053
お見合いから数日後。ミドリは、再び藤村邸に戻っていた。
「へぇ。それじゃあ、お嬢様は、自由に外出して良いことになったんですね?」
「あぁ、そうだ。ただ、寝ているあいだは、元の異形姿に戻ってしまうから、必ず明るいうちに帰ってくることと、当分は、アオイくんかエリが付き添うという条件付きだけどね。まぁ、そのうち、外出に慣れていくことだろう。いつまでも、ここに閉じ込めておいては可哀想だからね」
「そうですね」
ふたりが居るのは書斎で、ミドリは、ソファーに座っている藤村の横に立っている。ローテーブルの上には、靑栁家から届いた手紙と写真が置かれている。
「それで、君の見合いの方は、どうだったんだい? なかなかの美丈夫だっただろう?」
「えぇ。写真通りの好青年でした」
ミドリの返事に元気がないので、藤村は「オヤ?」と首を傾げ、背景を知ろうとする。
「どこか、いけ好かないところでもあったのかい?」
「それがですね、ふたりきりで話す機会があったんですけど、その時に、わたしに父親が居ないことを、恩着せがましく同情されたんです。それに、植物には一切興味が無くて、動物も好かないというので、気が合わないなぁと思って」
「ふぅむ、そうか。縁が無かったんだね」
藤村が腕を組んで唸りながら納得すると、今度はミドリから話を聞き出す。
「ところで、さっきお台所で聞いたんですけど、わたしがお見合いしてる頃合いに、藤村様は北鎌倉へ行かれてたそうですね」
「情報源は、アオイくんだね? まったく、口が軽い男だ。そこまで聞いたなら、僕が何の用で行ったかも知ってるね?」
「はい。昨年の暮れにわたしが言ったことで、伯父様にご相談に行ったそうで……」
何かを言いかけたまま、ミドリが口ごもると、藤村はソファーから立ち上がり、出窓を開け、懐からタバコとマッチを取り出しながら言う。
「君は、周囲の人間たちと違って、いつまでも老いない僕に耐えられるのかい?」
「歳を取るのが嫌になったら、わたしの首を噛んでいただくわ」
「ハハッ。その手があったか。万が一、そういうことになったら、なるべく痛くしないようにしてあげよう」
そう言って、藤村は愉快に笑いながら煙草を口に咥え、マッチで火を付ける。用済みのマッチは、手首のスナップを利かせて軽く振って火を消し、灰皿に置く。
「噛まれた時、痛かったですか?」
「いいや。蚊に刺された後に疼くような程度だよ」
ミドリが机の上の灰皿を手に窓辺へ歩み寄り、藤村の横へとやってきて、それを窓枠の上に置く。
藤村は、指で煙草を叩いて灰皿の上に燃え滓を落とし、ミドリの方を向いて真剣な表情で言う。
「ヒスイ」
「えっ?」
「藤村ヒスイというんだ。妻になる気なら、僕のことは名前で呼んでくれ」
「……ヒスイさん?」
ミドリが躊躇いがちに名前で呼ぶと、藤村は二本目の煙草に火を付け、ミドリから目をそらした。
恥ずかしながら勇気を出して呼んだのに、返事をよこさない藤村に、ミドリはやや不満に思った。が、窓の外へ向いた藤村の横顔が、みるみる紅潮していったので、ミドリは、それ以上のレスポンスを求めないことにした。




