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ゲイボルク・3

 その少女の考えは安直だったのかもしれないが、運命というのは往々にしてこういうことを出会いにするのかもしれない。

 長い黒髪を後ろで縛り、裾や袖などが改造された紅い作務衣を羽織る少女。彼女は自分が住む村のために買出しに出ていた。そしてその帰り。エーリンの最南端に位置する町を訪れたのだが、

 ――あー、やっぱ目を付けられたか。

 少女は背後から、人の気配を感じていた。

 町に着いてからずっと感じている気配。

 少女は前髪を直すふりをして、手鏡で後ろを確認すれば、どうにも柄が悪そうな男が二人、二十mほど離れた場所に居た。身体の大きさは二回りほどありそうだ。少女にも武術の心得があるものの、達人の域ではない。力で押されてはすぐに負けそうだった。

 少女は、男二人の狙いは自分が運ぶ荷であろう、と予想を固めていた。

 少女の乗っているギャリーにはバンプ・ナイトの部品がぎっしりと詰まっていた。もし、売ればそれこそ十数年は遊んで暮らせるだろう。勿論、バンプ・ナイトの改造にあてがえば期待した性能を引き出してくれる。

 その男二人がどちらを目的にしているかわからないが、その目は獲物を見る目であった。

 完全に少女をカモだと思っている。

 ――まぁ、間違っちゃいないんだけどな……。しっかしどうしたものか?

 少女はどこか人が多い場所へ行こうと思った――が、

 ――この町、寂れすぎでしょ? 人が全然居ない!

 少女の歩く町の通りには、人が数人――一人ふたり居る程度で、男二人への牽制としては、どうにも心許ない。

 仕方ないので、もっと人の集まる場所を考える。

 建物の壁は崩れかけ、半ば死ぬ寸前である町であるが、まだ住民は居る。そして、少女は自分以外のギャリーが停車していることも知っている。

 何処かに店かなにかがあるはずだ、と淡い期待を抱いた。

「………」

 少女はもう一度手鏡で背後の二人を確認する。――変わらず、着かず離れずの場所に居る。

 少し歩けば、偶然にもレストランっぽいところを見付ける。

 ガラス越しに見える店内は電力をけちっているのか薄暗いが、まだ生きている。今は昼時、客が入っているはずだ。

 これは幸いと思い、少女はレストランへと入った。

 しかし、廃れた町の廃れたレストランに来る客など稀有なものだ。

 レストランの中には少年が二人と、男が一人に老人が一人。

 少女の期待としては及第点にも満たない人の少なさ。だが、レストランの事情としてはこれだけの客が入っていること自体が奇跡でもある。そして、また少女自体そんな奇跡の客入りに出くわすのも運がいいのかもしれない。

 少女は僅かな期待として、店員を探すが、ウエイトレスの老婆が一人。厨房には老人が一人。夫婦なのだろう。

 ――げろやばい。これだったら、路地で巻いたほうがよかった!

