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ゲイボルク・16

 飛び散る血。

 千切れた手首。

 ヒガンはその光景が見える前から動き出していた。

 新米の機士と大柄な機士。その大柄な機士は直前に剣の柄を握っていた。そこまではよかった。新米の機士が先に剣を抜いたのだ。抜き返さなければならないだろう。

 しかしだ。その後の風音を聴いたのなら、ヒガンも動かざるを得ない。

 あの風は剣技によるものだった。

 線形衝撃波ラインとは違う、風を巻き込む音。曲線衝撃波キャブドの音だ。

 非常に強引な音ではあったが、ヒガンは聴き間違えない。そして大柄の機士の剣筋もまた見逃してはいなかった。

「だから弱いと言っただろう」

 大柄な機士は汚物を見る目を血に伏した新米の機士に向けた。

 新米の機士は胸を大きく膨らませ息をしているが、肺をやられたのだろう、ひゅこーひゅこー、と不等間隔な呼吸だ。

 大柄な機士は止めを刺そうと、もう一度剣を抜こうとするが、その腕に痛みを感じぴたり、と動きを止める。

「……これは……串?」

 大柄な機士の腕には二本の団子に使われる串が刺さっていた。大柄な機士が肉厚なのか、あまり深くは刺さっておらずすぐに抜ける。大柄な機士は眉を顰める、串を投げた者を探すが、ざざっ、と土煙を上げる音を聴き、振り向く。

 音の場所は新米の機士と大柄な機士の間だ。そこには足と片手で急制動を掛けたヒガンの姿が居た。

「そこまでだ!」

「お前がこれを投げたのか?」

 大柄な機士はヒガンに問い掛けた。ヒガンは「だったら如何する」と返し、大柄な機士を睨みつける。

「剣技、曲線衝撃波キャブド……。相当の腕と見受ける。そこまでの者が若い芽をいたぶるとはどういうことだ!」

「灸を据えたまでのこと。弱いくせに粋がりおって、まったく食い足りん」

「自らの行いを悔いはしていないらしいな……」

 毒を帯びた口調で言うヒガンの後ろ、もう一人の男が駆け寄ってきていた。

「なんだ、悲鳴が聞こえたが!?」

「彦先生! 治療を早く!」

 彦はヒガン、対峙する大柄な機士、そして倒れている新米の機士を確認すると、真っ先に新米の機士へと向かう。

「これは曲線衝撃波キャブドか! よくやった、手首で防いだな! 俺の治療装置カプセルが一番近い! 誰かそのぶっ飛んだ手首を持って来い!」

 彦の行動は早く、新米の機士を抱えるとすぐに自身のギャリーがある格納庫へと駆けていった。

 そして、その様子を見ていた大柄な機士は、「ちっ」と舌打ちする。

「彦・麻呂。剣一位が居たのか。惜しい獲物を逃した」

「俺じゃ満足できないか?」

 ヒガンは彦と大柄な機士の間に入り、剣技の射線を妨害する。

「小僧。邪魔するなら斬るぞ」

「斬ってみろよ」

 大柄な機士が抜剣する。

 向かってヒガンも咄嗟に腰に手をやるが――

 ―――俺、刀を持ち歩いてはいないんだよな……。

 自分の行動に後悔した。そして手に持っているのは団子の串一本。――投げ捨てた!

「……ほぅ、腕は立ちそうであるが、無手で挑むとは舐められたものだな。それともそれ程までに余裕なのか」

 大柄な機士は口元を引き攣らせて言う。

「………」

 ヒガンは無言。ただ、ざっと後ろへ後退し中腰に構え手首を解すように振った。

 大柄な機士はその態度が気に入らなかったのか、

「舐めるなよ! 小僧!」

 曲線衝撃波キャブドを出そうと手首を捻りながら剣を振るう。

 しかし、

 ぱぁん。

 と風船が割れるような音が大柄の機士の前で鳴り、大柄の機士は弾かれる剣につられてよろめいた。

「ふぅ……」

 ヒガンから安堵の声が漏れる。

 だが、変わって大柄な機士は驚いた顔で自身の剣と痺れる腕を見た。

「無手の曲線衝撃波キャブドか! 小僧! 貴様、相殺したな!」

「だったらどうするんだ?」

「ちっ……、貴様が持つ剣の位はいくつだ?」

「残念ながら持ってない」

 ヒガンが答えると、大柄な機士はこれまでと打って変って嬉しそうな笑みを浮かべた。

「これはいい。主食前の前菜を喰いにきたつもりだったが、まさか大盛りでくるとはな」

「俺はどっちかというと野菜とかよりも、油がのった肉がいいな……。最近食べてねぇな……肉」

「いい余裕だ。気に入った。俺も剣の位は持ってない。一緒だな」

 大柄な機士はもう一度剣を構える。

「同族意識を持たれても……」

 ヒガンもまた手首を解しながら構え相対するが……、心中穏やかではなかった。

 ―――やべぇ、マジでやべぇ……。近接だと十中八九死ぬ! やべぇ!! 助けて彦先生ぇぇ!!?

