12話 酒は卓上に並ばない
「で、コレどうすんだよ」
ウィルヒムパーティが退出したカルメは腕を広げて言った。カルメが言いたいのは間違いなく彼の身体のことだろう。
「いいじゃん。人間に見えるし」
「オレが嫌なの。飛べねェし重いしデカくて動きづれェし」
カルメは腕を摩った。どうしても人間の身体が気に入らないらしい。珍妙な仮面を眺めて、ファティはずっと思っていた疑問を投げかけた。
「そういえば、そのマスクの下ってどうなってるんですか?」
「マスクゥ?」
カルメは自身の顔を触る。そして顔の側面を触った時に初めてマスクのクチバシが自分のものではないことに気がついたようだった。天賦はちょっとした興味から「外してみて」とカルメに頼んだ。
しかし、増えた指に戸惑っているのかあまりに不器用だったので、代わりにファティがマスクを外した。
「どう? オレどんな顔してる?」
「えっと……うわっ!」
「え? ぎゃあ」
ふたりはカルメの人間体の顔を見るなり短く叫んだ。天賦は目を細め、ファティは指の隙間から少しだけ目――瞼を覗かせている。カルメが"普通"とはかけ離れた顔をしていたからだ。
「オイ、失礼なヤツらだな。どうなってるか教えろってェ」
「いや……えっと……」
「カルメ、つけたままの方がいい」
2人は明確にカルメの顔がどうなっているのか説明しない。ただ間違いないのは、最初からマスクをつけていたのは正しいことであった、ということだ。
ファティは顔を背けながら、カルメの仮面を付け直した。カルメは不満を垂れているが、2人ははぐらかすしかしなかった。
「……あ、そういえばカルメ、なんで魔獣の呪いを知ってたの?」
「確かにそういえば、ですね」
カルメは200年間封印されていたにもかかわらず、英雄たちが呪源になってから生まれた「呪い」のことを知っていた。ふと、天賦は召使の言葉を思い出していた。
『それで、「人」という種族で世界随一の力を持つ天賦さんと、呪いに対抗する術を持っている、であろう魔王で、呪源を斃してほしいんです』
召使は何故、カルメが呪いに対抗できる術を持つと知っていたのだろう。対抗、というには誇張が過ぎるが、呪いに関しての技能を持つということは確定事項だろう。
「あ? なんとなく分かるんだよ。コイツは呪われてるなーとか、こういう呪いにかかってンなーとか」
ファティは驚愕の声をあげる。
見ただけでは呪われているのか分からない人もいる。天賦や老師がその例だ。呪われている人間は名前を名乗ることができないので、人々はそれを基準に呪われているかの判断をしている。
しかし、カルメは見ただけでそれが分かるというのだ。
そも、人は「呪われた」と分かったとしても、「どんな呪いにかかったか」は色々検証してみないと分からない。条件を満たしたらすぐに死ぬかもしれないし、もしかしたらしょうもない呪いかもしれない。
「それは……かなり凄いですよ。自分の呪いを突き止めるためにガフタまで旅をする人もいるくらいですから、カルメさんがいれば苦しむ人を減らせるかも」
天賦も賛同する。天賦は運良く自分の呪いが何かすぐに分かったが、世界にはそうでない人もいるようだ。
「魔王」の力としては足りない気がするが、人を救うには充分に思える。しかし、カルメはそう思っていなかったようで、
「ンなコトどうでもいいからさァ、早くオレの身体を戻す方法見つけてくれよォ」
と苛立っている。よっぽど人の身体が気に入らないようだ。天賦はカルメのことを魔王らしくないと思っていた。現在でもその考えは変わらないが、今の発言を聞くと、カルメは天賦が思っていたよりも人間に興味がないように感じた。
「その指輪、外したら?」
「ハイ」
指輪は簡単にカルメの人差し指から抜けた。しかし、カルメが鳥に戻る予兆は見られない。この指輪が原因としか思えないが、どういった魔道具であるかは謎に包まれている。
金に輝く指輪を掌で転がす。やはり天賦には普通の指輪にしか見えない。
はめる指が大切なのでは、とか、呪文を唱えなくてはいけないのでは、とか意見を出し合ってみたが、何もうまく行きそうにない。既にお手上げ状態だ。
カルメはまだ諦めきれないようで、雄叫びをあげてみたりポーズを決めたりしている。成功するわけないと天賦でも分かった。
「まあ、カルメさんのことは一旦諦めましょう。今はとりあえず休みましょ……?」
ファティは机に伏せた。
