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「ぎゃああああああっ!! 俺の、俺の腕がぁぁっ!」


 女性に触れていた盗賊の頭の腕が切り落とされていた。女性が攻撃したところは愚か、剣を抜いたところすら誰も見る事が出来なかった。

 のたうち回る頭の姿に、他の盗賊達は驚愕する。


「がぁっ……くそ、くそ、このアマ許さねぇっ! よくも、俺の腕をっ。てめぇら何してやがる! このアマを殺せ!!」


 頭の声で我に返った盗賊達が、一斉に女性に襲い掛かる。そうはさせまいと、リヒトは背中を向けた盗賊に斬り掛かった。

 しかし、リヒトの攻撃よりも早く、目の前にいた盗賊が倒れる。何が起きたかわからない。1迅の風が横切り、荷台にいた全ての盗賊達が倒れていく。

 リヒトが後ろを振り向けば、銀色の髪を靡かせたあの女性が立っていた。握られていた剣に血が流れ落ち、盗賊達を倒したのがこの女性だと知る。

 あまりにも早い動きに開いた口が塞がらない。女性は残りの残党を片付ける為に、荷台から飛び出す。その戦いを目にしようとリヒトも女性の後を追う。


「なっ……」


 荷台の外で繰り広げられた一方的な戦い。盗賊達が反撃する暇もなく、的確に一撃で仕留めていく。無駄のない動き、美しい剣捌き。

 リヒトは城の騎士達の戦いを目にしてきたが、これ程までに速く美しい戦いを見た事がなかった。


「まさか……神速の戦女神?」

「えっ、あのS級冒険者の?」

  

 リヒトと同じように、女性の戦いに見惚れていた旅人風の男が、驚きの声をあげる。どうやら彼等は冒険者のようだ。


「俺も実際に見た訳じゃないが、噂で聞いた事がある。銀色の髪で褐色の肌をした、凄腕の冒険者がいるってな。目にも止まらない速さで、瞬く間に敵を倒す姿はまさに神憑り。彼女を前にすれば、凶悪な魔物もたちまち逃げ出すと言われるぐらい強いらしい。ついた二つ名が『神速の戦女神ヴィオラ』」


 冒険者の2人が噂話をしている間に戦いは終わっており、辺りには盗賊達が倒れていた。死んではいないようだが、盗賊の頭と同じように腕を切られた者、足を切られた者がのたうち回っている。

 もう安心だと、誰もが一息付いたその時だった。


「きゃああああ!!」

「な、なんだ!?」


 荷台から少女の叫び声と共に出て来たのは、最初にヴィオラによって腕を切り落とされた盗賊の頭。切られた腕は布で止血し、残った右腕で少女の首を絞めていた。


「このアマ……やってくれやがったな」


 憎しみの目でヴィオラを睨み、距離を取るように後退りする。


「いいか、少しでも動いてみろ、この餓鬼の首、へし折ってやるからな!!」

「や、やめてくれ…娘には……」


 這いずるように、荷台から少女の父親が転げ落ちた。顔には殴られた痕があり、後ろからよろめきながら母親も出て盗賊の頭に悲願する。


  

「やめてぇ……アニーには」

「うるせぇっ!! 餓鬼を解放して欲しけりゃ、そのアマを寄越せ!!」


 隙を見て少女を助け出そうと、冒険者の二人が動こうとすれば少女の首の力が強まり、身動き出来ない。それはリヒトも同じだった。

 息苦しさで涙を零す少女を助ける事が出来ず、苛立ちが募る中、盗賊の頭の言葉に視線がヴィオラに集まり、誰もが息を飲む。


「……それで私にどうしろと?」


 笑っているが、目が笑っていない。明らかに怒りのオーラと威圧感を放つヴィオラに、盗賊の頭が怖じ気ずくも、人質という存在がある限り不利はないと思ったのか、非道な事を叫ぶ。


