第255話「八十歳」
季節が、何度も、巡った。
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# 誠
誠は、八十歳に、なった。
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# 変化
体は、もう、はっきりと、衰えていた。
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杖を、使うように、なった。
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声も、少し、掠れるように、なった。
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# ルカ
ルカは、店の、完全な、主人として、定着していた。
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そして、自分の、弟子も、二人、取っていた。
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# 誠
誠は、それでも、毎朝、店に、行った。
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# 光景
杖を、突きながら。
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縁台に、腰を、下ろす。
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そして、そこに、座り続ける。
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# 田中
田中が、隣に、来た。
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「やおや」
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「はい」
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田中。
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「きょうも、げんきそうやな」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「元気とは、言えません」
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田中。
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「そうか」
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誠。
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「でも、来ました」
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# 田中
田中は、しばらく、その姿を、見ていた。
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そして、静かに、言った。
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「むりせんでも、ええんやぞ」
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# 誠
誠は、首を、振った。
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「無理じゃないです」
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田中。
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「みえる」
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誠。
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「見えても、来たいんです」
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# 田中
田中は、しばらく、黙っていた。
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それから、頷いた。
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「……そうか」
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# 客
その日も、客が、来た。
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# 光景
「田中さん、おはようございます」
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田中。
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「おはよう」
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# 客
客は、それから、必ず、誠にも、声を、かけた。
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「誠さん、お元気ですか」
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誠。
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「なんとか」
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客。
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「無理なさらず」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「同じこと、言われますね」
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田中。
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「みんな、しんぱいしとる」
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誠。
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「はい」
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# 桶
その日の夜、誠は、桶の前に、座った。
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# じいさん
「じいさん」
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「なんや」
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誠。
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「八十歳に、なりました」
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# 老人
老人は、しばらく、その板を、見ていた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「はやいな」*
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そして、その下に。
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*「わしより、ながいこと、いきてるやないか」*
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「じいさんは、何歳で、亡くなったんですか」
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# 老人
老人は、しばらく、考えた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「よんじゅうごくらい、やったとおもう」*
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# 誠
誠は、その数字に、動きを、止めた。
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「若かったんですね」
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老人。
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*「せかいが、あつかったからな」*
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そして、続けた。
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*「みんな、はやう、しんどった」*
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# 誠
誠は、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、静かに、聞いた。
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「じいさん、俺が、この歳まで生きたこと、どう思いますか」
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# 老人
老人は、しばらく、黙っていた。
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それから、書いた。
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# 文字
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*「よかった」*
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そして、その下に。
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*「ながいこと、みせを、あけつづけられた、いうことやろ」*
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# 誠
誠は、頷いた。
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「はい」
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# 老人
老人は、続けた。
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*「それは」*
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そして、続けた。
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*「ながいこと、しあわせやった、いうことや」*
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# 誠
誠は、しばらく、その言葉を、噛みしめた。
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そして、静かに、頷いた。
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「そうかもしれません」
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# エリナ
その夜、家に、帰ると。
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エリナが、待っていた。
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# エリナ
「おかえりなさい」
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「ただいまです」
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エリナは、少し、誠を、見ていた。
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「疲れた?」
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誠。
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「少し」
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# エリナ
エリナも、老いていた。
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けれど、その目は、変わらず、穏やかだった。
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# エリナ
「誠」
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「はい」
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エリナ。
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「私たち、長く、生きたわね」
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誠。
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「はい」
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# エリナ
エリナは、しばらく、考えていた。
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そして、静かに、言った。
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「後悔、ある?」
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# 誠
誠は、しばらく、考えた。
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そして、正直に、答えた。
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「ないです」
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# エリナ
エリナは、少し、笑った。
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「私も」
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誠。
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「よかったです」
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# 誠
誠は、続けた。
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「エリナ」
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「はい」
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誠。
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「ずっと、隣にいてくれて、ありがとうございました」
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# エリナ
エリナは、しばらく、動かなかった。
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それから、少し、涙ぐんだ。
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「まだ、過去形にしないで」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「すみません」
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エリナ。
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「まだ、隣にいます」
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誠。
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「はい」
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# 誠
「これからも、お願いします」
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誠は、続けた。
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エリナは、頷いた。
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「もちろん」
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# 翌朝
翌朝。
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# ルカ
ルカが、心配そうに、聞いた。
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「師匠、今日は、休んだ方が」
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誠。
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「行く」
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ルカ。
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「無理しないでください」
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# 誠
誠は、杖を、突きながら、立ち上がった。
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「じいさんに、言われた」
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ルカ。
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「何をですか」
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誠。
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「長く、店を開け続けられたのは、長く幸せだった、ってことだって」
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# 誠
「だから」
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誠は、続けた。
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「行けるうちは、行きたい」
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# ルカ
ルカは、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、頷いた。
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「分かりました」
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# 誠
誠は、その日も、店に、行った。
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そして、縁台に、座った。
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# 田中
田中が、隣に、来た。
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「やおや」
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「はい」
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田中。
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「なんべんも、いうけど」
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「はい」
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田中。
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「むりすんな」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「無理じゃないです」
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田中。
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「ほんまか」
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誠。
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「ここに座るのが、一番、楽なんです」
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# 誠
「家にいるより」
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誠は、続けた。
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「ここが、落ち着きます」
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# 田中
田中は、しばらく、黙っていた。
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それから、静かに、言った。
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「……じいさんと、おなじやな」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「そうですね」
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# 客
その日も、客が、来た。
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そして、誠と、田中の、両方に、声を、かけた。
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# 光景
「田中さん、誠さん、こんにちは」
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田中。
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「こんにちは」
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誠。
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「こんにちは」
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# 客
客は、しばらく、二人を、見ていた。
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そして、少し、笑った。
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「なんか、いいですね、この光景」
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# 誠
誠は、聞いた。
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「何がですか」
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客。
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「二人、並んで、座ってるの」
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# 客
「なんか」
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客は、続けた。
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「昔からの、友達みたい」
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# 誠
誠は、その言葉に、少し、驚いた。
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「友達」
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田中。
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「そうかもな」
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# 誠
誠は、しばらく、考えた。
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そして、少し、笑った。
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「一万三千年、離れてた友達ですね」
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# 田中
田中も、少し、笑った。
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「へんな、ともだちや」
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誠。
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「はい」
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# 誠
誠は、続けた。
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「でも、悪くないです」
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田中。
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「うん」
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
*「じいちゃん、八十歳に、なりました。杖を使うようになりました。それでも、毎朝、店に行ってます。ルカが、休んでくださいって言うんですけど、じいさんに言われたんです。長く店を開け続けられたのは、長く幸せだった、いうことや、って。だから、行けるうちは、行きたいです。エリナに、ずっと隣にいてくれてありがとうございました、って言ったら、まだ過去形にしないで、って怒られました。すみません。田中さんが、隣に座ってくれます。今日、お客さんが、二人並んでるの、昔からの友達みたい、って言ってました。一万三千年、離れてた友達です。でも、悪くないです。じいちゃん、明日も、行きます」*
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。この「友達」という言葉が、これから先、田中にとって、どれほど大きな支えになっていくのかを。
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——そしてもう一つ、まだこの時の誠は知らない。
自分に残された時間が、もう、そう長くはないことを。
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——今は......まだ、誰も——知らない。




