ゲイボルク・2
夜の荒野。
ただ暗く。また、身を凍らす冷たい風が吹くダマリの北西部。
老年の女、アンナ・ヒュラの遊撃キャラバンはその場所にキャンプを設けていた。半日前にファーディアが訪れていた場所だ。
そして、今。いつもは暗く、寒い場所はまったく逆の様子を見せている。
闇を払うかのように紅い火があった。
白い布で建てられたテントは全て崩壊し、燃えていた。
他にも、ギャリーが破壊され、長方形のコンテナは地に倒れている。
また、多くの人が倒れていた。
生きてはいない。皆、死人である。
全て遊撃キャラバンの者たちだったものだ。
かのようにアンナの遊撃キャラバンは滅びを見せていた。
どぉん。
遊撃キャラバンから離れた場所で、重い金属の音がする。
その音の場所へと目を移せば、二機のバンプ・ナイトが見えた。
一機はその膝を地に着け、もう一機は膝を着くバンプ・ナイトを見下ろす形で立っている。
膝を着けたバンプ・ナイト――それはエーリン国の量産型バンプ・ナイト、その最新鋭機であるルコルパーンMkⅢだ。しかし、そのルコルパーンMkⅢは本来の姿を残してはいない。背部に用意されている妖精の羽をモチーフにしたバーニアは片方がなくなり、また右腕も何処かへ失っていた。複数の箇所に亀裂が入っており元は小型なバンプ・ナイトなので、その壊れ方は痛々しく、既に半壊の域にまで達しているのは目に見えて明らかである。
ルコルパーンMkⅢは、稼働も限界なのか、ぎゃっぎゃっと甲高い金属音と共に顔を上げる。その目線の先に居るのは自身を見下ろしてくるバンプ・ナイト。
そのバンプ・ナイトはルコルパーンMkⅢを改良されたものらしいが、既にそのことさえわからぬ位に外観を変えている。
背部のバーニアは妖精の羽ではなく蝙蝠を連想させる形となっており、装甲も増強されているので、小柄なルコルパーンMkⅢとは違い、どしり、とた重量感がある。
その二機を比べるならば、ピクシーとトロールであろうか。
だが、そのピクシーは瀕死である。
「盗賊……なんぞに、あたしのキャラバンが……やられるなんてねぇ……」
その声は半壊のルコルパーンMkⅢから聞こえた。
アンナの声だ。しかし、彼女の声は弱々しく、息も絶え絶えといった様子である。そして「ごはっ」と血を吐く音も聞こえた。
「弱いね、あんた」
次に改良された重装甲ルコルパーンMkⅢから声がする。渋みがある男の声だ。
「どこで、そんな玩具を手に……いれたんだぃ……?」
アンナが問えば、「さぁね。偶然さ」と返される。
「しかし、このキャラバンには腕の立つ老婆が居ると聞いてたのだがね。――残念だよ。せっかく一人で此処まで来たっていうのに」
「一人でキャラバンを潰すのは……すごいねぇ……憎いねぇ……あたしゃの仲間の、仇もとれないとは……悔しいねぇ……」
「………」
最早、男はアンナの言葉には耳を貸す様子はなくアンナのルコルパーンMkⅢへと手を伸ばし、その頭部を掴んだ。ぎしぎし、とその握力でルコルパーンMkⅢの顔は潰れていく。
「ちぃっ……!?」
「それとも俺のショート・ホガーズは強すぎたのか」
男の重装甲ルコルパーンMkⅢ――ショート・ホガーズはアンナのルコルパーンMkⅢを持ち上げ、抜き手で胸部にあるコックピットを刺す。
ぐしゃり。
と音が聞こえたのは、はたして金属が潰れると音か、はたまた肉のものか。
ショート・ホガーズが腕を抜き、頭部を握りつぶせば、アンナのルコルパーンMkⅢはその身を地へと落下させた。
「……つまらない」
その男の声と始動に、ショート・ホガーズは何事もなかったかのようにその場を去っていく。
そしてこの場に残されるのは、火に包まれたキャラバンと、動く気配を見せぬアンナのルコルパーンMkⅢだけであった。
●
「やっと此処まで来たか……」
ヒガンは伽藍とした店内の椅子に座り、テーブルに突っ伏す。その様子は見て、ファーディアは子供をあやす様に声を掛けた。
「ヒガン。だらしがないですよ。まだ此処はエーリンの端っこです。――あぁ、オーダーお願いします」
「仕方ないじゃないか……。ずっとギャリーの中じゃ退屈で退屈で……。それに自動操縦だし。――何を頼むかな……」
「それが旅というものです。特に荒野には何もありませんから、気持ちはわからなくはありませんが。――あぁ取り敢えず、サラダセットをお願いします」
