表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【50万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

320/326

第318話 さよなら、僕の友達

夕日が、ルセ大第十三号館のオープンカフェを橙色に染めていた。


昼間の賑わいが少しだけ引いた時間帯。

テラス席にはまだ何組かの学生が残っていたが、昼食時ほどの喧騒はない。


吹き抜ける風もやわらかく、遠くでは部活帰りらしい学生たちの笑い声が聞こえていた。


そんな穏やかな空気の中で、佐川颯太は一人、カフェの端の席に腰掛けていた。


目の前のグラスには、氷の溶けかけた飲み物が半分ほど残っている。

ストローでそれをかき混ぜながら、颯太は何となく中庭の方へ視線を向けた。


急に呼び出された時は少し驚いたが、相手がラグナならそこまで不自然でもない。

本戦を明日に控えたこのタイミングだ。緊張を紛らわせたくなったとか、あるいはまた妙に回りくどい相談でもあるのかもしれない。


むしろ、そういう話なら少し嬉しいとすら思っていた。


ラグナ・ゼタ・エルディナス。

初めは面倒くさくて、キラキラしていて、自分のことを“主人公”だと本気で信じている、だいぶ厄介なやつだと思っていた。


でも、最近は少し違う。


強がりで、面倒くさくて、でもどこか不器用で。

変なところで意地っ張りなくせに、変なところで素直なやつでもある。


少なくとも颯太にとって、ラグナはもう、からかい半分で付き合うだけの相手ではなかった。

ラグナは、友達だ。


だからこそ、本戦前で落ち着かないなら、少しくらい付き合ってやりたい。

そんな気持ちで待っていた。


やがて、オープンカフェの入口から、金髪の少年が姿を見せた。


ラグナだった。


けれど、その姿を見た瞬間、颯太は小さく眉をひそめた。


いつもと違う。


歩き方そのものは乱れていない。

背筋も伸びているし、服装もいつも通りきっちりしている。

だが、表情が硬い。

硬いというより、凍っている、に近かった。


あれだけ目立つやつなのに、妙に気配が静かだ。

明るさがない。

いつもなら、こちらを見つけた時点で何かしら一言、気取った挨拶でも飛ばしてきそうなものなのに、それもない。


颯太は椅子に座ったまま、明るい調子を崩さず手を上げた。




「よっ、ラグナ。どうしたんだ? 急に呼び出したりなんかして。あ、本戦がいよいよ明日に迫って、流石のラグナも緊張してきたとか?」




冗談めかしてそう言ったが、ラグナは笑わなかった。


テーブルを挟んだ向かい側まで歩いてくると、彼は席に座ることもせず、その場に立ったまま颯太を見下ろした。


夕日を受けた横顔が、ひどく冷たく見える。


颯太はそこでようやく、本格的に嫌な予感を覚えた。




「……ラグナ、どうした? 何かあったのか?」




今度はちゃんと心配して言った。

するとラグナは、ほんの一拍置いて、口を開く。




「──颯太。正直に答えてくれ」




声が低かった。

いつもみたいな気障さも、軽さも、どこにもない。




「キミは……知っていたのか?」




ラグナの瞳が、まっすぐ颯太を射抜く。




「アルド・ラクシズの、“本当の力(・・・・)”を」




その瞬間、颯太の心臓がどくりと鳴った。


アルドの、本当の力。

その言葉の意味は、十分すぎるほど分かる。


颯太は知っている。

ラグナがずっとアルドを意識していたことも。

“宿敵”だの“ライバル”だのと、妙な言い回しをしながらも、本気でアルドを目標にしていたことも。


そして同時に、颯太は知っている。


アルド・ラクシズが、どれほど常識外れの存在なのかを。


洗脳されていた自分が、神器“破邪七星剣(グランシャリオ)”のレーザーを顔面に浴びせた時。

あの人は、まるで何事もなかったみたいに『眩しい』と顔を顰めながら平然とそこに立っていた。


スレヴェルドで見た、白銀の巨竜。

あれが本当に同じ存在なのだと知った時、颯太は言葉を失った。


敵も、味方も、街そのものさえも救ってみせた。

