263話 想い
「勇者よ、追ってきたか」
そう言うとレヴィアタンは目の前の守護してくれた相手を攻撃しようと動かんとする。
しかしながらその動きは大地から生えてきた白く輝いた植物の蔓によって阻まれる。
「ん、ガウシア起きたの?」
「……ご迷惑おかけしました。この程度でしたら」
ライカに背負われていたガウシアの力によって阻まれたのである。
世界樹の力はこの世の理から外れたものに多大なる力を与える。
全身を世界樹の蔓によって縛り上げられたレヴィアタンは、これまでのダメージの蓄積も相まってその場から動けなくなる。
「ほう。たかだか能力強度数百万程度が限度の者にしては弱っているとはいえ魔王を押さえつけられるとは見事だな」
「まだその能力強度至高の考え方は変わってないんだね」
「貴様も貴族の娘なのだからわかるであろう? どれほど理不尽に、どれほど不平等な状況へ押さえ込まれようとも全て力のある者の言葉が正解となる。力とは、正義そのものなのだよ」
シノの目の奥には変わらぬ冷徹な眼差しがある。
彼は常に相対する者の器を確かめ続けていた。
それこそクロノが落ちこぼれであると断じられていた時の姿勢といったら苛烈そのものであった。
「エルザードの悪行は同じエルザードの者で片付ける。ライカ、ガウシア、赤王。そっちの魔人は任せてもいい?」
「うん」
「了解です」
「任せろ」
3人が頷く。いや、この場合2人と1体と数えるべきか。
何故なら今、赤い龍の長は人間の形ではなくまさに神話生物然とした姿になっているからである。
「分断するなら我の出番だな」
おざなりに扱われているためかあまり強そうには見えない赤王であるが、そもそも彼女は龍と呼ばれる最強生物の頂点に君臨する龍王の一柱である。
その大きな口から吐き出された炎のブレスがその大いなる出力をもって茨の魔人とシノを分断することに成功する。
「ふん、小賢しい事を。だがこれでこちらもじっくりと戦えるというものだ」
「強がらないで。竜印の世代の誰よりも弱いあなたが私に勝てる訳ないよ」
「私がアイツらよりも弱い? 馬鹿げたことを。現にあの茨の魔人は私がセレンを下して生み出した産物なのだぞ?」
「……はい?」
一瞬、カリンはシノが何を言ったのか分からなかった。
セレンを倒したことと茨の魔人の関連性が分からなかったのである。
だが次のシノの言葉でカリンは目の前の男が何をしでかしたのかを十分に理解することとなる。
「あの茨の魔人は遥か昔、魔神を封じるために用いられた力。グレイス家は当時、多くの生贄を用いてそれを可能にした。だが私はセレンの命ひとつだけで顕現させることに成功したのだ」
その言葉を聞いたカリンはなによりも先に体が動いていた。
反射的に目の前の男に襲い掛かっていたのである。
赤紫色に包まれた勇者の力がシノに襲い掛かる。
それをシノは金色の神狼へと姿を変貌させ、爪を振るう事によって対処しようとする。
戦場に鳴り響く鋭い破裂音。それはカリンの剣がシノの爪を斬り飛ばした音である。
そのまま彼女は剣を横なぎに振るい、防御の薄くなったシノの首筋を狙う。
誰も逃げられないであろうその間合いで振るわれたその剣は彼女の思惑通りにはいかず、気付けば空を切っていた。
「惜しいな。その力を私の力にできていればどれほど楽に事を進めることが出来ていたか」
「黙れ外道。セレンは。セレンは! やっとお前から離れて幸せを見つけることが出来たんだ! それをお前は!」
カリンは知っていた。セレンがクロノの事を好いていた事を。
最初は恐怖からひれ伏す形でクロノの下に従事してはいたが、その思いは日々クロノと過ごすことによって解けはじめ、逆に大切な人を想う気持ちへと変貌していった。
だからこそクロノの役に立とうと一人奮闘していたのをカリンは知っていたのである。
そして、カリンもまたその一人であるからこそ、最初は嫌悪感を抱いていたもののある種の一体感を覚えていたのである。
言葉にはしないが、互いに戦友のような関係。
叶いはしないだろうと思いながらもカリンはセレンと共に自身の想いへ区切りを付けようと密かに決めていたのである。
そんな彼女がただ人間を道具としか思っていないような男に命を奪われたと聞き、腹の底から怒りを覚えていた。
「カリン・イシュタルよ。貴様も奴と同じ私の道具となるのだ」
「もう私はイシュタルじゃない。私の名はカリン・アークライト。愚鈍な支配者に剣を向ける者だ!」
互いに互いを見つめ合う時間はほんの僅か。
次の瞬間には戦場のど真ん中で壮絶な打ち合いが始まる。
一方は友のために勇者の剣を、もう一方は己の欲望のために自身が手に入れてきた紛い物の力を振るう。
強化されたアンディの力を駆使して縦横無尽に空間を飛び回りながら翻弄してくるシノに対して、そのすべてに正確に攻撃を合わせていく。
それはまさに神業とでもいえよう。
「何だその力は?」
「さあ。彼女が力を貸してくれているのかもね」
セレンの千里眼を彷彿とさせるその剣捌きにはさすがのシノをも唸らせる。
それは単に彼女の日々の鍛錬が生んだ賜物であったが、彼からすればまるでセレンが手を貸しているようにも見えたのである。
「勇王権限」
静かに力を解放していくカリン。
一方ですべての配下の力を一点に集約させたシノの力は恐るべきものである。
ひとたび拳を振るえば拳圧だけで山を削り取るほどである。
「その力、長くはもたんだろう?」
「もたなくたっていいよ。必要ないから」
その瞬間、空気が爆ぜた。
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