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ゲイボルク・15

 昼時の機人の村、商業区。甘味屋『ぱぱいあ』

 その外席に座って、ヒガンと天城は団子を頬張りそこから見える広場を見ていた。

 広場には僅かながらだが芝生があり、街路樹もその枝に葉をつけている。その中を子供たちが駆けて遊び、また風船を配り客引きをする者などが居る。

「平和すぎる……」

 ヒガンがその風景にぽつりと呟けば、天城が「それいいじゃない」と返した。

「鬼も盗賊も、来ないほうが幸せだわ」

「しかし俺は機士だぞ。商売上がったりだ」

「バンプ・ナイトもないくせによく言うわ」

「それはお前が直さないからだろ」

 ヒガンがジト目で天城を見るが、天城は敢えて無視をする。

「あら嫌だ。わたしはちゃんとやってるもの。それにやっとエーテル装甲の取り付けが終わったところなのよ。かなりの急ピッチだったから今はその休憩」

「ここの代金俺持ちなんだがなー」

「タダで直してやってるのだから、これくらい奢りなさいよ。まったく甲斐性の無い男ね」

「うるせぇ。俺の財布事情を察しやがれ」

 などと言い合う。

 ―――本当に平和だ。体が鈍るなー。

 ヒガンは彦を見つけて相手をしてもらおうと思ったが、「そんな気分じゃない」とあっさり断られている。

「彦先生もどうして気分屋なんだか」

「弟子であるあんたもそれを引き継いでると思うわよ。特に大雑把なところなんて」

「見本となる大人があれしか居なかったんだよ……」

 ヒガンは頭を抱える。

 すると、天城は「でも変ね」と首を傾げる。

「彦さん以外にも町の人は居たんでしょ? あんたが住んでたイスイの町にも」

「そりゃ居たけど、ほとんどが傭兵だったし、家族もまぁな……普通に暮らしている住民とも俺は相性が悪かったから」

「それって人付き合いが下手なだけじゃない?」

「まぁ、一理ある。――でもさ、もしも。んー、例えばお前の好きなバンプ・ナイトで例えるとならばだ……。んー」

「あんた何か無い知恵絞ってない?」

「失礼な。――そうだ、これがいいかな。もしだ。ゲイボルクが非人道的なことに使われていることにしよう。しかしお前しか知らない。他の皆はゲイボルクが英雄と祭り上げている」

「で、そんな時わたしは他の皆とどう付き合うか、て? 頭の悪い例えね」

「なんで失望した目で俺を見る!?」

「本当に失望してるのよ……まったく。取り敢えず、そのくだらない例えだけど、わたしなら、まぁ、その事実を胸に秘めたまま一緒に過ごすわよ」

 天城は溜息混じりで言った。

 ヒガンはその答えように難色を示すが、「それが正しいよな」と頷く。

「俺の場合は嫌気がさすな」

「てか、その前にさ。これって例える意味があるの? あんたとその町の人で噛み合わない考えがあった、てことでしょ? 素直にそれを言いなさいよ」

 天城は手招きするように催促するが、ヒガンは口をへの字に曲げる。

「言い難いな、まったく。あんまり気が進まないのだぞ」

「それでもいいなさいって。わたしはこれでも口が堅いほうなの」

「嘘くせぇ……。まぁいいや。特別だぞ。――東照の日没は知ってるだろ?」

「そりゃ知ってるわよ。今の現状を作った悪帝、大和・撫子を英雄である染井・吉野が殺して終わった話でしょ。詳しい出来事はなんかうやむやになってるけど」

「詳しい内容は文献なんかがあまり残ってないからと、当時の人があまり語らなかったからだけどな。――でも僅かに伝えられてる話で、今じゃ大和・撫子は完全に悪役だ。そして染井・吉野が英雄……、俺の言いたいことわかる?」

「つまり、さっきの例えを参照すると、ヒガンの考えは逆ってことね」

「そゆこと。――あと、染井・吉野って撫子姫の臣下だったんだろ。なのに手を出すって、それは武士道というか騎士道? に反するじゃないか」

「言ってしまえば謀反よね。でも、その後に罪を背負って自害したじゃない。だから悲劇の防人としても語り継がれてる」

「俺はそれが気に喰わないね。自害って逃げじゃないか。それにだ。大和家には破邪の力があるわけじゃないか、その力の持ち主を殺してしまったから、今じゃ鬼を押さえつけるものがなくなってるわけで、もし殺さなければ今も破邪の血は残っているかもしれなかった。本末転倒じゃないか」

「まぁ、そうだけど。でも、そのお陰で国家間での戦争が起こらなかった、とも言われてるわ。あんたは染井・吉野こそ悪いと思ってるのだろうけど、それだったら今の世間様が英雄扱いするわけがないじゃない」

