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「イタタタ。大丈夫ですか、お嬢様?」
「うぅ~。平気よ、ミドリ。スケッチブックも、ほら!」
マットレスの上でうつ伏せになっているミドリに、シノはスケッチブックを見せた。
どこまでも続くと思われた異空間を落下していったふたりは、最終的に子供部屋のベッドの上へ軟着陸したのである。
「それは良かった。ところで、トランクは?」
「あっ、そうだわ!」
シノは、スケッチブックを起き上がりかけたミドリに押し付け、カーペットの上に置いてあるトランクに駆け寄った。トランクは、いつの間にか口を閉じている。
首元に提げている鍵を引き出し、シノはトランクの鍵穴へ差し込んで解錠する。そして、両手で角を持って蓋を開けた。
「あっ、あれ?」
「どうなさったんですか?」
「トランクが、トランクになっちゃった!」
「はい?」
腰をさすりながら、小脇にスケッチブックを抱えたミドリがシノに近付くと、シノは、チェックの裏地が貼ってあるだけのトランクを指差した。
「鍵を回さなかったんですか?」
「違うの。鍵で開けたのに、ただのトランクのままなの」
「あらあら。それは不思議ね」
ミドリは、しばしトランクをシゲシゲと観察していたが、ふと目線を上げてシノを見た時、彼女の異変に気付く。
「トランクの外へ出たのに、黒髪で色白な少女のままですね、お嬢様」
「えっ? あぁーっ!」
出し抜けに大声を出すと、シノはナイトテーブルの上に伏せて置いていた手鏡を取り、その楕円の鏡面に映る自分の姿を見て喜ぶ。鏡面には、漆のような黒髪に、ほんのり朱がさした白い肌の少女が映っている。
「夢みたいだわ。いつも、変身してもすぐに戻っちゃってたのに。嬉しい!」
「よかったわね」
「えぇ。ミドリのおかげよ。ありがとう!」
「いいえ。お嬢様が頑張ったから、神様がご褒美をくださったのよ」
そのあと、廊下でシノの叫び声を聞いたアオイが、応援が必要だと思ってエリを呼び、続いてエリが藤村を呼び、ついでに平井まで一緒になり、四者は手に手に箒やら洋傘やらを装備した物々しい出で立ちで子供部屋へと駆けつけた。
そして、部屋へ突入した四者は、シノとミドリがカーペットの上で手に手をとって愉快にダンスをしているのを見るやいなや、一気に緊張の糸が切れて脱力したのであった。
奇しくも、この日はシノの誕生日前日で、からくも京極の主張したタイムリミットに間に合ったのだった。




