ゲイボルク・17
機人の村。格納庫。
彦は新米の機士を抱え自身のギャリーへと滑り込む。
「もうすぐだ、待ってろ!」
彦の声は聞こえているのかさえ判断できない新米の機士は、肺に溜まった血を吐き、血に溺れている状況になっていた。
ギャリーには操縦区、居住区が設けられ、居住区は簡易的ではあるが、人が住める構造となっている。そしてもう一つ、機士として活動するには重要なものとして治療装置が設けられている。
機士は鬼と戦うことが本来の仕事であるが、機士同士の決闘、または国家間での争いに参加することもある。そして自己の鍛錬と、生傷が絶えることはない。手足が吹き飛ぶことも多々ある。その時、治療する術が無ければ死が確定してしまうため、機士が移動用に使用するギャリーには必ず治療装置が用意される。
治療装置は病院要らずとも言われ、脳や心臓、首を刎ねられない限りはその身体を修復させる。ただ欠点としては病気には微々たる効果しか示さないことだろう。
彦は治療装置にまで辿り着くと、その棺桶にも似た装置の中に新米の機士を寝かせ、パネルを操作し始める。
「は、早過ぎる……」
彦が治療装置の大体の設定を終わらせる頃、新米の機士の手首を持った男がやってきた。
「遅いぞ。早くその手を突っ込め」
「はぁ、はぁ……。お、遅いって……あんさんが早すぎんがな。まったく機士ってのは身体的にも優れてんだなぁ……」
男が手首を治療装置に入れるのを確認すると、彦は治療装置の蓋を閉じ、最終的な操作に取り掛かる。そして男に対して労いの言葉を掛け、もう一つの返答をする。
「別に機士だから身体の作りが違うってわけでもないんだぜ。まぁ、機士の家系じゃそれなりに積み重ねられた努力があるわけだし、薬を使って無理矢理身体を強くすることもある。――俺はどっちかというと家系の恩恵であるが」
「はぁ、でもすんごいねぇ……あんさん、息切れ一つしてないやん」
「そりゃどうも」
彦は男の口調と正直な感想に苦笑する。
男は治療装置の中を覗きこみ、新米の機士を確認すると、彦に問い掛けた。
「これ、助かりまっかな?」
「俺は医者じゃないからはっきり言えんが、まず助かるだろうな。あの巨体の男、多分曲線衝撃波を使って心臓を抉ろうとしたらしいが、この新米君はちゃんと腕で庇いやがった。心臓をやられてねぇ限り大丈夫さ」
「はぁ、よくわからんけど、大丈夫なんやな」
「だが、この曲線衝撃波……結構強引な出し方をしてやがる。荒っぽいな。まぁ、剣三位くらいってとこか。――雑な技過ぎて傷口がぐちゃぐちゃだ。この飛ばされた手はリハビリがかなり必要になりそうだ。ははっ、新米君としては痛い授業料となったな」
男は流れる汗を拭いながら、彦を見た。
「それ、笑い事やないと思うんやがな……」
「はは、笑ってやれ。辛気臭くされたら、この新米君の傷も治りにくくなる」
「そうかぁ?」
そう二人が話している間、新米の機士は治療装置から発生した治療用の魔術が付加されたエーテルの泡に包まれようとしていた。
「――さて、服も血で汚れちまったが、ヒガンも心配だな。見に行ってやるか……。串一本じゃ苦戦するだろ」
「はい、なんのこって?」
「こっちの話だ。気にすんな」
と、彦がギャリーの外へ出ようとすると、外からどんどん、と何かを叩く音がする。
彦は「何だ?」と近くにある窓から顔を出し確認すると、下の方でギャリーを叩く青年の姿があった。そして青年が彦に気付く。
「あ、彦さん! 大変なんだ!?」
「お、お前は確か格納庫で番をやってる……シンゴだっけか?」
「ちげぇよ! ケネス・ミルだ! 誰だよシンゴって!?」
「あぁ、すまんすまん。それでどうした? お前の頬、充血してるぞ?」
そう彦が指摘してやると「そんなことはどうでもいい!」と怒られた。
「彦さん強いんだろ! 頼む、バンプ・ナイトを出してくれ!」
「ちょっと待て、話の中身が跳びすぎてる! 取り敢えず入って来い!」
「あ、あぁ……わかった!」
そう言ってケネスがギャリーに入ってくるのだが、そのケネスが治療装置のある部屋へとやってくると同時、
どおん。
爆音と共に格納庫が揺れる。
「な、なんだぁ!?」
彦がもう一度窓から顔を出すと、格納庫の壁が破られ、そこからルコルパーンMKⅢに似たバンプ・ナイトが姿を覗かせていた。
―――簡易重装甲型のルコルパーンMKⅢ!? ついにきやがったかっ!
