3
「失礼致します。ジョヴァンニ様」
「待たせたね。ジョヴァンニ君。中へ入るよ」
軽くノックをした後、ひと声かける。中へ入り布のかけられたワゴンの先頭が先に室内
へ入る。
「こ、今度はなんでしょうカ……」
「ぬっふっふ。これは吾輩からのスウィーツのプレゼントだ。受け取り給え」
布を取り除くと、現れたのは黒い半球体状のもので、その上にはイチゴ、ハートの形を
したピンク色のチョコレート、その半球体の周りをまた可愛らしいピンクのリボンで飾り
をつける。
「お……お……そ、それは……」
「ぬっふっふ。吾輩特製友情のガトーショコラだ!」
かすかに冷気を放っているそれは、まさに食後のデザートに相応しかった。早速ガエタ
ノがナイフで切り分けていく。パキっと割れる音が心地よく、その音からもうこのデザー
トは始まっているとジョヴァンニは感じた。
「まずはジョヴァンニ君から」
切り分けられたガトーショコラを目前に、ジョヴァンニの興奮は最高潮に達していた。
果たしてここまでしてもらっていいのだろうかと正直疑問に感じたが、それは後で聞いて
みることにしよう。フォークを片手に目標目掛けてゆっくりと刺し切る。表面のチョコレ
ートが小さくパキパキ割れる音が更に興奮を助長させる。添えられた生クリームをたっぷ
りと付けて一気に頬張る。
「…………」
最早声を上げることも面倒な位、しかしその表情は何も語らなくても十分な程幸せに溢れていた。
「どうかね?ジョヴァンニ君」
「……このパキパキのチョコレートと生クリームのコンビネーション……ずるいデス」
また差し分けて口に運ぶ。今度は満足そうな声が漏れ聞こえた。その表情を見たガエタ
ノとラデルも満足そうに微笑んだ。
「……こんな素敵なケーキが作れるなんて……ガエタノはずるいデス」
「これも紳士の嗜みの一つということだ。どれ、吾輩もひとつ失礼して……」
たまらずガエタノも自作のガトーショコラをつまむ。自作とはいえここまでうまくでき
ているとは……想像以上の出来上がりだった。
「ははっ!ガエタノ、口の周りがダーティーデェス」
「そういうジョヴァンニ君だって、口の周りクリームだらけではないか。ハンケチで拭き
給え」
ガエタノが胸ポケットからハンケチを取り出し、ジョヴァンニに差し出す。
「ノーサンキューデス。今日はこの位が丁度いいデス」
「なるほど。ならば吾輩もそれに従おうではないか」
お互い口の周りをチョコレートやクリームがついていてもお構いなしに、幸せになれる
ケーキを口に運んでいた。さっきも食べたはずなのだが、口の中に入れる度にやってくる
この幸福感は一体何だろう……それはいくら自分に問いかけても答えは見つかりそうにな
かった。今はただ、美味しいものを食べて皆と笑いあっている時間を大事にしたい。ジョ
ヴァンニはいつになく楽しみたいという願望でいっぱいだった。
「ここまで綺麗に食べてもらえると嬉しいものだな。では、続いてはこちらだ」
二段目からトレーを引き出すと、ジョヴァンニの大好きな果実を贅沢に使ったロールケ
ーキが顔を覗かせた。適度な大きさにカットされた果実はそれぞれが個人を主張するも、
白いクリームとふわふわのスポンジケーキがそれらをまとめる。いわば果実は生徒、クリ
ームとスポンジケーキは風紀委員と先生といったところか。それをジョヴァンニの分を厚
く切り、更に生クリームを添えて目の前に置く。ただそれだけなのだがジョヴァンニの興
奮は限界を突破し、歓喜の声へと変わる。
「こ……これは。こんなに沢山もらっていいのデスか?」
「もちろんだとも。遠慮は無用だ」
ロールケーキの傍にはいつの間にか、ラデルが淹れた紅茶が控えていた。普段はミルク
もお砂糖も入れるのだが、今日はストレートで飲んでみることにした。
