衝撃の城門前
その日、レンブール城の門番達は珍しいものを立て続けに見ていた。
一つは、涙に鼻水、その他もろもろ出せる液体は全てだしているのでは、と思えるほどの醜態を晒した王族。
もう一つは兜で股間を隠した騎士団の一部隊。
「なあ、今日は街の方でなにかあったのかな?」
「さあ、でもあれらは普通じゃないよな」
それでも門番達は自分には関係のないことだと思っていた。
今この瞬間までは。
「おい、なんだかえらくデカイ奴がこっちに来るぞ」
「ありゃ、かなり大きいな。その横にいる女が子どもに見える」
門番達が話題にしていた男はゆっくりと、だが確実に自分達のもとに近づいてくる。
遠くから眺めている分にはなにも感じなかったが、徐々に近づいてくる男に次第に警戒感を募らせる。
「おい!」
「ああ」
門番達は誰ともなく、その手に持った槍を構える。
その男は、槍の存在等全く気にせず近づいてくる。
「失礼します、裁判長のゴロンダロン様にお会いしたいのですが?」
「貴様何者だ?」
一人が槍を男の胸に突き付け、凄みをきかせる。
「裁判長のゴロンダロン様にお会いしたいのですが」
「ゴロンダロン様に何用だ!」
別の一人がその槍を男の胸に突き付ける。
二本の槍が眼前に迫っているというのに、男は全く気にかける様子もない。
「裁判のやり直しをお願いしようかと思いまして」
「貴様何を言っている!」
「ですから、彼女の裁判のやり直しをお願いに参りました」
「貴様のような輩に、ゴロンダロン様がお会いになるわけがないだろう!」
「いえ、ですから私ではなく彼女の裁判です」
「うるさい! お前もその女も同じだ!」
別の門番が男の横にいた女に槍を突き付ける。
「槍を下ろしていただけませんか? 彼女が怯えています」
「うるさい! いいから、ここから立ち去れ!」
槍を下ろすよう言われた門番は激情し、あろうことか、さらに女に槍を近づけた。
近づけてしまった。
その行為が、彼のみでなく国としての最悪の行為だとも気づかず。
「言葉が通じないのであれば、仕方がありません」
男の手には、いつの間にか禍々しい大剣が握られていた。
「私の大切なピカロに武器を向けた罪、万死に値します」
そう言ながら男は剣を振るう。
「貴様なにを!?」
一人の門番が声を荒げたその時。
門番達の後方で凄まじい轟音が響き渡る。
「な!?」
後ろを振り向いた門番が見たのは崩れ落ちる城の尖塔だった。
「ちょっと、ダイザブロウ! あんた何やってるのよ!」
「大丈夫ですよ、ピカロ。誰もいないところを狙いましたから」
ダイザブロウの後頭部を叩く小気味いい音が周囲に響く。
「そういうことじゃないわよ! なんでお城を壊してるのよ!」
「何か問題でも?」
「問題だらけよ!」
男の横にいた女がまくしたてる。
「あんたたちもよ! ぼーっと見てないで、さっさとゴロンダロン様を呼んできてよ!」
「な、なにを」
「見てわかんないの? このままあんた達がグズグズしてたら、城がボロボロになるって言ってるのよ!」
「黙れ、女! そのような脅しに屈するか!」
門番の一人が再度ピカロに槍を向ける。
「ちょ、やめなさ」
「無礼だと言っている!」
ダイザブロウの怒声が響き、剣閃が舞う。
「ひっ」
門番の槍が消し飛ぶ。
さらに城の城門が真っ二つに割れ、城壁の一部が完全に崩壊する。
「な…」
「だから早くしろって言ってるのよ! これでもわからないの?」
ピカロが呆然とする門番に強い口調で話しかける。
「しっかりしなさい!」
城の惨状に呆然としていた門番たちが、ピカロの言葉で我を取り戻す。
「だが」
「つべこべ言ってる暇はないのよ! 見てわかんないの?」
「脅しに屈する訳には…」
「脅しじゃないわよ! このままだとあんた達が原因で、本当にお城が取り返しのつかないことになるのよ!」
ピカロは焦っていた。
(多分だけど、ダイザブロウは約束を守る。でも)
そうダイザブロウとの約束は人命を安易に奪わないこと。
この約束で守られるのは人の命であって、お城ではない。
(約束外の物にこいつが頓着するとは思えない!)
すでに尖塔は崩れ落ち、城門は真っ二つ、城壁の一部も崩壊している。
(そしてこいつは私の言葉じゃ止まらない。わたしの無実を勝ち取るまで。だからグズグズしている暇はないのよ!)
ピカロの本気の焦りの表情は本物だった。
それを見て門番たちも遅まきながら自分たちの過ちに気づく。
そう、ピカロの言葉が脅しではないということに。
「わ、わかった。いますぐゴロンダロン様に報告に言ってくる」
門番の言葉を聞いたダイザブロウの手から、大剣が消える。
「ありがとうございます」
恭しく頭を下げるダイザブロウ。
先ほどまでの激しいい一面が、まるで嘘のような優雅で洗練された姿。
門番もピカロもあっけにとられてその姿を見つめていた。
「はて? なにか?」
そしてその場にいた全員の思惑が一致した。
こいつはヤバい! と。