14話 ムーナウーヴァを夢見て
ファティの料理を食べた次の日、天賦たちはやっとムーナウーヴァに旅立った。セールム近郊は危険かも知れないということで、遠回りをするルートを通っている。
体が動かせないと暇だと言って、天賦は術力車を勝手に降りて草原を駆け回ったり、また戻ってカルメと「じゃんけん」という遊びをしたり、とにかく忙しなかった。天賦が少し本気で走れば術力車を追い越せるので、自ら先導したりもした。
対して、カルメは空を眺めていた。そして車上に登り、腕をバタつかせて見せた。恐らく飛ぼうとしたのだろう。
もちろん今のカルメでは不可能だ。人間のカルメは筋骨隆々というわけではないが、身長がある。高く飛ぶことができても、ただそれだけだろう。
ファティは気が散っていた。片や車の周りをぐるぐる走り回り、片や車上で術力車をガタガタ揺らしている。荷物は自分が運ぶから2人は先に向かっていてくれ、とも言いたい気分だった。
そうするとファティを護衛する人間がいなくなるので口にすることはしない。たとえ言ったとしても、2人にはこのルートの知識がないので無理だ。
そんなこんなで3日が経った。
たまに車に向かって襲ってくる魔物を倒すが、本来、ここらで出る魔物はグリフィンの魔物に及ばない。天賦にとってはほとんど作業だった。フラストレーションが溜まっているようで、今度は槌を持って、それを振り回しながら走っていた。
4日目。
天賦は走ることにも飽きたのか、車内で"相棒"を抱えながら寝転がっている。カルメは呪解者の本を読んでいた。
ファティはうつらうつらとしていた。今までの冒険者たちはファティを気遣って何か話をしてくれたものだが、2人はそうしてくれない。魔力を消費する疲れとも相まって、静かすぎて寝そうになる。
彼の疲れ、魔力の消費を反映するように、術力車は最初の頃よりもスピードが落ちていた。苦い木の実を噛み潰しながら道を走る。ファティは孤独だった。
「ファティ、今どこ?」
そして5日目。
だらけた声で天賦が聞いた。ファティはようやく喋ったな、と思いながらその質問に答えた。
「もうすぐ着きますよ」
「本当に?」
「ヤッタ〜」
カルメは本を何周もしていた。厚い本とも言えど、流石に飽きていたのだろう。車上に顔を出し、辺りをキョロキョロ見渡す。
「まだ門は見えませんよ。あと1時間程ですから」
「えー、ファティ、それもうすぐって言わない」
「俺にとってはもうすぐですよ」
カルメが意味なく声を伸ばした。
天賦は景色を眺める。ソエルソス付近のものとは少し木が違い、地面からは岩肌が見えている。それを見て、天賦は遠くまで来たことを知った。
天賦はふと、小高い丘の上から小さな台車が走ってきていることに気がついた。馬がいないのでファティの術力車のようなものだと思っていたが、よく見ると女性が足を漕いで車輪を動かしている。見たことのない乗り物で、どうやって動かしているのか分からなかった。
台車の中には少女が座っている。ツインテールをクルクルと巻いた、こちらも見たことのない髪型をしていた。
その台車は減速することなく向かってくる。
「ちょっと、メイド長! 私死んでしまいますわ! もう少しスピードを落として!」
「それはできません。減速した方が死んでしまいますよ」
「あっ、そこの方止まって! この先には――ぎゃあ!」
橙色の髪の少女がこちらに警告する前に、台車の中で転んだ。台車を動かすメイド服の女性はこちらに見向きもせずに走り去ってしまった。その背中を天賦とカルメは見つめる。
「……なんだァ、今の?」
「さあ。わっ」
天賦たちが乗る車が止まった。何が起きたのか確認するため、ファティに声をかけた。
「ファティ、どうしたの?」
「ま、前、前!」
ファティの言う通り、丘の上を見る。
そこには――魔牛の群れが走ってきていた。
「……ファティ、戻れ!」
術力車は旋回して走り出す。ファティは勘が良かったようで、魔力補給のためにすでに魔石を割っていた。
「ななななにあれ。なんで怒ってるの」
「あれ、魔物じゃないですよね! 魔獣ですよね!? 何で魔牛が人を追ってるんですか!」
天賦は先ほど走っていた台車に乗っていた女性2人を思い出す。彼女たちは魔牛から逃げていたようだ。
「……あの人たち!」
「アイツら、魔牛にちょっかい出しやがったな!?」
2人はあのメイドとお嬢様らしき少女に苛立った。しかし、彼女たちの姿はもう見えない。どこに逃げたのか不明だ。
術力車はあっという間に囲まれた。魔石ひとつではファティの魔力が十分に回復するには至らなかったようだ。
横から魔牛が跳んでくる。天賦は急いでそれを槌で弾き返した。魔牛は天賦には取るに足らない相手だが、いかんせん数が多すぎる。それに、倒すことよりも大切なのは術力車を守り抜くことだ。
