身近な社会問題
「それでは教会の中をご案内いたしましょう。礼拝室のステンドグラスは、見物ですぞ」
「楽しみだわ! ステンドグラスって素敵よね」
「姫様も華やかな美術品がやはりお好きなのですね」
「華やかな美術品が好きというより、作り上げた作家の職人としてのプライドや神へ捧げる心が見えるからかしら?」
「おや、姫様はあまり宗教にはご興味ないとお聞きしましたが…………」
「宗教に興味がないわけじゃないわ。やはり芸術と宗教って関係は切り離せないと思うの。そういう意味では、興味はあるわ。どちらかというと学問としてかしら。まぁ、個人的には困った時に助けてくださいって祈ってしまうくらい。教皇様達からすれば不謹慎かもしれないけれど」
「いえいえ、姫様達のお立場からすればそれぐらい離れて見ているのが正しいかもしれませんな。もし何か知りたいことがありましたら、この爺が学問としてお教えしますよ」
「ありがとうございます」
にこやかに会話をする二人の姿にアリエルは、内心不安を感じていた。この惑星の政治の頂点と民衆の心の拠り所である宗教の頂点の立場に近い人間達の不意打ちの邂逅は、果たして良い結果を生み出すものなのかと。
「今の時間、礼拝室は地元の学校の合唱隊が練習をしてますので二階の貴賓席へどうぞ」
「あら? 学校の合唱隊がこの教会で練習をしているの?」
「はい。彼等は全国コンクールで優勝しまして、この惑星の代表として首星で行われるコンクールへ進むのです。本番が首星の大聖堂で行われますのでなるべく同じような環境をということで」
「楽しみだわ。驚かせないようにこっそりと聞かせてもらいましょう」
「…………あのコンクールですか」
アリエルの今までにない反応にリリアナは、おやっと首をかしげる。いつも朗らかな彼女の表情がやや硬い。
「何か問題があるコンクールなの?」
「いいえ、由緒あるコンクールです。ただ今回の結果が問題を引き起こしているといいますか」
「問題ではなくただの僻みだろう。上流階級の方々は自分達の子供が優勝出来なかったことが不満なだけだろう。例年通り自分達の子供が通う学院が首星のコンクールに進めなくて」
フィリップの言葉に何となくだが事情を察したリリアナは、溜息をつく。
「今年は学院以外の学校が優勝したってこと?」
「はい。地元の公立校の一つです。主な生徒は旧市街に住む子供達です」
「旧市街?」
「はい。スラム街と言えばお分かりになりますか?」
アリエルの説明にリリアナは首をかしげる。
「公立校の生徒が優勝することに何か問題が? コンクール自体はフェアに行われたんでしょう?」
リリアナの疑問に教皇が答えてくれた。
「私も審査員として参加しましたが、例年にないハイレベルな争いになりまして。どちらも甲乙つけがたい程の出来上がりでしたが、僅差で公立校が優勝いたしました」
「だとしたら双方相当な努力をした結果でしょうに。それにケチをつけるなんて誰もしてはいけないわ。努力した彼等に失礼よ」
リリアナの言葉に教皇は、大きく頷きながらも溜息と共に愚痴をこぼした。
「姫様のお言葉通りなのですがね、どこの国にも馬鹿なことを考える愚か者共がいるのですよ。プライドだけが高い愚か者達がね」
「はい、とても残念ですが一部の生徒の親が辞退を求めているらしいです。例年、優勝した学校に対して首星のコンクールに参加する為の寄付を地元の企業がするのですがそれが一切行われていないと新聞社に勤める友人から聞きました」
アリエルの説明にリリアナは、顔をしかめる。
「兵糧攻めってこと? 本当に質が悪いわ」
「彼等は旧市街に住む生徒です。多くが首星に行く渡航費を払うことが出来ない。例年通りなら企業の寄付から全て賄われるのですがそれが行われないとなると参加を見送る可能性が高いです」
「他の生徒や教師達が募金活動を行ったりして、渡航費を用意しようとしているのですがなかなか上手くいっていないようで。彼等のモチベーションが持てばいいのですがね。我々もどうにかしてやりたいですが教会が介入すると余計に問題が悪化しそうなのです」
「本当に最悪…………」
コンクールに参加出来るか分からないギリギリの状況で練習を続ける生徒達を気の毒だと思う。彼等のモチベーションが保てることをリリアナは願った。