028
「おかしいな。なんで、ここの花だけ咲かないんだろう?」
カンテラを持ったアオイが、温室で菊の花を調べていた。
この時代では、ほとんど知られていないことだが、夏の夜に一晩中光を当てると、秋菊の開花を遅らせることが出来る。
そして、アオイが立っている位置は、ちょうど、屋敷の二階にあるゲストルームからもれる光が当たる場所なのである。
「まぁ、いいか。菊の中にも、気まぐれを起こす奴がいるんだろう」
小声で独り言を呟くと、アオイは畝から離れ、テーブルにカンテラを置き、ガーデンチェアに腰を下ろした。
「部屋に戻らなきゃ。でも、ちょっと休憩しよう。今日は疲れたなぁ~」
アオイは、うつらうつらと重い瞼を開けたり閉めたりしていたが、そのうち背もたれに身体を預け、ガックリと俯いて寝始める。
それと同じ頃、ミドリは書斎から屋根裏部屋へと移動していた。
夜目を働かせながら薄暗い廊下を歩いていたミドリは、途中で、窓の外に見える温室に、ほのかな光が点り、誰かがガーデンチェアに座っている影があるのに気付いた。
「あら? アオイさんったら、まだ温室にいるのかしら? 今日は疲れたから、早く寝たいって言ってたのに」
興味をそそられたミドリは、階段に向かうのをやめ、使用人出入口を抜け、温室へと向かう。
近くで見ると、ガーデンチェアに居る人物は、月夜に映える銀髪で、シルエットから燕尾服を着ていることが分かる。
「やっぱりアオイさんだわ。あら?」
温室のドアに手を掛けると、何の抵抗もなく、すんなりとドアが開く。どうやらアオイは、中から施錠するのを忘れていたらしい。
その刹那、ミドリの中に、小さな悪戯心が芽生えた。
ミドリは、そのままソーッとドアを開けて温室に入り、足音を忍ばせ、ぐっすり眠っているアオイに近づく。そして、真後ろに立った瞬間、ミドリは両手でアオイの目を覆って言う。
「だーれだ? ――んんっ?」
アオイに触れたとき、どこか違和感を覚えたミドリは、テーブルに置いてあるカンテラを手に取り、ちっとも起きる気配のないアオイの全身をよく照らして見始める。
違和感の正体は、すぐに判明した。アオイの身体をよく見ると、燕尾服はそのままに、身体がひと回り小さく、全体に丸みを帯びている。ミドリは、おそるおそる胸に触れると、男性ではあり得ない弾力性を確かめることが出来た。
目の前に起きていることに理解が追い付かなくなったミドリは、説明を求めようと、アオイの柔らかな頬をギュッとつまんだ。
「うぐっ……。ごめんよ、エリちゃん」
寝ぼけて見当違いの寝言を呟くと、アオイは徐々に目を覚まし、それと同時に、手足が伸び、胸や尻の丸みが平板になっていく。
「ん~、肩が凝ったなぁ。――わっ! ミドリちゃん」
パチパチと瞬きを数回してから完全に起きると、両手をウーンと伸ばす。そのあと、眼前でカンテラを持っている人物がミドリだと気付き、深夜に相応しくない素っ頓狂な大声を出して驚き、その拍子に、ガーデンチェアから転げ落ちる。
「だっ、大丈夫ですか、アオイさん?」
「なんとかね。あぁ、そっか。鍵を掛けて無かったんだね。もう寝てると思って、油断したよ」
決まりの悪そうな顔をして立ち上がると、アオイは、状況から推定される事案にハタと気付き、ミドリに訊ねる。
「まさかとは思うけど、僕が起きる前から、そこに居た?」
「えぇ。あっ、待って!」
朝と同じように逃げようとするアオイを、ミドリはカンテラをテーブルに置き、素早く腕を掴んで引き留める。
「逃げないで、アオイさん。何を聞いても、わたしは絶対にアオイさんを嫌わないから。ねぇ。もう一度だけ、今度は何もかも隠さずに教えて」
手を振りほどこうとしていたアオイであったかが、畳み掛けられるようにミドリに言われ、抵抗をやめる。
「わかったよ。今度こそ、すべて話すよ。電気を点けるから、そこに座ってて」
「はい」
アオイは、電灯のスイッチを上げようと支柱に向かい、ミドリは、アオイが座っていたガーデンチェアに腰を下ろした。