術力車の運転は天賦が想像していたよりも疲れるようだ。カルメは「えー」と不服そうにしていたが、正直、天賦はカルメのあれこれを解決するよりも、とっととムーナウーヴァに向かいたいと思っていた。
セールムに行かないルートだとファティは5日かかると言っていた。ならばできるだけ早く行ったほうがいい。天賦は先の戦いを終えて、一回り成長したような気分だった。
しかし、肝心のファティが疲れ切っていてはどうしようもない。天賦も今日はここに泊まろうと同意した。
その時、ノックが響き、スルがとんがり帽子を覗かせながら入室してきた。
「天賦ちゃんたち、よかったら一緒に晩御飯食べない?」
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「天賦ちゃん、この数日で急に仲間ができてたんだから驚いたよ」
スルが果実水を飲みながらそう言う。ウィルヒムたちは皆若く、成人に成り立ての人もいれば、まだ未成年の人もいる――ベスランは不明だが――ので、酒を好んで飲んでいる姿は見たことがない。
ファティは「晩御飯」と聞いて、料理人の自分が作らなくてはと袖を捲っていたが思った以上に疲労が溜まっていたようで、今は脱力しながら飲み物をちびちび飲んでいる。
それとは対照的に、"魔獣の呪い"と戦って血を流しまくった天賦は元気に肉に齧り付いている。天賦の生命力が凄まじいのか、ノートの魔法が優秀なのか、あるいは両方だろう。
「そういえば、カルメさんは何の職についているんですか?」
カルメの肩がピクリと跳ねた。
「僕が当てる! ズバリ、黒魔術師だな」
「いや、スルは【猛毒】系統の魔術師だと思う」
2人はカルメの見た目から推測される職を口にする。カルメはただ頑丈なだけで、特に職を納めているわけではないのだが。
「えェっとォ〜、オレは嬢ちゃんの武器っつーか、や、今は盾の方が正しいか?」
「盾……ってことは重戦士!?」
「重戦士」にベスランが反応した。
身を乗り出して、カルメを観察し始める。
「スルちゃん、羽人の重戦士って相当レアじゃない?」
「普通、あんまり筋肉ないのにね」
スルとノートは小さな声で会話をした。天賦の優秀な耳はそれらを難なく聞き取ることができる。
「まさかあの人も一緒にいるなんて、面白いパーティですね」
「ウィルヒム、ファティのこと知ってる?」
「ええ。と言っても、彼の店で食事をしたことがあるだけですけどね」
ファティはウィルヒムに軽く会釈をした。ウィルヒムも頭を下げる。
「そうだ。天賦さん、さっき言いそびれちゃったんですけど、本当に呪源を殺し尽くすつもりでいるんですか?」
他の面々がそれぞれ談笑している中、ウィルヒムはその話を天賦に切り出した。いつも微笑んでいるウィルヒムが重い空気を纏う。
「え? うん、そうする」
「それは、どうして?」
「え?」
「呪源なんて、誰も倒せると思ってない。なのに、どうして倒しに行こうと思い立ったんですか」
どうして、と聞かれて、天賦が答えうる回答は一つしかない。
「……相棒のため。それだけ」
ウィルヒムは天賦の"相棒"を横目に見た。天賦には彼が何を考えているのか分からない。
それを答えて数十秒――もしくは数秒した後、ウィルヒムの表情が柔らかくなった。
「……そうですか。すみません、ありがとうございます」
「どうしてそんなこと聞いたの」
「いや、特に深い意味はないんです。ただ、少し安心しました。あなたは「名誉」とか「地位」とか、そんなくだらないことを考える人間じゃない。そうですよね、ははは」
ウィルヒムは何かに納得したようだったが、天賦には何も分からなかった。前から少し思っていたが、ウィルヒムからは他の3人とは違う何かを感じる。
談笑する声が再び天賦の中で大きく鳴り始めた時、ノートが何やら話しているのが聞こえた。
「ベス、それは失礼じゃない?」
ノートはベスランと無言の会話をしている。側から見れば、ノートが1人語りをしているようにしか見えない。
「どうしたの?」
「あぁ、いや、ベスがファティさん?の年齢が気になるって」
「確かに、同い年かな。いや、いくつか上かな」
ファティは勿体ぶらずに話した。
「今年で30になります」
スルとノートの驚愕の声が天賦の耳をつんざいた。
ウィルヒムパーティとの晩餐はその後も盛り上がり、お開きになったのは、ファティがぐったりとしながら「寝る」と言い出した時だった。
後に、天賦たちの食費も宿代もウィルヒムたちがすでに払っていたことを聞かされて、彼らを深く尊敬した。