「脱げ! 今のこの場でストリップしろ。生まれた姿で切り刻んでやるからよ。そうすりゃ、餓鬼は助けてやる」

「ゲスが……今すぐ貴様の首、切り落としてやろう」

「なっ、餓鬼が見えねぇのか!? 少しでも動いてみろ、この餓鬼の首へし折るからなっ!!」

「首を折る前に、貴様の首を胴体から切り落とすまでだ!」


 殺意を込めた剣先を向け、緊迫の空気が張り詰める。盗賊の頭の言う通り、少しでもヴィオラが動けば少女の首は折れてしまうだろう。

 一触即発。誰もが微動だに出来ない場面において、ただ一人、リヒトは盗賊の頭にある呪文を唱えていた。


「我は望む。光と大地の戒めの力を用いて、我が敵を捕捉せよ」


 気付かれないよう小さな声で唱え狙いを定めると、


「カウティベリオ」


 呪文を唱え終わった瞬間、盗賊の頭の足元から金色に輝く鎖が襲い掛かり、抵抗する暇なく身体中に巻き付く。


「がっ、なんだこれはっ!?」


 突如現れた光の鎖に驚き、身動き出来ずもがく盗賊の頭。その隙をヴィオラが見逃す事はなく、


「終わりだ」

「ぎぃやああああああああっ!!!」


 目にも止まらない速さで詰め、残された盗賊の頭の腕を切り落とす。

 光の鎖は粒状に消え去り、切られた痛みでのたうち回る盗賊の頭の腕を焼き、逃げないよう踏みつけるヴィオラ。


「貴様には余罪がありそうなんでな。アジトをギルドの連中に吐かせてもらわねばならん」

「ぐぞ、だれ……誰がやりやがっだ……っ」


 出血で死なないよう腕の傷を焼かれ、最早盗賊の頭に抵抗出来る手段も気力もなかった。

 いくら噂に名高いヴィオラが相手であっても、人質がいれば逃げられると思ってい筈なのに。

 突然現れた光の鎖によって全てが終わったのだ。ヴィオラが魔法を唱える素振りはなかった。いったい誰がやったのか、盗賊の頭は首を上げ周りを見渡す。

 冒険者の二人は何が起こったのか未だにわからず戸惑いの表情している。こいつらか、と思っていたがどうやら違うようで、少し後ろに立っていたリヒトに視線を向ける。息を乱し、怯えも戸惑いもなく、真っ直ぐに自分を見つめるその眼を見て核心した。


「でめぇか、余計な事しやがって……てめぇの顔、覚えたからな、必ず殺してやらぁぁっ!」

「貴様に処罰が下され、外に出た暁には……私自らその命を終わらせてやろう」

「ひっ、」


 重苦し威圧と声が頭上からの降り注ぎ、恐怖で身体が震える。ヴィオラに怒りを買った者は命がない、そんな噂も耳にした事がある。まさか自分がその立場になるとは。盗賊の頭はそれ以上口を開く事なく、縄で縛られ荷台に括りつけられた。


「おとうさぁぁん」

「よく、無事で……怖かっただろう。ごめんな、守ってやれなくて」

「よかった、本当によかった」


 抱き合いながら命が助かった事に喜び、涙を流す。盗賊の頭に捕らわれ怖かったのだろう、少女は腰が抜け歩けなかったのをヴィオラに抱き上げられ、親子のもとに返えされた。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 頭を下げ必死にヴィオラに御礼を言う。もしこの場にヴィオラがいなかったらどうなっていただろうか。娘と妻は盗賊に奪われ、自分は殺されていたに違いない。大の大人が涙拭う事なく泣くのは恥ずかしいが、心からヴィオラに御礼を言いたかったのだ。