 虎穴にいらずんば虎子を得ず。

 認めたくないが、虎子を得られる可能性など殆どない。

 少女は咄嗟に店内のトイレへと向かう。取り敢えず、窓から逃げようという考えだった。

 しかし、がしり、とその華奢な腕を掴まれる。

「お嬢ちゃん。相席しようや」

 との声は少女をつけていた男の片割れだった。少女が逃げ難い店内に入ったことで行動を起こしてしまった。

「……いえ、席は十二分に空いてるでしょ?」

 少女は振り向き、笑顔で答える。そして掴まれる手を振りほどこうとするが、余程力の差があるのか、ぴくりとも動かない。

「まぁまぁ、俺たちも華が欲しいってか? いいから付き合えよ」

 ぐい、と少女は男に引き寄せられる。

「いや、やめてください!!」

 少女はもがき、必死の抵抗を見せた。だが、男は子犬を扱っているかのように少女を手玉に取るだけだった。

 ――あぁ、わたしの人生は終わった。

 少女は何故か悟った。

 ――このあと、わたしは身体を弄ばれ娼館に売られるんだわ。そしてバンプ・ナイトのパーツも奪われ、村の皆も生計に苦しむのよ……。

 村長の言う通り、護衛を連れて行く、というのは最早手遅れ。

 少女の甘さが生んだ出来事だ。

 さて、そんな少女が助かるには第三者の介入が不可欠であった。

 少女としても、こんな男共を指先でちょちょいとノせる救世主っぽいものが望ましい。それこそ淡い期待であるが、白馬の王子様的なものが来て欲しかった。

 でも、もう一度。

 もう一度、改めて書いておこう。

 その少女の考えは安直だったのかもしれないが……、いや、安直であるが、運命というのは往々にしてこういうことを出会いにするのかもしれない。

「なぁ、その子。困ってるだろ?」

 少女の腕を掴む男の手。その手を掴む少年の手があった。


 ●


 展開としてはあっさりとしたものだった。

「おい、坊主。ちょっと外でようや」

 男二人の一人がはちょっかいを出した少年――ヒガン・カーネーションを外へ連れ出す。

「いいだろう。ってか、お前、機士だろ? 身体つきでわかるし、剣もってるし。――多分、盗賊かな?」

 少年はちらり、と男が携える汚れた剣見て、何の抵抗もなしに外へと出た。

「だったらどうだってんだよ?」

 男が問う。するとヒガンはこう答えた。

「抜剣したほうがいいんじゃないか?」

「お前のような餓鬼に刃物なんているかよ!」

 男としては、さっさとヒガンを片付けたいのだろう。ヒガンが外に出て、男に振り返った直後に襲い掛かってきた。

 が、

「……そうか」

 結果として、男二人はほうほうの体で逃げ出す形となる。

 その男の一人――ヒガンと共に外に出ていた男は両腕を斬り落とされていた。

「早めに治療装置カプセルに入れよ。腕、繋がらなくなるから」

 去っていく男たちに言うのは、ヒガンである。どことなく、すっきりとした顔だった。

「ヒガン……。やりすぎですよ」

 外に出てきたファーディアは呆れた顔で言う。そしてファーディアの後についてくるように出てきた驚き顔の少女に振り返り、声を掛ける。

「貴方も大丈夫でしたか?」

「え、えぇ……。てか、つよっ! なにあれ!?」

 少女は腕を大きく振りながら、慌てた様子を見せる。

「あれ、とはヒガンが腕を斬り落としたことですか?」

「だって、あの子。剣持ってないわよ!? それに早すぎて腕の動きも見えなかったし」

「ほぅ……、見えたのですか」

「あれって、線形衝撃波ラインでしょ? どんな魔術使ったのよ!?」

「別に魔術は使ってませんよ。――しかし、そうですか。あれを線形衝撃波ラインとも見破りますか。本当にいい目をしていますね」

「褒めるんじゃなくて、解説をしなさい!」

「むっ……、貴方という人は、話のタメを知らないのですか。それに私の語りを邪魔するなど、失礼な方ですね」

「なんで喧嘩腰!? ――もういいわ……。そこの子。説明して頂戴よ」

 少女はしかめっ面のファーディアから、ヒガンに顔を向ける。

「さきに謝罪を言ったほうがいいかと思うのですがね」

 ファーディアの発言は無視された。

 しかし、ヒガンは少女の問いに答えず、じっ、と少女の顔を不可解そうに見ていた。

「な、なによ……」

