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プロローグ・2

「久しぶりね。貴方、また老けたのじゃない?」

 長い黒髪に紺色の作務衣、そして黒い下駄を履いた女性は開口一番で言った。

 その女性。三十路を迎えてもなお若さを失わず、身体のラインや東照の宮国特有の和風な顔立ちなど美麗の言葉を貰い受けるに値するといってもよかった。作務衣ではなく、豪華な着物やドレスを纏えば、それこそ絶世の美人となるだろう。

 彼女の名を八丈軍はちじょうぐん桜子さくらこという。

「変わらずの失礼だな。桜子」

 ダマリ・カオスノフキの緑化地帯に場を構える駐屯地。その来客用にと急遽用意された一室の壁にヨシノは身体を預けながら言い返す。桜子はソファーに座っているので見下ろす形となる。

 ヨシノは帰還してすぐにやってきたらしく、服はそのままで、刀も携えていた。

「着替えてきてもよかったのよ?」

「桜子を待たせると怖いからな。急いで此処に出向いた」

 ヨシノはそう返すが、実際のところ、早く彼女の顔を見たかった、という内心がある。

 桜子はその心を解したのか、くすり、と笑う。

「そういうところ、好きよ。本当にね」

「……好きといえば、桜子。君のおふざけにも困ったものだ」

「恋人のこと?」

「君と俺はそんな関係ではないだろう。此処の部隊の者達に誤解させてしまったではないか」

「既成事実が出来始めてるわね」

「勘弁してくれ……」

 ヨシノは肩を竦めた。そして軽い雑談は終わった、と気を引き締め顔の緩みをなくすと問う。

「桜子が此処に来るなどとは聞いていなかったが、何用で来た?」

「あら、不躾ね。わたしが何をやってるか知らないわけじゃないでしょう?」

「それくらい知っている。――まぁ君の立場上、此処のバンプ・ナイトでも見に来た、というのが正当な理由なのだろう」

「ついでに、定定の整備もね」

 桜子は付け加える。

 彼女は東照の宮国に仕える国選技師をやっている。国選技師は主にバンプ・ナイトの設計を仕事としている。ヨシノも桜子もお互い国に仕えている柄、ビジネスラクであるが、親しくしている。むしろ、女性との縁がないヨシノにとって桜子は珍しい人物でもある。

 ヨシノが乗る八丈軍・定定は八丈軍・桜子という名を頂いている通り彼女が設計、開発を行ったもので、整備するのなら彼女が適任であることは間違いなかった。

「だが、それよりも他国のバンプ・ナイトを見たい気持ちの方が上だと思うがね」

 この駐屯地はエーリン国のものだ。ヨシノは此処に戦術指導という名目で居るだけなので、東照の宮国のものではない。

 そして、この駐屯地にはエーリンのバンプ・ナイトが配備されている。

「だって、ルコルパーンを見てみたいじゃない。悔しいことに量産型としては一級品だわ。あの設計は最高よ。下手に弄らなくても、数十年以上は通用するわ」

「……すでに見ていたわけだ」

 ルコルパーン。正式名称エーリン・ルコルパーンとは最近導入されたエーリンの量産型バンプ・ナイトである。その出来栄えはよく、ヨシノも幾度か見たが、現時点において、これほどの量産機はあるか、と驚きの声を上げている。桜子も内心、国選技師として悔しがっているだろう。

「まぁ、わたしの定定に比べれば屁でもないけどね!」

「また、強がりを……。それに量産を度外視した定定と比べるのはどうであろうな」

「だって歯痒いじゃないの。エーリンはただでさえ国機としてゲイボルクとスカアハという最高傑作を造っているのよ。その上、量産型まであんなの造られたら、普通の技師じゃ心が折れるわよ。くそっ、今度の定宗さだむねで挽回してやる!」

「気持ちはわからなくもないが、落ち着け。本題に戻ろう」

 ヨシノは桜子の頭に柔く手を乗せる。

「ぬ~」

 すると桜子は恨めしそうにヨシノを見上げる。頬はほんのりと赤かった。だが……、

 がぶり。

 照れ隠しか、ヨシノの手に噛み付いた。

「………いてぇ」

「そうそう女の髪を触るな。まったく貴方は――」

 桜子はぶつぶつと文句を言い始めた。

「まぁまぁ。――で、だ。本当の用件を訊きたいわけだが」

「本当の用件?」

とぼけなくてもいい。君が此処に来た本当の理由だよ。――ルコルパーンだって、此処じゃなくても見れる。それに俺の定定の整備だって十分に出来る。君の手を借りるほどの不具合もない。一体何故にダマリのこんな危険な場所まで来た?」