「いや、もっと上手く助けてやりたかったのだが。怖い思いをさせてすまなかったな」

「そんなっ、貴女がいなければ、此処にいる者は皆殺されていたか連れ去られていたでしょう。本当にありがとうございます」


 再度頭を下げる夫婦。しかしヴィオラの眼はその夫婦にではなく、リヒトを見ていた。


「私だけの力ではない。あの少年の拘束の魔法がなければ、もっと長引いていたでしょう」

「えっ、あの少年が?」

「君が魔法を使ったのだろう?」

「……嗚呼」


 ゆっくり近付いて来るヴィオラに緊張で背中に汗が垂れる。近くで見ると余計にわかるその美しさに、鼓動が早くなり息をするのも忘れてしまいそうだった。


「何故もっと早く魔法を使わなかった? 拘束の魔法があれば楽に盗賊達を捕らえられたものを」


「申し訳ない。まだ拘束魔法は未熟で単体しか捕らえられず、持続時間も短い上に、発動中は私自身も身動き出来ないんだ」


【カウティベリオ】

 補助魔法の1つであり、光と地の属性を持つ拘束魔法である。熟練度によってその効力は大きく変わり、複数の人数を長時間捕らえる事が出来る。しかし、この魔法を唱えている最中は身動き出来ない為、使う時は周りに注意しなければならない。


「成る程。周りに他の盗賊がいれば唱えられないのか」

「嗚呼。発動するのが遅れてしまい、本当に申し訳ない」

「いや、君の魔法のおかげであの子も無傷で助かった。ありがとう」

   

 優しく微笑むヴィオラに、顔が熱くなるのを感じる。ヴィオラ程の腕前なら魔法を使う必要なく、少女を無傷で助け出せただろう。それでもリヒトの助けを無下にする事なく、感謝を伝えるヴィオラ。見た目の美しさだけでない。強さだけではない。その両方を金揃えたヴィオラに、心を奪われそうだった。




 商人に大きな怪我はなく、再びリヒト達を乗せボルンターを目指す。

 大人しくしているものの、盗賊の頭が同じ荷台に乗っていれば空気も重くなり、何かの言葉で刺激し暴れだされては堪らないので、会話も小さな声でされていた。そんな中、


「君は冒険者になりにボルンターに行くのか?」

「そのつもりだ」

「冒険者になって何を望む? 金か、名誉か?」

「まだ考えていない。知り合いに冒険者を勧められ、それ以外の道が思い付かないので取り敢えず冒険者を目指しているところだ」

「金や名誉を求め、冒険者で成り上がろうとする奴は腐る程いる。だが、冒険者はそんな甘いものではない。努力も何もしなければ、三流のまま何の生き甲斐もなく、ダラダラと過ごし生涯を終える事になるだろう。君のように、何の目標もない者が冒険者になっても意味がないと思うがな」

「……」


 ヴィオラの意見は最もだ。リヒトも最初は目標を持とうとした。しかし、今の自分に何が出来るのかわからない。


「そうだな。ヴィオラさんの言う通りだが、今の俺は自分が何をしたいのかもわからない状態だ。ただ、この命を無駄にする訳にはいかない。それだけは絶対に出来ない」

「ふむ……」


 その後二人は話す事なく、荷馬車はボルンターに到着する。高い塀に囲まれたボルンターの門の前には、冒険者だけではなく商人や旅人、観光の団体などが並んでいた。リヒト達も荷馬車から降り、列に並ぶ。すると、盗賊の頭を引きずり降ろしたヴィオラが商人に礼を言った。


「乗せてくれて助かった」

「礼なんていらねぇよ。ヴィオラさんのような冒険者に乗っていた頂けて光栄ってもんだ。命も助けて頂いて、こっちが御礼を言わなくちゃならねぇ。ありがとうな」「では、こいつをギルドに引き渡さなければならないので先に行く。世話になった」


