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三つ揃いから上着を脱いだ姿の藤村と、外套として二重回しでも着ていそうな書生風情の男が、応接間で向かい合うようにソファーに座り、順番に札を取ったり捨てたりいる。
ふたりのあいだにあるローテーブルの上には、トランプの小山が出来ている。その横には、片手で食べやすいように小さく切られたサンドイッチと、グラスに淹れられた赤ワインが置かれている。
「さっき君は、女中に『もう寝ていい』と言ったが、素直に言うことを聞く性質かい?」
「女中じゃなくてメイドだと言っただろう、平井くん。いつもなら、とっくに寝支度を整えてる時間だし、今夜は十六夜だから、さすがに眠ったことだろう」
「なら、話すけどね。壁に耳あり障子に目あり。今の時代、どこで誰が何を聞いてるか、わかんないもんだぜ? ――そら。僕の勝ちだ」
最後の札を場に捨て、平井と呼ばれた男が宣言した。
藤村は、その一文前のセリフを気にしつつ、持っていた札を場に捨て、札をかき集めて一つにし、両手でシャッフルし始める。
「穏やかでないね。何かあったのかい?」
「足元に火がついてないとでも思ってるなら、警告しておこうと思ってさ。ほら、この前も、私立の高等学校が、エンでマルい本の読書会を開いてたかどで、引っ張られてただろう?」
「あぁ。それなら、新聞で見たよ。赤を狩る動きがあるんだね」
「だから、他人事ではないんだぞ、藤村くん。君の医院に居る、えぇと、堅物の……」
片手を額に当てて思い出しはじめた平井に、藤村は交互に札を配りながら助け船を出す。
「京極か?」
「そうそう。彼の家にも、留守のあいだにそれらしき人物が訪ねてきて、机や本棚の中を検められたそうだ。スタンダールの『赤と黒』が無くなってたとか何とかで、はじめて気が付いたと言ってたな。君も、せいぜい気をつけたまえ」
「ハハッ。おちおち仏文も読めないとは、困ったね。治安維持法は、実に厄介だ。――今度は、僕から行かせてもらうよ」
そう言って、藤村は手札から一枚選び、場に捨てる。
「まったくね。法を拡大解釈して、軍部が暴走しなけりゃいいけど。不況期だから、生活不安につけ込まれて扇動されたら大変だ。シビリアン・コントロールが効かなくなったら、この帝国はお終いさ。――そう来たか」
ここが、人里を離れた高原の別荘地であることを良いことに、平井は憂国の情に任せて演説を続けた。
藤村は、ときおりサンドイッチや赤ワインを勧め、のちに酔いが回った平井をゲストルームで休ませることにするまで、話を聞き続けた。