「あれです。あれを知らせようと思ったんだ!」
ケネスも窓から顔を出して言った。
「だったらもう少し詳しくいってくだんなされ!」
振動で転んでいた男が叫ぶように言った。
「い、急いでたんだよ! なんか、身体のでかい機士が格納庫にやってきて、そして俺を殴ってさ『今は気分がいいから教えてやる! これからこの街を襲う』て言ったんだ!」
「気分がいいのに殴られたんかい、あんさん!?」
「二人共、取り敢えず雑談は控えてくれないか。急がないと此処のギャリーが全部やられちまう。そこの訛り口調のおっさんは治療装置を見ててくれ、荒っぽいことになりそうだからな」
彦が男に指示を出すと、
「お、俺は何かすることあるか!?」
ケネスが彦に問い掛ける。
「お前は俺と一緒に操縦区に行くぞ」
「わ、わかった!」
●
ケネスは彦の後を追って操縦区へ行くと、彦によってその操縦席に座らせられる。
「え? 俺が運転!?」
「当たり前だろ。俺は今からバンプ・ナイトに乗るんだから」
「そ、そうっすよね……。じゃあこのギャリーは何処に迎えば?」
そうケネスが問うと、彦は迷い無く指差す。
「あそこ」
「あぁ、あそこね……って、盗賊のバンプ・ナイトじゃないか!?」
「そうだよ。体当たりすんだよ。みすみす此処にあるギャリーとバンプ・ナイトを壊させるわけにはいかん。俺たちが囮になるんだ。――だから、行け」
「無茶苦茶だっ!?」
「口じゃなくて足を動かすんだな」
彦がケネスの肩を押し、ケネスの身体をしたへとずり下げる。すると、ケネスの足がアクセルペダルを踏んだ。
動くギャリー。彦がハンドルを軽く操作すると、進路は盗賊のバンプ・ナイトへと変えられた。
「え、え?」
「んじゃ、あとよろしく」
動揺するケネスを置いて彦は操縦区から姿を消す。
一人残されたケネスは涙目になりながら、近くなる盗賊のバンプ・ナイトを見るが、更に近付くと、ぷつり、という音と共に何かが切れた。
「ああああああっ、もう! やりゃいんだろ! やりゃ! このギャリー壊れても知らないからな!」
自暴自棄。
盗賊のバンプ・ナイトは接近してくるギャリーを受け止める体勢に入っているが、ケネスは構わずアクセルペダルを更に踏み込んだ。
そして――、衝突。
ケネスはその衝撃で顔面をハンドルに強打するが、
「こなくそっ!」
流れる鼻血を気にすることなくギャリーを前進させる。
ギャリーを受け止めた盗賊のバンプ・ナイトであるが、バンプ・ナイトを運搬するギャリーの馬力にじりじりと押され始めていた。
このまま遠くまで押し出してやる、とケネスは意気込んだが、後ろからがんっ、という音がし、ギャリーの前進が停まった。
「な、なんだぁ!?」
ケネスが後方確認用シーカーの画面を見ると、そこにはギャリーのコンテナを抱えるバンプ・ナイトがあった。他の盗賊のバンプ・ナイトだ。更にその後方には三騎のバンプ・ナイトが集まるのを確認出来る。
「げぇ!?」
ケネスは画面を食い入るように見たが、ギャリーがまた振動し、操縦席から転げ落ちる。
だが、それが幸いした。
さっきまでケネスが座っていた場所にバンプ・ナイトの拳が突っ込んできたのだ。
「………」
ケネスは絶句し、目の前にある大きな機械仕掛けの指を見る。
そして、もうギャリーを動かすのが無理だ、と悟ると慌てて操縦区から逃げ出した。
●