 軽く会釈をした後、盗賊の頭を引きずったまま門の方へと歩く。その時1度だけ振り返り、リヒトを見つめる。何を考えているのかわからないが、確かにリヒトを見ていた。


「ありがとうございました」


 リヒトはゆっくり頭を下げ礼を言い、ヴィオラは何も言わずその場を離れた。


「いやぁ、あの神速の戦女神と会えるなんてな。これは自慢出来るぞ」

「嗚呼、何しろ俺達は一緒に戦ったんだぜ。仲間が羨ましがるだろうぜ」


 冒険者2人が嬉しそうに語り、リヒトは遠くなっていくヴィオラの背中を見つめていた。


(凄い人だった。あのような美しい女性は始めて見たな。また会えるだろうか)


 門番の兵衛に話し掛けると、驚いた様子で慌ててヴィオラを街の中へと通す。どうやらかなり有名人らしい。


「S級の冒険者というのはそれ程凄いのか?」

「はぁぁ!? 何当たり前の事言ってんだ坊主」

「あー、さてはお前田舎もんだな? 仕方ねぇ教えてやるよ。S級クラスの冒険者はこの国でも10人いるかいないかの凄腕の連中なんだぜ」

「10人!? たったの10人しかいのか」


 そのうちの1人があのヴィオラなのだ。今更ながら、リヒトは鳥肌がたった。


「そうだぜ、ダチに自慢してやるといい。俺はあの神速の戦女神と話したってな」

「じゃあな、坊主」


 順番が回ってきた冒険者達は検問を受け、中へと入って行く。後に続くように親子達も中に入るのを見て、リヒトは顔を暗くさせた。検問を行っている門衛が後ろに並んでいたリヒトに声を掛ける。


「ようこそ、ボルンターへ。身分証明書を出してくれ」


 身分証明書。それはどんな田舎であろうと役所は必ずあり、村から出る為には許可を取らなければならない。その際、他の村や街に入る為に必要な身分証明書を発行してくれるのだ。


「……持っていない」

「え、ない? 御前何処から来た」

「それは……」


 答えられる筈がない。リヒトは逃亡者だ。自分の身分を証してしまえばたちどころに捕らえられてしまうだろう。

 俯き何も言えずにいるリヒトに溜め息をつくと、


「訳ありか。御前みたいな奴は少なくない。大体察しは付くが此処に何しに来た?」

「冒険者になりに」

「だろうな。よし、持ち物検査と身体検査をした後、監視付きでギルドに行くといい」


 あっさりと許可を出す門衛に驚く。身分証明書がないような不審者をこうもあっさり通して良いものなのか。


「入っていいのか?」

「嗚呼、どうせギルドに行けばわかる事だしな」

「どういう事だ?」

「行けばわかるさ。おい、この坊主の持ち物検査と身体検査が終わったらギルドに連れて行ってやってくれ」


 門衛から呼ばれ、二人の兵士らしき男達がやって来る。がっしりした体格の二人は、リヒトを見るなり顔を歪める。


「きったね、くせっ、おいお前! 持ち物検査してる間に風呂入れ!」

「一瞬物乞いかと思ったぜ。腹減ってねーか? 兵舎に来い、飯も食わせてやる」


 何日も山の中で過ごし、魔物との戦闘ですっかり汚れてしまったリヒトの首根っこを摘まみ、門の近くにある兵舎に連れて行く。

 兵舎の中は男臭く、何人か兵士もいたが全員が半裸。筋肉質の男もいれば端正な顔立ちの優男もいた。兵士二人に連れられて来たリヒトを物珍しげな目で見る事もなく、足早に風呂場へと向かう。


「着替えは持ってるようだな。タオルと風呂ん中に石鹸があるからそれ使え。その間に持ち物検査するから、此処で脱いで荷物全部渡しな」


 強引に服を脱がされ荷物を取り上げられ、真っ裸で風呂に放り込まれる。風呂にも人はがいて身体を洗ったり、湯に使ったりとしている中、リヒトは途方に暮れていた。

 リヒトは王太子。自分で身体を洗う事もなければ、着替えもした事がない、超お坊っちゃまである。


「……どうすればいいんだ」



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