 そう天城が言い返すと、ヒガンは頬を膨らませる。

「それが気に喰わない、ということだよ」

「なんか本当に反抗期ね」

「だって、歴史の文献が有耶無耶じゃ、議論しあっても意味がないじゃないか。それにやっぱり君主に刀を向けるってのもどうだかな……」

「あんた変に騎士道を貫いてるわね。防人じゃなく機士なのに」

「それはよくファーディアに言われるなぁ……。まぁ、そんなわけで、だ。俺の住んでた町じゃ争いが絶えなかったわけで、嫌気のさした連中は撫子姫のことをぼろくそに言うわけだ。あいつのせいで、あいつのせいで、てな。正直、かなり口の悪いことまで言われてたから――」

「それがあんたには嫌だったわけだ。そりゃ折り合いも悪くなるわね」

「時々、昔の事実が知りたいと思うことがあるよ。それでどうにか気持ちの決着がつけられるかもしれんのだから。――でも彦先生だけはそんな俺を認めてくれてたんだよな。あとファーディアもなんだかんだで理解してくれてる」

「だから、一緒に行動してたわけだ」

「そんな感じだな。――取り敢えずこの話はこれでお終いな。気持ちのいい話でもないし」

「うん、わかった」

 天城は言葉通り、話を蒸し返さなかった。

 それからは他愛も無い話をして時間を過ごすのだが、「おや?」とヒガンは広場で泣いている男の子を見付ける。どうやら、風船を木に引っ掛けたらしい。

「結構高いところに引っ掛けてるな。あれじゃ大人でも届かないか」

 すると天城も気付いたのか、「あちゃー」と呟く。

「ある意味微笑ましいけど、長い棒が無ければ届かないわよね。ヒガンは剣は……持ってきてないわよね」

「俺の場合は刀、な。それに刀でも届かねぇよ」

「……あの子、ずっと泣いてるわよ」

「親は居ないのか?」

「この辺りじゃ親子連れで遊ぶより子供たちだけで遊びにくるからね……」

「うーん……」

 ヒガンは放置しておくのも気分が悪い、と対策を考える。

「登ってもいいけど、意外に枝が折れ易いのよね……」

「なんで知ってる?」

「わたしも風船を引っ掛けたことがあるから」

「……そか。――しょうがない。おい、親父! 紙と筆あるか?」

 ヒガンは『ぱぱいあ』の店主を呼びとめ、紙と筆を持ってこさせる。

 そして、筆に墨汁をつけ、紙に筆を走らせる。

 それを横で見詰めていた天城が、

「なにやってんの?」

 と、問うと、ヒガンは答える。

「絵を描いてる」

「なんで絵よ?」

「これが俺の代償なんだよ」

 そうヒガンが返すと、天城は「あぁ、成る程」と納得する。

「魔術かー」

「俺はあんまり強い魔術は使えないがな、と。これでいいか」

「え、あ? もう終わり? 描くのはやっ!?」

 ヒガンは紙を持つと、男の子の下へと歩いていく。天城もその後を追った。

 そしてヒガンは泣く男の子の頭に軽く手を乗せ、

「もう泣くな」

 と言い、紙を風船に向かって翳す。

 紙には緻密ではないが、葉脈なども描き込まれた葉っぱがあった。

 ヒガンが紙を指で弾くと、その墨で描かれた葉っぱがさらさらと粒子になって空気に溶ける。すると、僅かだが風が吹いた。

 風は紙から吹いている。その風は木の幹を這い、枝を通り、葉を揺らす。

 枝に引っ掛かっていた風船はその揺れのはずみで外れると、上昇はせず、ゆっくりとヒガンへと降りてくる。

「風の魔術……」

 天城がぽつり、と呟く。

 ヒガンは手元に来た風船の紐を持つと、男の子に渡す。

「大事ならばちゃんと握っておくことだ」

「あ、ありがとう!」

 男の子ははじめ呆気に取られた顔をしていたがすぐに笑顔になると、ヒガンに頭を下げた。そして、じっとヒガンの顔を見詰める。

「ん、どうした?」

「お兄ちゃんは防人なの?」

 そう男の子に問われると、ヒガンは苦笑する。

「俺は機士だ。どこの国にも属していない。――なんだ、防人に興味があるのか?」

 ヒガンが問うと男の子は元気よく頷く。

「ボクはクーフーリンになるんだ!」

「ほぅ、クーフーリンに……ということはまずはセタンタからだな」

「うん! だから最初はセタンタに選ばれるように頑張るんだ」

「なら、こんなことで泣いてはいけないぞ」

「うん、わかった!」

「その志があるのならいい防人になるだろう。頑張るんだな」

 ヒガンは走り去る男の子の姿を見送っていると、天城が腕をちょいちょいと突く。

「ねぇねぇ、セタンタって何?」

「はぁ? セタンタを知らないのか?」

 天城のひょんな疑問にヒガンは驚く。

「知らないわよ。多分防人かなにかの単語なんでしょうけど、わたしそっち系は疎いから……ごめん」

「いや、俺も知らないことばっかだから謝られても困るのだが……。あー、なんだ。セタンタってのはクーフーリン候補生みたいなもんだ。クーフーリンに成るためには、スカアハに乗る先代クーフーリンの門下に成る必要がある。で、その弟子をセタンテという総称で呼ぶんだよ。クーフーリンに成れるのは一人だけど、そのセタンタになるのもかなり狭い門であったりする」