あれはもう、単に“強い人”なんて言葉で収まる存在じゃない。


神に近い、何かだ。


しかもアルドは、ラグナと同じく現代日本からの転生者でもある。


誰よりも強くて。

誰よりも優しくて。

そして、多分、誰よりも“自分がどれほど規格外か”を気にしていない。


仮に、今ここで颯太がラグナへ向かって、

『ああ、知ってるよ。アルドさんはお前が思ってるよりずっと化け物だ』

と喋ってしまったとしても、アルドはたぶん怒らない。


きっと、

『えっ!? ちょ、佐川くん、しゃべっちゃったの!?』

と、ちょっと焦って。

それから困った顔で笑うくらいだろう。


でも、だからといって。

本人の許可なく、勝手に秘密を喋っていいわけじゃない。


アルドも、颯太にとっては恩人だ。


颯太は唇を引き結んだ。


しかも、自分は決めていた。

ラグナについてのことは、アルドには話さない。

親友の鬼塚にだって、一言も漏らさない。

それが自分なりの公平さだと思っていた。


アルドたちもまた、そのことについて何も追及してこなかった。

言わないでいてくれているのだと、分かっている。


だから今も、簡単には言えない。




「そ、それは……」




声が詰まる。


その、ほんの一瞬の沈黙で、全部伝わってしまったらしかった。


ラグナの顔が、一瞬だけ歪んだ。

怒りとも、悲しみともつかない表情。

それはほんの刹那で、すぐに元の硬い顔へ戻る。




「……そうか」




静かな声だった。




「キミのその反応で、大体分かったよ」




そう言うと、ラグナは踵を返した。

そのまま去っていこうとする背中へ、颯太は反射的に声をかける。




「ま、待てよ、ラグナ!」




椅子を引く音がやけに大きく響いた。




「黙ってた事は悪かった! でも、俺は……」


「来るなッ!!」




ラグナが振り返りもせずに怒鳴った。

その声に、颯太の身体がびくりと止まる。


オープンカフェにいた何人かの学生が、何事かとこちらを見る。

けれどラグナは、そんな視線など気にする様子もなく、背を向けたまま低く言った。




「……知ってたんだろ?」




その声は、少しだけ震えていた。




「アルド・ラクシズが、かつての僕(・・・・・)とは比べ物にならないほどの力を秘めた怪物だ、ってこと」




颯太の喉が詰まる。

ラグナは続けた。




「──勝てもしない相手に『“宿敵キャラ”だ!』だなんて、馬鹿みたいにはしゃいでた僕の姿は……さぞ、滑稽だっただろ?」




その一言には、怒りだけじゃなかった。

むしろ、怒り以上に、自分自身を笑ってしまうような、ひどく痛々しい自嘲が混ざっていた。


颯太は思わず一歩踏み出しかける。




「──ッ!? 違う!! 俺は──ッ!!」




違う。

本当に、そう思っていたわけじゃない。


確かに颯太は思っていた。

いくらラグナが強いとはいえ、あのアルドに勝つのは無理だろう、と。


けれど、それだけじゃない。


アルドはこの“統覇戦”では明らかに力をセーブしていた。

条件次第では、本当にいい勝負になるかもしれないとも思っていた。

何より、アルドという存在を得て、ラグナがこれまでになく生き生きしているのを見てしまったから。


野暮なことは言いたくなかった。

それだけだったのだ。


それに、自分はちゃんと線を引いていた。

ラグナについての情報は、アルドにも鬼塚にも漏らしていない。

どちらか一方の肩を持つような真似はしていないつもりだった。


でも、そんな颯太の気持ちなど、今のラグナには届かない。




 ◇◆◇




「言い訳なんか聞きたくないッ!!」




その怒声と同時に。


ラグナの全身から、ぞわり、と魔力が噴き上がった。




「──ッ!?」




颯太は反射的に腕を前へ出す。


空気が一瞬で重くなる。

頬を、びし、びし、と見えない波が叩いた。

金色の魔力。

そこへ銀色が混ざる。

さらに、その奥に──ほんのわずかに、黒。


以前までのラグナとは、明らかに違う。


大きい。

圧がある。

密度が、別物だ。


息が詰まり、足が一瞬すくむ。




(──ッ!?)




