029
「驚かないで欲しいんだけど、僕には、もう一つの秘密があるんだ」
そう前置きすると、アオイは、座っているミドリにもよく見えるように、今度は電球が照らす下で女に変身した。
そのあいだ、ミドリは、ずっと好奇心を隠さない様子でアオイに注目していた。
アオイは、思っていた反応と違って調子が狂ったのか、間の抜けた声を出す。
「あれ? 驚かないね」
「驚くなと言ったのは、アオイさんの方よ?」
「そうだったね。ソーリー、ソーリー」
軽く謝りながら、アオイは、支柱に立て掛けていたもう一脚のガーデンチェアを広げ、ミドリの横に置いて座る。そして、ミドリの質問しそうなことを先回りして答える。
「なんで男のフリをしてたのか、って思ってる?」
「当たりよ。どうしてなの?」
「放浪してた時の癖、みたいなものでね。男なら、夜更かしして街を出歩いても何も言われない、痴漢や強姦に遭うこともない。ただ、美女には注意が必要で、着飾る選択肢は狭いけどね」
茶目っ気たっぷりにウインクをすると、ミドリは口元に片手を添え、クスッと笑う。
そうして緊張感を解したところで、アオイは、やや真面目な主張を始める。
「特に、この帝国は変だよ。生まれた性別で役割を固定するなんて、ナンセンスじゃないか。原則的に戸主になれない、土地を持てない、離婚も言い出せない、博士にも大臣にもなれない。女に生まれただけで、理不尽に耐えなきゃいけないことが多いんだ。だから、この国にいるあいだは、男の格好をしてるんだ」
「でも、ずーっと、このままってことは無いんじゃないかしら?」
「まぁね。変わらないものなんて、何一つ無いけど、変わるのに時間が掛かるものがあるのも、歴史が証明してることだよ。よっぽどのカタストロフィーが起きない限り、急激に変わることは無いものさ」
「カタストロフィー?」
ミドリが訊き返すと、アオイは補足説明する。
「飢饉とか、噴火とか、戦争とか、日常とは大きく違う出来事のことさ。まっ、男で居るのは、他にも理由があるんだけど」
「どういう理由なの?」
「命短し、恋せよ乙女。ミドリちゃんも、誰かと恋をすれば分かるようになるさ」
「恋、かぁ」
「そう、恋だよ。肉食獣みたいに、狙った獲物に猛アプローチするのさ。ガオーッ!」
「アハハ。その姿だと、いつも以上に迫力に欠けるわ」
ふたりがリラックスしてお喋りの花を咲かせていると、ドアの向こうから、藤村がやってくるのが見える。
「良いムードになったところで邪魔が入るのは、世の常だね」
そう言って、アオイはガーデンチェアから立ち上がって素早く男の姿になり、ドアを開けて藤村を招き入れる。よく見ると、藤村は、片手に食べかけのサンドイッチを、ナプキンに挟んで持っている。
「サンドイッチにワサビを入れたのは、君だろう!」
「疑われてるよ、ミドリちゃん」
「えっ!」
「ミドリちゃんではない。僕は君に容疑を向けているのだよ、アオイくん」
「イテテテテ。僕の耳は、デリケートに扱ってよ!」
振り向いて矛先をそらしたアオイに対し、藤村は、鋭角な耳を引っ張って咎めた。
このあと、アオイが藤村にコッテリと叱られたのは、想像に難くないところであろう。




