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ゲイボルク・1

 ユーラス大陸。

 その大陸では、ダマリ・カオスノフキという大陸の半分を占める中立エリアを囲むように各国家が乱立している。特に北西部に国家が集中しており、北の大国エーリンと東の小国イスイに挟まれるように、十を越える小国家が乱立している。それらの小国家はイスイを中心とした小国家群を構成し、ウェルズ連合と名乗っている。その規模はエーリンには劣るもののそれなりの力を有していた。

 ウェルズ連合とエーリン。どちらにも程よく近い場所。ダマリ北西部の荒野に一つのキャラバンの大規模なキャンプがあった。

 遊撃キャラバンとは、国に支援を受けている傭兵集団のことだ。正規と非正規軍との間に位置する遊撃キャラバンであるが、ダマリを中心に行動し、鬼の駆除を行っている。また、国からの支援があるため、バンプ・ナイトの部品などを個人でバンプ・ナイトを駆る操者へと横流しをして、儲けも得ていた。

「ほら、納品書。荷はあんたのギャリーに積んどいたからね」

 遊撃キャラバンの頭である老年の女、アンナ・ヒュラは目の前に立つ黒いローブを羽織った少年へと納品書を差し出した。

「ありがとう」

 少年は礼を言って、納品書を受け取る。その少年の歳を見れば、まだ十七あたりだろうか。また、アンナとの関係を見れば、キャラバンに属してはいないようだ。

 この少年――ファーディア・コンラはエーリン国特有の緑髪を持っていることから、純粋なエーリンの者だとわかる。そしてその緑髪を肩まで伸ばし、更に後ろ髪は長く三つ編みで纏めている。顔は目が細く柔和な笑みを浮かべているところから、優男の印象を受ける。

 ファーディアが納品書にチェックを入れ始めと、アンナは少し雑談を始めた。

「次の予定は決めてあるのかい?」

「そうですね……。相棒との話し合いもありますが、一度エーリンの向かおうと思っています」

「国帰りかい」

「えぇ、まぁ。――それに、エーリンの国境付近では盗賊の被害が大きくなっているらしいので、そこでひと稼ぎしようと」

「盗賊退治ねぇ。いや、あんたらの腕じゃ、大丈夫だろうが気をつけなよ。あたしも噂で聞いてるが、結構な非道らしい。それに強いバンプ・ナイトが居るとの話もある」

「忠告は感謝します。なら、私たちのルコルパーンも気合を入れて調整をしなければなりませんね」

「よく旧式でやろうと思うわね。たいしたもんよ」

「うちは万年金欠ですから。最新鋭のバンプ・ナイトは買えませんよ」

 ファーディアがそう返すと、アンナは遊撃キャラバンに立てられた旗を見上げる。二本の槍が交差するエーリンの国旗である。そしてファーディアへと視線を戻した。

「しっかし、あれだね。少しは水増ししてやってもいいんだよ? 特にあんたは――」

「いいえ、これで十分ですよ。私は代金通りのものを受け取るだけでいいのです。特別扱いを受けるわけにはいきません」

「だがね。言っちゃ悪いが、かなりかつかつのやりくりをしてるじゃないか。身入りが少ないなら、もっといいのを紹介してやるよ?」

「ですから、そのような扱いは駄目なのですよ。――それに私の相棒を甘やかすわけにはいきませんからね」

 ファーディアは後ろを向く。その視線の先、キャンプから離れたところには高さ五十mはあろう長方形のコンテナを積んだバンプ・ナイト運搬用の車両、ギャリーが停まっている。

「あの坊主は何をしているんだい?」

「見えるのですか?」

「伊達に機士きしをやってはいないさ。――あの坊主、コンテナの上に居るねぇ」

 アンナの言うとおり、ギャリーのコンテナの上には人影がある。しかし普通の者には見えないものだ。視力の高さといい、年老いてもキャラバンの頭を張っている彼女も優秀なバンプ・ナイトの操者である。

「彼は絵を描いてます」

「絵を?」

「必要なんですよ」

 ファーディアは「チェック終わりました」とアンナに言うと、自分のギャリーへと戻っていった。

 アンナはあっさりと去っていったファーディアに「喰えないね」と頭を掻き、またコンテナの上に居る人影を見上げる。

「あの坊主、うちに引き抜きたいが……無理そうだねぇ」


 ●


 アンナが見上げたギャリーのコンテナの上には一人の少年が座っていた。

 少年の顔立ちはユーラス大陸の東で見られるゆるやかな顔であるが、イスイの血が入っているのか輪郭はすっきりとしている。美男子の部類に入るだろう。そしてざんばらに切られた黒髪と横に金髪のラインが走っている。服はかなりの軽装で、黒のカーゴパンツに蒼のワイシャツ、その上に砂塵対策のローブを羽織っている。

 彼の名はヒガン・カーネーション。

 今は亡き東照の宮国とイスイの血とのクォーターである。

 ヒガンがコンテナの上で何をしているか。それはファーディアの言ったとおり、彼はスケッチブックを持ち、そこに見渡せる風景をスケッチしていた。しかし見渡せる風景といっても、石と枯れ木だけの空しい荒野とキャンプだけが彼の居る周りには広がっていいるだけだ。しかし、それでも彼は荒野を描いている。

