのよ? 何のフォローも無しなんだよ? あんなに心配したあたし、バカみたいじゃんっ!」
「まぁまぁ。 結果オーライで、良かったじゃん!」
まったくの他人事だ。 少しの同情さえ見当たらない。
「ま、慰めてもらおうなんて思ってなかったけどね」
音香はあきらめると、突っぱねるように言った。
だが裕里の言うように、喧嘩して空気が悪くなるよりはましだった。 そして当の拓也は、たまにギター教室にも顔を出すようになった。
「あんたベーシストでしょ?」
と毒づく音香に舌を出しながら、
「分かんねーかなぁ? すべて勉強のためなんだよっ!」
と、音香の弾く様子を真面目な顔で眺めている。
色々な音を聞いて、音楽に対するイメージを広げたいのだそうだ。 バンド練習の合間を縫っては、積極的にドラムやピアノなど他の教室にも顔を出しているようだ。 影待と知り合って、交流もだいぶ広がったらしい。
音香はそんな努力家の拓也を改めて見直し、結局は惚れなおしていた。 真剣な瞳をして影待にあれこれと質問をぶつける彼の横顔を見つめているだけで、どこか誇りに思ったし、頼もしくも思えた。
そんなある日の授業で、影待がおもむろに言った。
「次の授業で、レコーディングするから」
「えええ?」
「スッ……スゲーーーー!」
音香に被るように、拓也が雄叫びを上げた。
『あんたじゃないっての!』
音香が白い目で見ると、拓也は瞳を輝かせながら音香に言った。
「オッカ、スゲーじゃんよ! レコーディングだぜ! 神にレコーディングしてもらえるんだぜ~~!」
拓也はひとりで興奮し、わめいていた。 影待はテレ笑いを見せながら、指先でメガネを上げた。
「そんな凄いことじゃないよ。 今は、贅沢を言わなければ機材も安く手に入るし、自宅で気軽に簡単に出来る時代だからね」
「いやいやいやいや!」
拓也が大きな手振りで否定した。
「何言ってんすか! 影さんの腕は、そう簡単に真似できるものじゃないっす!」
影待は苦笑いをして、何も言葉は見つからないと肩をすくめて見せた。
『こいつら…………ベタベタだな……』
音香は二人の馴れ合いぶりに、すっかり呆れてしまった。
「ま、とにかく今度はレコーディングだから。 次までに、二曲練習しておいで」
「二曲も?」
「一曲だけじゃ、淋しいでしょ。 シングルCDもカップリング曲とかあるわけだし。 組み合わせも考えて、二曲。 いいね?」
音香は、ギュッとギターのネックを握った。
『あたしの曲が、形になるんだ!』
そう思うと、体中が熱くなった。 初めてのレコーディングには、どんな気持ちで望めばいいのか。 音香は拓也と見つめあいながら、不安と喜びに揺れた。
「いいなぁ~~! いいなぁ~~!」
横で拓也が運転しながら、羨ましそうに繰り返している。 口を尖らせて、頬を膨らませている彼に
「拓也もさ、クロノスの曲をレコーディングしてもらえばいいじゃん! 先生なら格安でやってくれるんじゃない?」
と軽い気持ちで音香が言うと、拓也は途端に目を見開いた。
「ばっ! んな贅沢できるかよ! 恐れ多いわ!」
「ふう~ん?」
音香は頭の後ろで手を組んだ。
「あたしが頼んでみようか?」
「! ばっか! んなこと…………頼めるのかよ?」
『希望なのね』
音香はクスクスッと笑った。 今度先生に言ってみよう、と思った。
クロノスの曲もかなりの数があるはずだ。 なかなか音源を作るまでに至らないと、ボーカルのナツユキがぼやいていたこともあった。 自分たちの楽曲が何かしらの形になることは、一種のステータスにもなる。 あれだけのファンがついているなら、売り上げも伸びるだろうし、認知度も上がるはずだ。
さて、音香の方は問題の曲選びだ。 できれば誰かに決めてほしいくらいだったが、今回は自分のセンスも試したかったので、何十曲とあるオリジナル曲がファイリングしてある分厚いファイルを膝の上にどさりと乗せると、ペラペラとめくった。
「これもいいし、これも出したいし……」
当然ながら、どれも愛着のある曲ばかりだ。 しかも二曲を並べて聞いたときに、同じような楽曲ではつまらないし、歌詞の内容も考えなくてはならない。
選曲作業は夜更けまでかかった。
レコーディング当日。
この日はバンド練習が入った拓也。 出かける直前の音香に電話をかけた彼は、悔やむように声を震わせながら
「神の技をしっかり見ておけよ!」
という言葉を託した。
【神の技】自体どういうものなのか、さっぱり理解出来ない音香は、愛想笑いを送った。
前日に弦の張り替えもしたし、ボディも一通り磨いた。 アコギのメンテナンスは完璧だ。 練習も指が痛くなるほどした。
「がんばろうね!」
音香はそっとギターに声をかけると、ソフトケースにしまった。