 そう問えば、桜子は真顔になる。――いや、真顔というよりかは、少し眉を寄せ、まじまじとヨシノの顔を見ている。

「そうか。そうよね。知っていれば貴方がここまで落ち着いてるわけないものね」

「意味ありげだな。何か東照宮とうしょうぐうであったのか?」

「少し……、いいえ、かなり」

「かなり、だと? 俺の耳には何を入ってきていないぞ」

「多分、意図的にそうされてるのだと思うわ」

「……元老院か」

 ヨシノは近くの椅子を引き寄せ、桜子の対面に座った。ぴりり、とした空気が部屋中に充満する。ヨシノが元老院を警戒していることがはっきりとわかる。

 桜子は怖気ず、冷静に怒気を持ったヨシノを見ていた。

「十中八九、元老院ね。うまくやってるわ。――東照の宮国では、その例の話で噂が飛び交っているもの」

「一体、どんな話なんだ。教えてくれ」

 ヨシノが訊ねると、桜子は「その前に」と制止を促す。

「貴方が此処に来て何年?」

「……二年だ」

 ヨシノは自分の問いの返答が来ないことに不服を示しながら答える。しかし、桜子は気にしていない。

「なら、その二年前から色々と元老院は仕組み始めていたと考えていいわね」

「なぁ、一体何が起きているのだ? それとも教えてしまっては、俺が飛んで東照宮まで戻りそうな程のことなのか?」

「その通りよ。だから順序良く話さなきゃ、全ての話が出来ないじゃない」

「………わかった」

 ヨシノは一度深呼吸をし、肩の力を抜く。そして、桜子に話を続けるように、と手で促す。

「曲がりなりにも東照宮守備隊筆頭ね。助かるわ。――貴方は勅命で此処で派遣されたはずよね。確か、エーリン国軍の特別指導とその親睦を深める、という名目だったかしら」

「そうだ。指導、という点に於いては俺の腕が買われている証拠で、国の親睦も筆頭である俺を派遣すれば効果は大きい、という人選だったのだろうが。如何せん、そのお陰で俺は郷を離れ、二年の間エーリンの部隊と共に過ごしている」

「疑問には思わなかったの? 貴方は国の戦力としては要となる人物なのよ。それを二年もの間外に出すなんておかしいと思わないの」

「それは思ったさ。だが、最近は鬼の出現も多い。今日も数体駆除したところだ。実際、国の間で戦争なんてものはないし、東照の宮国は絶対不可侵とまで考えられている国だ。それならば、内に篭るのではなく、外に出て鬼を倒したほうが、臣民も安心すると……、自分で納得させていたのだがな」

「この貴方の派遣も元老院が噛んでいる、と読んだろうがいいわね」

「しかし、勅命だ。皇帝の命で俺は此処にいる。元老院がそうそう皇帝を騙すことなどとは出来ることではない」

「それはわからないわ。現皇帝の蔵八木くらやぎ様も元老院が動けば何か感づくはずだし、蔵八木様自身にも何か考えがあった可能性もあるわ。これは蔵八木様に訊かないとどうにもならないわね」

 と、桜子は首を竦めた。

 ヨシノは一息吐くと、ぎしりと椅子に身を任せる。

「つまりは、だ。今、東照宮で起きている大事があって、それを邪魔させない為に元老院が俺を此処に飛ばした、ってわけだ。そして皇帝も何か含みがある、と」

 ヨシノは最後の言葉を苦虫を噛み潰したかのように渋るように言う。彼自身、皇帝を疑うことはしたくないことだ。

「貴方の国に対する忠誠心は半端ないものね。だから元老院も警戒したのでしょうけど。――と言うか、宮中で元老院を斬り兼ねないわ」

「宮中で刀を抜くものか。――しかし、君がそれほどまで例えることとは一体何なのだ? そろそろ明かしてくれてもよかろう」

 ヨシノは流石に耐えられなくなったのか、桜子がそのことについて話し出す前に訊く。すると桜子は「……いいわよ」と呆れて頷いた。

「取り敢えず、行くのは宮中ではなくて、皇帝の住まいがある大和やまと城にね。それと、刀は抜かないこと。貴方が罪人になるなんて嫌だもの」

 桜子はそう前置きすると、本題の中核を話す。


 ヨシノは鬼のような形相で東照の宮国へと帰っていった。

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