「次はコンテナだ!」
彦のギャリーが動かなくなったことを確認した盗賊たちは、ギャリーのコンテナに入っているバンプ・ナイトに目標を変えた。
彼らの乗るバンプ・ナイトはショート・ホガーズの装甲を薄くした簡易重装甲型ルコルパーンMkⅢ、S・ショート・ホガーズである。
「おい、お前がやれ!」
と一騎のS・ショート・ホガーズが手で合図しながら言うと、指示されたS・ショート・ホガーズが持っていた剣でコンテナを刺す。
コンテナは剣によりひしゃげ、穴を開けるが、更に抉られ、大きな傷跡を残す。
「やったか」
仲間の問いに剣を刺したS・ショート・ホガーズは首を振り、
「手応えはなかった。もう一度――」
剣を構え、コンテナに更に近付く。
その時だった。
コンテナの外装が内側から盛り上がり、一本の腕が飛び出てくる。
「ひっ!?」
その腕は剣を構えたS・ショート・ホガーズの頭部を掴むと、握り潰した。
「起動していたか! 気をつけろ。腕の大きさから見て、百m級だ!」
頭部を失った仲間のS・ショート・ホガーズを確認すると、別のS・ショート・ホガーズが剣を振り上げ、コンテナから突き出た腕を斬り落とそうとするが、
「止めろ! 相手は――」
他の盗賊がが制止の声を掛ける。だが、その直後、コンテナを突き破る六本の薄い剣が現れ、S・ショート・ホガーズを串刺しにした。
「プレート・ダンサーだ! 退け!」
その声でS・ショート・ホガーズたちはギャリーから距離を置くと、コンテナから突き出た腕と剣が内側へと引っ込み、コンテナが、両開きの扉のように開く。
「お前たち。よくも俺のギャリーを壊しやがったな!」
彦の声。
りぃん。
コンテナから現れるのは全長百mのバンプ・ナイトだ。
全身を黒で染めたバンプ・ナイト。腰には一口の刀を携え、腰から伸びるスカート部分の装甲は後方部分が長く、剣客に似た風貌を持っている。その後頭部からは『プレート・ダンサー』と呼ばれた六本の剣が伸びているが、先程の固さはなく、まるで紙のように曲がりくねっている。そして、プレート・ダンサーは縮み、後頭部へと収納された。
「これが……、剣一位のバンプ・ナイト――」
盗賊の誰かが声を漏らした。
黒い剣客風なバンプ・ナイト。
それは彦の持つ正式なバンプ・ナイト。名はブラック・ティティ。
機人の村に預けられていたものだ。
「いい調整だ。流石、楓の婆ちゃん。――しかし、槍の前に俺が出るとはね……」
彦は仕方ない、と首を振る。
ブラック・ティティは刀の柄に手を置くと、S・ショート・ホガーズの群れへと顔を向ける。そして挑発するように顎をくい、と上げた。
S・ショート・ホガーズたちは彦のブラック・ティティが起動したことに怯えたのか、若干腰が引いていた。
「うやああああああぁぁっ!」
しかし、その内の一騎が奇声と共にブラック・ティティへと踊りかかるが――、
ちん。
という刀を納める音と共に動きを止め、上半身が下半身からずり落ちた。
ブラック・ティティは刀の柄を掴んだ状態で、その光景を見ていた。
瞬速の抜刀。
バンプ・ナイトはその巨体から想像もできない程の速さで動く。特に最高峰の腕を持つ技師が造ったもので、搭乗者とのマッチングを終えているならば、彦の動きさえも完全に再現する。
剣一位とそのバンプ・ナイト。
盗賊たちの戦意を喪失させるのには十分過ぎる現実だった。