「……さっぱりとしていて美味しいデス」
「ケーキに合うようダージリンを使って淹れてみました」
初めて飲んだストレートの美味しさを見出したジョヴァンニはまた歓喜の声を上げた。
こんなにも飲み方で風味は変わるものなのだろうか……。ショックを受けたのだが、それ
は新発見という嬉しいショックだった。
「紅茶のお替りもたっぷりご用意しておりますので、お声かけください」
「ラデル君の淹れる紅茶はなによりも美味しい。そうは思わんかね?ジョヴァンニ君」
「ええ。そう思いマス。こんなに美味しい紅茶は飲んだことがありまセン」
飲み干したカップをソーサーに置き、一息ついた。口の中をさっぱりさせた後、またロ
ールケーキにかぶりついた。
「私は……幸せデス」
ジョヴァンニの顔がとろんととろける。その顔をみたガエタノとラデルの顔は満足そう
に微笑んだ。
「満足してもらえたかな」
「ええ……とっても……最高の時間をありがとうデス」
「喜んで貰えて我々も嬉しい限りです」
新しく紅茶を注ぎ、会釈してから少し離れた。
「吾輩もここまで喜んで貰えるとは思ってなかったから嬉しいよ」
ガエタノも本当に嬉しいのか、発した言葉に嬉色が含まれていた。紅茶を含み、ふうと
ため息を漏らしたガエタノは静かにジョヴァンニに尋ねた。
「ジョヴァンニ君……また何かあったら、迷わず我々に話し給え」
「吐き出すことですっきりすることもあります。我々でよければいつでも歓迎致します」
「みんな……サンキューデス」
まるで子供のように泣きじゃくるジョヴァンニの前に再度ハンケチを差し出すガエタノ。
それを素直に受け取り、目を抑える。
話してくれた以上に相当辛い思いをしたに違いない。それは本人にしかわからない事な
のだが、勇気を出して話してくれたジョヴァンニ。ガエタノとラデルはそれに耳を傾け、
辛い思いを吐き出す手伝いをする。吐き出した後は二人なりの方法で素敵な時間を演出す
るだけ。落ち着いてきたジョヴァンニの背中を優しくさするガエタノ。次第に呼吸も普段
のリズムを取り戻し、いつものジョヴァンニの顔が戻ってきた。
「今回は私の行いが招いた事でもありマス。反省していマス。そして、その失敗を慰めて
くれて……本当にありがとうございマス。お二人には感謝をしても足りないくらい……」
「気にしないでくれたまえ。我々は我々の友人が困っているのを見過すことができなかっ
た。それが君の助けになるのなら本望だ」
「最初の時よりもだいぶお顔が優れているようにも見えます」
「ええ……お二人の力が私をここまで元気になれまシタ」
冷めかけた紅茶を飲み干し、ジョヴァンニが立ち上がる。その顔はどこかすっきりとし
ているように見えた。
「美味しいディナー、美味しいスウィーツ……本当にご馳走様でシタ」
深々と頭を下げるジョヴァンニに止め給えと恥ずかしそうに言うガエタノ。ラデルもど
ことなく恥ずかしそうにしている。
「イエ。この位はさせてくだサイ」
ぴしっとした表情に切り替わったジョヴァンニの顔を見て、二人は心から安心をした。
「では、このお礼は近いうちに必ず……必ずしマス。とびきりなお土産を持って……ネ」
クリームで汚れた唇はそのままに、ジョヴァンニは再度深々と頭を下げ、漆黒の球に吸
い込まれて消えていった。
「……行ってしまったな」
「はい。とても喜んでもらえたようで」
少し寂しさを含ませた言葉は、食堂に小さく響いた。ガエタノのカップに残った少量の
紅茶はすっかり冷え、もの悲しさを増長させる。ティーポットを持つラデルだが、首を横
に振り拒んだ。
「さて、我々は跡片付けをしようか。作り手は片付けまでが作り手の責任だ」
「はい。始めましょうか」