「………」

 じー。

 少女は顔に穴が空きそうな勢いでヒガンに視線を送られる。

「……むっ、見るなー! 恥ずかしいじゃないか!」

「そういう恥じらいはあるのですね」

「だまらっしゃい!」

 少女は、きっ、とファーディアを睨みつけた。

「なにか、早くも私に対しての態度が定まりつつありますね。――仕方ありません。ヒガン、どうしたのですか?」

 ファーディアがヒガンの肩を叩くと、ヒガンは「あ、あぁ……」と今、ファーディアに気づいた素振を見せる。

「ファーディア。いつの間に?」

「……ヒガン。さっきから様子が可笑しいですよ? あんな雑魚に線形衝撃波など……。それと、その阿呆面は何ですか? 隙があり過ぎます」

「え、あ、いや……まぁ、なんだ……」

 ヒガンは、どう言えばいいのか、と口先をもごもごと動かす。

「はっきりとしませんね? それともあの少女に何かあるとでも?」

 とファーディアの問いにヒガンは「うーん」と唸る。

「まぁ、確かになにかを感じるんだよな……何だろ?」

「一目惚れ?」

「いや、違うと思うが……、何処かで見た気が……」

 ヒガンはもう一度じっくりと少女を見れば、その少女は、

「口説き文句?」

 と首を傾げた。

「だから違うっちゅうに! なんか、俺はお前をどっかで見た気がするんだがな……。いや、なんだろ? 物凄く不思議な感じだ。まるで自分を見てるような胸の中がどろどろする気持ち悪さを――」

「誰が気持ち悪いって!」

 少女はヒガンの頭を殴りつける。

「がふっ!」

「ああっ、ヒガンの首が在りえなさそうな方向に……! よいしょっ、と」

 ファーディアによって首を直されたヒガンは「痛てて……」と首を擦る。

「なにすんだ、てめぇ!」

「先に失礼なことを言ったのはあんたでしょが!」

 いがみ合う、ヒガンと少女。その様子を見かねたファーディアが二人の間へと割って入る。

「取り敢えず、初対面? で喧嘩は後の人間関係によろしくないか、と。――まぁ、私自身あまりこの娘が好きになれそうにありませんが」

「ファーディア! お前が一番どうなんだよ!?」

「そうよ! あんたこそ失礼じゃない!」

 二人の怒りはファーディアへと向くが、ファーディアはあまり気にした様子もなく、二人を宥める。

「まぁまぁ。そんなことは忘れて、落ち着きましょう」

「………」

「……なに、こいつ……」

 ヒガンと少女は毒気を抜かれ、互いに溜息を吐く。そして、何を話していいかわからない微妙な空気が完成した。

「どうするんだよ、この空気。お前が責任を取れ」

 ヒガンがファーディアに小声で言えば、ファーディアは「そうですね」と頷き、少女へと振り向く。

「危ないところでしたね」

「え? えぇ……お陰さまで。――それに、あなたも助けてくれてありがとう」

 少女は突然のファーディアの振りに少し戸惑いながら、ヒガンに礼を言う。そして、今度はヒガンとファーディアを警戒する様子を見せた。

「別に怯える必要はないぞ? 俺らとあんな男たちを一緒にするな。――俺はヒガン・カーネーション。流れ流れに機士をやっている。んで、この細めで優顔の奴が――」

「ファーディア・コンラといいます。ヒガンと一緒にバンプ・ナイトを駆っていますよ。――見ての通り、生粋のエーリン人でもあります」

 ファーディアは自身の緑髪を摘みながら、自己紹介をした。

 そして、少女は「わたしもしなきゃね」と身を正し、そして、自分の髪を摘んで、二人に見せる。

「わたしの髪は黒髪だけど、生まれも育ちもこのエーリンよ。此処から北にいった場所にある村に住んでるの。――機人の村、て言えばわかるかしら?」

 少女の最後の言葉にファーディアは「おや?」と反応を見せる。だが、ヒガンは知らないらしく、「で?」と前置きをして、

「お前の名前は?」

 問う。

 すると少女は、「わたしはね」と己の名を名乗る。

「名前は八丈軍はちじょうぐん天城あまぎ。エーリン生まれのエーリン育ち。まぁ、ちょっとエーリンの血は入ってるけど、今は亡き東照の宮国の人間よ。よろしくね」

 そして、うやうやしく頭を下げた。


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