 そしてぴたり、と手を止めた。どうやら描き終わったらしい。すると、スケッチブックを捲り、新たな白紙を出すと、また同じ風景を黙々と描き始めようとするが、地響きを感じ鉛筆を置いた。

「……帰ってきたか」

 ヒガンは自分の方に向かってくるギャリーを見る。出迎えてやろう、とコンテナを通って下に降りれば、丁度、やってきたギャリーが停車したところだった。

「すまないね。待たせたかい?」

 ギャリーから降りてきたのはファーディアである。

「問題はない。――それに三枚くらいはストックが出来たしな」

 ヒガンがスケッチブックを掲げれば、ファーディアは驚いた顔をする。

「君は速筆だね」

「そうじゃないと困るからな、これが。――取り敢えず、お前が戻ってきたのなら、次の行き先でも決めるか」

「それなのですが、やはりエーリンに行きましょう」

 ファーディアは先程、アンナに話していたことをヒガンにも言う。

 ヒガンがそれを聞けば「まぁ、妥当か」と腕を組んで頷いた。

「国境付近での盗賊被害はどこも同じだが、近くのイスイは小国だからな。あっちはそこに居る部隊でなんとかなるが、逆にエーリンの領土は大きい。細かいところまでは手が回らんだろう。鬼の駆除等の労力を考えれば、エーリンは少しでも戦力が欲しいところだろうし――」

「それに確実に仕事が貰えるところへ行った方がいいですね」

「だな。それに俺達――流れ者の機士はいつも金欠だしな。選り好みは出来ん。バンプ・ナイトの維持費もかなり要るから余計に、だ」

 機士。国に所属する防人ではない者を呼ぶ総称であるが、流れ機士とは遊撃キャラバンに属していない機士のことだ。ヒガンの言うとおり、根無し草の流れ機士はその日を生きていくのに精一杯であった。彼らは世界を放浪しバンプ・ナイトを駆り、鬼を倒したり、村の警護をするが、戦闘後のバンプ・ナイトの整備で大抵の報奨金が飛んでいってしまう。

「でしたら、早速エーリンへと向かいましょう。此処からでしたら、二日で着けるはずです。どの街に行くかは追々、ということで」

「なら、決まりだな。俺としても、遊撃キャラバンの傍に居ては居心地が悪い」

「君は軍属に関係あるものは全て嫌いますね」

「軍というか、国に属したものはあまり好かん。――皆とは憎悪の対象が違うんだ」

「ですが、それではいつまでもこの生活を続けることになりますよ? 歳を取ってしまっては生きていけなくなります」

「ファーディア……、それはわかってる。それに、こんな俺を相棒にしてくれたお前には感謝してる。――でもな……、俺は認めたくないんだよ。イスイもエーリンもさ、俺の行くところじゃ皆が憎んでいることを認めるわけにはいけないんだ」

 ヒガンが顔を伏せるのを見て、ファーディアは「やれやれ」と肩を竦めた。

「それがこの時代なのですよ、ヒガン。――東照の日没が起きてから既に二百年。それからというもの、荒野は増え、鬼の数も急増、そしてその混乱に乗じての盗賊行為。誰もが素直に明日の希望を持つことが出来ないのです。そして行き場の無い怒りは全て悪帝、大和・撫子へと向かう。代わりに英雄の染井・吉野を謳い、気を紛らわす」

「俺はそれを認められないんだよ、何故かな」

「当人には会ってもいないのにですか?」

「撫子皇帝は二百年前に死んだじゃないか。それに染井・吉野もさ。――逆に俺は、染井・吉野こそ憎むさ。あいつこそ皇帝を殺し、世界をこんな風にしたんじゃないか」

「………」

 ファーディアは目を瞑る。何か思うところがあるのか、複雑な顔をしている。しかし、それを言おうとはせず、ぐっと我慢しているようにも見えた。そして、ゆっくりとヒガンへと目を向け、言う。

「行きましょう。私のギャリーは君のと連結させておきますね」

「……すまん。気を使わせて」

「いいのですよ。人とは葛藤はするものです。そして成長して下さい。それが私の楽しみなのですから」

「お前は俺と同い年のくせに、成熟してるな。素直に羨ましいよ」

 ヒガンは苦笑いで答えると、自分のギャリーへと戻っていった。

 こうして、ヒガンとファーディアはその場を後にする。


 時は緑深紀412年。。

 染井・吉野が生きた時代より既に二百年が過ぎていた。

 そして世は正に混沌の時代。

 今、東照の宮国は存在しない。

 大和家の力によってダマリ・カオスノフキに押さえつけられていた鬼は、その縛りを解かれ、各国にも出現し数を増やした。

 また、溢れる緑は荒野へと姿を変え、世界は緑深紀以前の混沌とした頃へと逆戻りを果すこととなる。

 その全ては二百年前、時の皇帝、大和・撫子による東照の宮国の崩壊――東照の日没が原因である、と人々には語り継がれていた。

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