ファーディアはやってきたウエイトレスにメニューを渡されると、すぐに注文をする。
「あとギャリーは振動がひどいんだよな……尻が痛い。――あっ、俺は肉な。ステーキで!」
「貴方の体がデリケートだと、初めて知りましたよ。――オーダーは以上で、あと水を下さい」
「さらっとひどいこと言うよな、お前……」
ヒガンとファーディアが居るのは古びたレストランであった。店内は閑古鳥が鳴いているらしく、客は数えるほどしかいない。だが、それでも二人にとっては幸運なことである。
エーリンとダマリの国境に存在する小さな町。幾度か鬼や盗賊に襲われたらしく建物のコンクリートは罅が走り、中には崩壊しかけている部分もあり……、人の気配も少ない。
そんないずれゴーストタウンになるであろうその町に食事処があったのは奇跡と言ってもいいだろう。
「しかし、この辺りも荒野になってしまってるな。国境近くの町はこうなる運命なのか……」
「エーリンではそうでしょうね。鬼と盗賊の対処に手が回っていない証拠です」
「これだけ荒れて、過疎ってしまってはこの町で護衛の仕事はなさそうだ」
「ですね。もう少し国境を離れれば、人が集まる町もあり、荒野にもなってはいないはずです。其処でしたら、仕事も多くあるでしょう」
「此処から近い町って、何処だ?」
そうヒガンが訊くと、ファーディアは地図をテーブルの上に広げる。
「今、私たちが居るのは……、此処、エーリンの最南端です。因みにここはレンスター領でもありますね。少し横にズレればマンスター領にも出れます」
「こんな状況じゃ、領地なんて関係ないだろ」
エーリンには四つの領が存在する。
これは緑深紀になる際、エーリンが四つの国が集まって出来たからである。南にはレンスター・エーリンとマンスター・エーリン。北にはアルスター・エーリンがあり、中央にコノート・エーリンが存在する。
「まぁ、ヒガンの言うとおり。この領の区分は最近では意味をなしません。長き時間によって地方同士の確執がなくなったからでもありますが、今の状況では最も安全な北のアルスター領の力が強く、他三つの領がその庇護下にあるためです。――また、首都もアルスターにあるこ――」
「いや、地理の勉強はいいよ。それよりも仕事がありそうな町は何処だ?」
「……もう、語り甲斐がありませんね。――こほん。では、ヒガンの望む場所ですが、このまま北上して半日のところに村があります」
「村ぁ? おいおい大丈夫なのか? ――報奨金的な意味でさ」
「その点も抜かりはありません。それにお金以上に色々と得ることが出来る村です」
ファーディアは自身あり気に顔を綻ばせる。
「へぇ、お前にそう言わせるのか」
「えぇ。バンプ・ナイトに乗る者としては、一度は行ってみたい場所でもあります。ヒガンはまだエーリンの地理に詳しくないので知らないでしょうが」
「ほぅほぅ、勿体ぶらすな。で、其処は?」
ヒガンはファーディアの話にノってきたのか、目を輝かせる。
そしてファーディアは「そこはですね」と一拍置き、口を開く――
「かのバンプ・ナイトの技師、はち―――」
「いや、やめてください!!」
店内に響く女の声に、ファーディアの言葉は掻き消された。
「なんだぁ?」
ヒガンが声の方へと向くと、其処には二人の図体がでかい男に腕を掴まれている女子が居た。どうも絡まれているようだ。
「おやおや。大変ですね」
とファーディアは落ち着いた口調でいうが、自分の語りを遮られたことに怒っているのか、口元が引きつっていた。
「いや、ファーディア……。お前、案外自己中心的だよな。――助けようとか思わないのかよ」
ヒガンは半目になってファーディアを見たが、すぐに女子の方へと視線を戻す。
その時だ。
「あれ?」
ヒガンは何故か、奇妙な違和感を覚えた。
懐かしいような。それでいて心が惹かれる想い。
遠い、遠い、想い。
絡み合うように縺れた紐のように近い存在。
でも遠い。
これは一体……何か。
不思議な感覚。それはあの女子から感じていた。
「どうしました?」
ファーディアは惚けた顔のヒガンに首を傾げる。
「――助けなきゃ……」
しかし、ヒガンはファーディアの声が聞こえなかったようで、がたり、と席を立った。
あまり自信がない。