 ヒガンはこれまでにも無手で機士と決闘したことがあるが、それは十分に距離が開いている時か、相手がかなりの格下の場合のみである。故に今回、曲線衝撃波キャブドを扱える上級機士であるなら、無手での斬り結びあまりにも分が悪い。

 今、ヒガンがこうして余裕を見せているのは、彦の教えで『びびってるのがバレたら負け』を守っているに過ぎなかっただけで、服の下では冷や汗がだらだらと流れている。

 ―――もし、あいつを剣の位で例えたらどれくらいだ? 四? いや、三……か?

 剣三位以上の相手は彦以外の経験がないヒガンは絶望に暮れる。

 ヒガンは最終手段として敵前逃亡まで考えたが、やはりプライドが許さない。

 ―――せめて剣が――、刀があれば……。

 都合よく天城が刀を持ってきてくれないかな、と期待するが天城は『ぱぱいあ』の前で呆気にとられ団子を口に入れたままだった。

「……絶望的過ぎる――」

 ヒガンはどうにか死なない術を見つけるべく脳をフル回転させていたが、その時、

「これは勿体無いな」

 大柄な機士が剣を退いた。

「へっ?」

 ヒガンは間抜けな声を出すが、大柄な機士は気にした様子はなく鞘入りの剣を斜めにして前に掲げると大きな声で言った。

「俺の名前はミカエル・ヨハネスク! ここらを荒らしている盗賊の頭領と言えばわかるかな! 貴様の名は?」

 ミカエルの問いに、ヒガンは咄嗟にミカエルの真似をし、剣を持たない拳を前に出して答える。

「ヒガン・カーネーション! 流れの機士だ!」

「いい名だ。それでは今すぐバンプ・ナイトを取りに行くんだな」

 するとヒガンは慌てた。

「え、ちょ、どゆこと?」

「機士であるなら、自身の乗機で戦うのが道理! さぁ急ぐことだ。でなければ、俺の部下たちがこの街を焼き払うぞ」

「!? それはどういうことだ!?」

「そのままだ。俺は盗賊だからな。此処に居る意味を考えろ。――あと、格納庫に置いてあるなら尚更急げ、始めにあそこを狙う予定だからな!」

 そう言い捨ててミカエルは去っていく。

「え、待ってくれ。俺のバンプ・ナイトは――もう聞こえてねぇな……」

「ヒガン!」

 途方に暮れるヒガンに天城が駆け寄ってきた。

「天城……、やばいことになったな」

「やばい、てか何で名乗ってるのよ! 相手は盗賊の頭よ!?」

「まずはそこに突っ込むか……。なんかなー、あのおっさん、極悪そうには見えなかったんだよな。最初の印象は悪かったけど」

 ヒガンは気まずそうに言う。

「どういうことよ、それ?」

「いや、ミカエルって言ったか、その時の名乗り――あのポーズって確かエーリンで使われる機士や防人の挨拶だったかな? かなり敬意を表する時に使うものだったんだよな。だからかな……」

「でもあのミカエルは盗賊よ!」

「そうなんだよな……、それにアンナ・ヒュラを殺した相手でもあるんだよな」

 ヒガンは苦虫を噛み潰した顔をするが、はっ、と思考を戻し天城の肩を掴む。

「きゃっ!? ちょっと、何よ!?」

「おい、俺のルコルパーンを早く直してくれ! あいつ急げとか言ってたろ! すぐにでも襲撃が始まるぞ!」

「え、待ってよ。無茶言わないで、まだエーテル装甲の調整もしてないのよ! 一朝一晩で終わるわけがないでしょ! 此処は他の機士に任せてあんたも非難するの!」

「出来るわけねぇだろ!? あのミカエルって奴の腕は半端ねぇ! 並みの機士じゃ返り討ちだ! それに仲間も呼んでる訳だから、俺も行かなきゃやべぇって!」

「でも彦さんが居るじゃない」

「彦先生は怪我人を抱えてる。それに格納庫を襲われて、バンプ・ナイトが動かせない状況にもなるかもしれない。こういう時は最悪のケースを考えるんだ!」

「で、でも……」

「なんでもいい! 動ける奴でいいんだ。何かバンプ・ナイトを用意してくれ!」

 ヒガンの剣幕に天城は怯えを含み、おろおろとする。

「え、え……待って、でも……」

「なんでもいい。頼む……」

 ヒガンは縋りつくように言う。

 そして、天城は思い当たる。

「こうなったら、あれしかないのよね……」

「あるのか!?」

 ヒガンの顔が明るくなる。

 しかし今度は天城の顔が真剣に、そして睨みつける目になる。

「もう! こんな場面でなんて! いい、あんたが責任持つのよ!」

「わかってる! で、どこだ!?」

 ヒガンは焦る気持ちで周りを見回した。しかし天城が両の手でヒガンにビンタを喰らわせて、顔の動きを止める。そして赤面し、涙目に近い充血した目で言った。

「いいよく聞きなさい! ―――わたしの処女を大事にしなさいよ!」

 その言葉に対し、ヒガンはこくこくと力強く頷く。

「あぁ、わかった! …………て、はい?」

やっと佳境だー。

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