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「おや? まだ起きてたんだね、ミドリちゃん」
平井をゲストルームに連れて行ったあと、藤村は寝室へと向かっていた。が、途中で誰かを探している様子のミドリの姿を目撃したので、夜間に相応しいトーンで声を掛けた。
「すみません。なかなか眠れなかったものですから。あのっ。少しだけ、お時間いただけますか?」
「探してたのは、僕だったんだね。構わないよ。ここで立ち話するのもアレだし、トランプを置きっぱなしにしてるのも何だから、応接間に移動しよう」
「はい」
そう言って、藤村が先に立って歩き、ミドリは、そのあとをついて行く。
応接間に辿り着くと、先程まで平井が座っていたソファーに座り、ローテーブルの上に散らばったトランプを一束に集めつつ、ミドリにも着席を促す。
ミドリは、逡巡する様子を見せながらも、遠慮がちに藤村の向かいのソファーに腰を下ろす。
「眠れないほど、君の頭を悩ませてることは何かな?」
「それがですね……」
藤村が発言を促すと、ミドリはおもむろに話し始める。
「昨夜、いろいろあって忘れてたんですけど、今朝になって考え直して、これしかないと思ったんです」
そこで一旦区切ると、ミドリは決然とした表情で藤村を見据え、深々と頭を下げながら言い切る。
「藤村様。わたしと結婚してください!」
「待った! 返事をする前に、ちょいとばかし、話を整理させてくれ。ひとまず、頭を上げなさい」
ミドリが頭を上げると、藤村は慌てて脳内で疑問点を洗い出しながら、どうしてその結論に至ったかを探り始める。
「僕は、もう四十を過ぎているし、一度結婚して娘もいる。それに対して、君は、まだ十六で未婚だ。ミドリちゃんには、僕なんかより、もっと君に相応しい青年がいる」
「でも、お嬢様に言われたんです。それを聞いて、悪くない案だと思って」
「待って。僕が留守にしてるあいだに、シノは、君に何を言ったんだい?」
「お嬢様からは『わたしのお母様になって』と」
「あぁ、そういうことか。やっと話が繋がったよ」
事の発端に行き着くと、ひとまず藤村は納得し、立ち上がってミドリに言う。
「この話の元凶は、まさか君が真に受けるとは、夢にも思っても居ないだろうよ。まっ、今夜は遅いから、また今度ゆっくり話そう」
「どういうことですか?」
「君は、何も気にしなくて良い。シノの言葉を忘れて、おやすみ」
「はぁ。おやすみなさい」
どこか腑に落ちない様子で首を傾げつつも、ミドリは立ち上がり、藤村に一礼して応接間を出た。
「まったく。今夜の借りは、明日の朝に耳を揃えて返してもらおう」
遅れて応接間を出た藤村は、ミドリが廊下の向こうへと消えたのを確認すると、寝室とは反対方向へと歩きはじめた。