颯太の背筋を、冷たいものが走った。




(何だこの魔力!?)




ラグナの魔力量が馬鹿げているのは前から知っていた。

けれど、これはそんなレベルじゃない。




(ラグナの魔力のデカさは知ってたけど……これは、以前とはまるで別物だ!!)




そして、その気配の一部に、颯太はどうしようもなく“あの人”を連想してしまった。




(まるで、アルドさんみたいな……!?)




けれど、同時に違う。

アルドの力は、圧倒的でも、もっと澄んでいた。

今、ラグナから漏れたものは、似ているのに、どこか歪で、禍々しくて、見てはいけないものに近い。


胸の奥で、“破邪勇者(アンドレイオス)”がざわついた。


警鐘。

言葉にならない危険信号。


まるで何か別種の、もっと根源的にまずいものへ触れたような感覚が、颯太の本能を逆撫でした。


だが、その異変を自覚したのはラグナ自身も同じだったらしい。


ラグナは一瞬だけ、しまった、という顔をした。


ほんの一瞬。

それからすぐに、何事もなかったみたいに表情を凍らせる。




「……もう僕に関わるな、颯太」




ラグナは低く言った。

そして、わざと一拍置いて、言い直す。




「いや、佐川颯太くん(・・・・・・)




その呼び方に、颯太の胸が痛む。




「ラグナ……」




思わずその名を呼ぶ。

だがラグナは振り返らない。




「──王子である僕を呼び捨てにするなんて、不敬だよ、キミ」




声は静かだった。

でも、それが余計に痛かった。


友達としての距離を、身分という壁で無理やり切り直そうとしている。

それが分かるからこそ、余計に。


ラグナはそのまま歩き出す。


夕日に伸びた影が、長く、長く石畳の上へ落ちていた。


その背中を、颯太は追えなかった。


追ってはいけない気がしたし、何より、あの一瞬だけ漏れた魔力の異様さが、まだ身体の芯に残っていた。


呼吸を整えることすら、少し難しい。


ラグナは、二、三歩進んだところで、ほんのわずかに足を止めかけた。

肩が、かすかに揺れる。


振り返るのかと思った。

けれど、結局、振り返らない。


そのまま、前を向いたまま、小さく呟く。




「さよなら」




あまりにも小さくて、風に紛れそうな声だった。




「僕の、二人目(・・・)の友達」




颯太の喉が詰まる。


二人目。


その言葉の意味を考えるより先に、その寂しさだけが胸へ落ちてきた。


ラグナは、もう振り返らなかった。


金髪の背中が夕暮れの中へ遠ざかっていく。

それを颯太は、ただ立ち尽くしたまま見送ることしかできなかった。


テラス席に置きっぱなしになったグラスの中で、氷がひとつ、からんと小さく鳴った。


その音だけが妙に鮮明に耳へ残る。


友達として、何か言えたはずだったのか。

もっと別の言葉があったのか。

そもそも、最初から何も言わないのが正解だったのか。


分からない。


ただ一つ分かるのは。

今、去っていったラグナは、もう前と同じ場所にはいない、ということだけだった。


夕日はまだ綺麗だった。

空は穏やかで、風もやさしい。


なのに、その景色の中で、ひどく取り返しのつかないものが壊れてしまった気がして。


佐川颯太は、しばらくその場から動けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