「へー、そんな制度があるんだ。――ん、あれ?」

「なんだよ。首を傾げてさ」

 ヒガンも天城を真似るように首を傾げる。

「物真似すんな! ――あぁ、また蹴っちゃった……。まぁ、大丈夫よね。ところでさ、もしかしてあんたもセタンタなの?」

「げふっ、ごほっ! やべぇ、水月に入りやがった……。うぅ……。おい、その足やめろ! そしてなんで俺がセタンタになるんだよ!?」

 すると天城は蹴りのことは無視して、答える。

「いや、ねぇ。だって彦さんの弟子なんでしょ?」

「……そうだが。だから何?」

「彦さんが先代クーフーリンかクーフーリンじゃないか、って言われているの知らないの?」

 その天城の言葉には、ヒガンは間抜けな言葉を出す。こんな感じに。

「はぁぁっ!?」

「うわっ、知らなかったんだ……」

「いやいやなんで彦先生がクーフーリンとかそんな話題が上がるわけ?」

 そうヒガンが問うと、天城は「呆れた」と首を振った。

「彦さんはこのエーリンの名誉機士だし、エーリン軍の軍事顧問よ。つまりは嘱託防人」

「は、初めて知った……」

「彦さんは言ってないのね」

「言ってねぇ、言ってねぇ! くそっ、あの野郎、黙ってやがったな!」

「どうせ、あんたの驚く顔を楽しみにしてたんでしょうね。もうわたしがバラしちゃったけど」

「うおおおおおっ! 実害はねぇけど、無性に悔しいぞ!」

 ヒガンは頭を抱え叫んだ。

「まぁ、そんなことは置いておいて――」

「そんなことって!? 取り敢えず俺の先生のことだぞ!? 弟子である俺が知らねぇ、って……」

「諦めなさいよ。多分他にも色々隠してるから。それよりも他のこと訊いていい?」

「……お前、俺を慰めるとかしないのだな」

「諦めなさい、って言ったでしょ? でね、あんたの魔術なんだけど」

「……本当にどうでもいいと思ってやがる。――はぁ……、わかったよ。俺の魔術が何?」

 ヒガンは肩を落とし、手を振って話の続きを促す。

 天城は悪びれた様子はなく、訊ねる。

「あんたも風を使うのね。びっくりしたわ」

「あ? まぁ……俺は元々魔術を使うのは下手でね。一番扱える風も弱いやつしか出せねぇ。まぁ、代償として絵を描いてるけど、その絵の細かさで精度や強さは変わるけどさ」

「絵が描くのが早いのも、その所為なのかー」

「そりゃ練習もするよ。――てか、今さっき『あんたも』って言ったな? 『も』って」

 天城はヒガンの疑問にこくり、と頷いた。

「わたしも風が得意なの。一番はエーテル制御なんだけどね」

「そりゃ、八丈軍の家系だからエーテルの扱いに長けた血が継がれるだろうよ。多分どっかで風が得意な人の血でも入ってたんじゃないか?」

「かな。お父さんとかは風使いじゃなかったから隔世遺伝だと思うけど」

「ふーん。まぁ、ありっちゃありだよな。――取り敢えず立ち話もなんだし、『ぱぱいあ』に戻るか?」

「そうね」

 こうしてヒガンと天城は甘味屋『ぱぱいあ』の外席に戻るのだが、それも束の間――

「喧嘩だ! 喧嘩!」

 ヒガンが団子を串一本頬張った時、そんな声が聞こえた。

「ヒガン、あれ! あれ!」

 天城がヒガンの袖を引っ張り、広場の片隅を指す。

 そこには数人だが人だかりが出来ていた。その人の合間からは、剣を持った二人の男が見える。

「ありゃ機士の喧嘩だ。近付かないほうがいいな。怪我すんぞ」

 ヒガンはさして興味もなく、新たな団子へと手を伸ばす。だが、天城はその喧嘩の成り行きをわくわくと見ていた。

「でも、あれはやばくないかな? 大柄の男。すっごい筋肉! 反対にもう一人はまだ新米なのかな? かなり弱そうに見えるけど」

 などと、天城の簡易的な実況が始まる。

 そして、二人の機士の会話――特に新米の機士の声が聞こえてくる。

「俺が弱いだと! 舐めやがって!」

 どうやら、大柄の機士に天城と同じ感想を言われたらしい。

 また、しゃっ、と剣を抜く音が聞こえる。他にも侮辱されたのだろう、新米の機士はかなり激怒していた。

 流石に抜剣はやばいか、とヒガンは漸く二人の機士へと目を向ける。

 それと同時だ。

 ごぅ。

 という風が渦巻く音が聞こえ、新米の機士が大量の血で尾を引きながら後ろへと吹っ飛んでいた。そして千切れた手首も見える。

「きゃっ!」

 とは天城の悲鳴。何が起こったのか理解出来てはいないだろうが、あの出血となれば声を出しても仕方はなかった。そして、天城はどうしたらいいのかわからず、ヒガンへと目を向けるのだが――隣にヒガンの姿はなかった。

 ヒガンは既に二人の機士に向かって駆けていた。

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