カルメもその長い足で魔牛を押し返した。天賦は車上に登り、魔牛が車に突進しないように周りを確認した。
「オイどうすんのコレ! マジでどうすんの!?」
「ああ、もういつもこんなんばっかり……」
下から2人の声が聞こえる。ファティは半泣きだった。
天賦は魔牛を弾きながら考える。怒った魔牛を鎮めるのは難しい。それもこんな大群だ。天賦は魔獣の殺し方にしか詳しくない。
いくら槌で弾いても終わりが見えない。
どうしたものかと思った時、天賦はあることに気がついた。
カルメが顔を出している側にばかり魔牛が跳んでくる。カルメはそれに気がついていないようで、必死に魔牛の顔を蹴り飛ばしている。
天賦はカルメを上に引っ張り上げた。すると、魔牛の大群は術力車ではなく、カルメを見上げた。右に傾けると右を向き、左に傾けると左を向く。
「……はァ!? なんでオレ!?」
カルメも察したようだ。理由はわからないが、魔牛はカルメを狙っている。天賦は直ぐに解決策が浮かんだ。
「カルメ、あとでね」
「……オイマジか、こういうのもういいってェェェ!!」
叫ぶカルメにお構いなしに、カルメを思い切り飛ばした。案の定、魔牛たちはカルメを目で追い、群れの進行方向がカルメになった。術力車あたりに残る魔牛はいない。
「ファティ、解決した」
ファティは助かったというのに、なぜか天賦のことを信じられない目で見ている。目は開いていない。
「あなた、何してるんですか……」
「大丈夫。カルメはあれで死なない」
「まあ、そうかな? そうなんですか……?」
きっと、しばらくしたらカルメは帰ってくる。あと1時間で着くなら、カルメにも道はわかるだろう。
「というか、なんでカルメに魔牛が向かったのか」
「多分、彼が魔王だからじゃないですかね。魔王は全ての生き物の恨みを買っていたみたいですし」
初耳だったが、天賦はそれを意外に思わなかった。たくさんの生き物を殺したのなら当然である。だから封印されたのだ。
そう思って車内に入った時、外から声がした。
「嬢ちゃん、死なないからってちょっと雑じゃね!」
天賦は驚いて小窓を見た。外にカルメがいる。
しかも、人間ではなく鳥の姿だ。魔牛は気がついていないようで、カルメが飛んでいった先に猛進している。
天賦はカルメを掴み、中に引き入れた。
「なんで鳥になってるの!?」
カルメは「鳥?」と首を傾げ、自分の姿を見た。羽が視界に入った瞬間、カルメは驚愕していた。
「……あ! 本当だ! 戻ってるじゃねェか!」
カルメはすぐに上機嫌になって小躍りし始めた。この姿だとますます魔王に見えなくなる。
「ど、どうして戻ったの」
「え、分かんねェ。ただ「飛んで逃げるぞ!」って思ったから、なのか……?」
「あ、それなんじゃないですか?」
ファティはカルメを見て言った。
「多分「鳥に戻れ」って念じたらダメなんですよ。「鳥になるか」って自然に思わないといけない、みたいな」
天賦はファティの説明が完全に理解できたわけではないが、一つ試してみることにした。
「カルメ、じゃんけんしよう。チョキ出してね」
「え? は?」
「じゃーんけーん、ぽん」
天賦はグーを出した。カルメはチョキを出している。天賦の思った通り、というわけではないが、カルメは鳥から人間の姿になっていた。
「うわ!? マジかよ」
「ほら、やっぱり」
ファティは自分の仮説が正しかったことに胸を張った。
カルメの金の指輪は、変身することを意識したら成功しないようだ。変な魔道具である。
「それって地味にムズくね? 不意打ちじゃないとできねェだろ」
「それができるように頑張る」
「えェ……まァでも、鳥に戻れる方法が見つかって良かったわ」
嬉しがるカルメに、ファティがおそるおそる話しかけた。
「あの、でも街にいるときは人間でいて欲しいです。鳥のときも俺がつい話しかけたらいけないので……」
「えェ〜?」
カルメは残念そうな声を出した。
ひと段落ついた時、天賦の目に呪解者が書いたという本が目に入る。
天賦はふと、呪源のこと、そして「シュルトカ」のことを考えていた。彼はどうして自分の夢に出てきたのだろう。天賦は"相棒"のグリップを握って考える。
もしかしたら、自分は既に「英雄」のことを昔聞いたことがあったのだろうか。
そうでなくては、あんなに特徴が一致した夢なんて見るわけがない。それにしても、あの時、シュルトカは自分に何を話していたのだろうか。
「みんな死んじゃう」とか、物騒なことも言っていた。
天賦は、なんとなくその答えがムーナウーヴァにつけば分かると思っていた。「呪源」がいる国。そして「呪いを自らの力にした人間」がいる国。
自分の運命が動き出したことを、天賦はようやく理解した。
これで幕間を挟み、1章は終わりになります。
2章は1章よりも長くなる予定なので、よろしくお願いします!




