017
「娘の心からの笑顔が見たい、か。難しい注文だね。お嬢様は、笑かそうとすればするほど、表情が険しくなるから」
「それは、アオイさんの笑かし方に問題があるような」
数分前、書斎からメモと数冊の本を抱え、ミドリが廊下をシノの部屋へと向かって歩いていると、庭から戻ったアオイが通りがかった。アオイは、ミドリが持っていた本をスッと横取りし、運ぶのを手伝うと言ってきた。
ミドリは、大した量では無いからと断ったが、アオイが自分が運ぶと言い張ったので、ついて来させることにしたのである。
「そうかな? 僕のエンターテインメントは、一流だと自負してるんだけどなぁ」
「アハハ……」
自信満々のアオイに対し、ミドリは乾いた愛想笑いを返すと、ユリの花のノッカーをコンコンと鳴らす。
すると、すぐさまドアが開き、その向こうからシノが威勢よく姿を現す。
「待ってたわよ、ミドリ。――あら?」
「ペルシャ猫郵便から、お届け物で~す。ゴロナーゴ!」
持っていた中から、一番上に積んであった本を顔の前に仮面のようにかざすと、アオイは猫のモノマネで郵便屋のフリをした。
それに対し、シノは笑うどころか、お邪魔虫が来たとばかりに口をへの字に曲げる。
「どうして、アオイまで居るのよ?」
「ありゃりゃ、お呼びでなかったか。これは、失礼つかまつる」
本を積み直すと、アオイは、照れ隠しに片手で後頭部を掻いてみせた。
「アオイさんは、ご本を運んでもらっただけですよ。――そうですよね?」
ミドリはアオイから本を取り上げ、確かめるように言った。
アオイは、シノの琥珀色の瞳から向けられる「ゲラウトヒア!」とでも言いたげな視線に、心の中でメッタ刺しにされつつ、わざとらしく手の平の上を握り拳でポンと叩き、残念そうな顔をしながら抑揚のない声で言う。
「そうそう。アー、ソーダ。庭のサボテンに水をやらなきゃいけないんダッタ。僕は、これで失礼シヨー」
そう言って、アオイは、速やかにその場から立ち去った。
アオイの姿が廊下の向こうへと消えたのを確認すると、シノは改めてミドリを子供部屋へと招き入れ、すぐさまドアを閉めた。