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 馬を走らせ続けると、キエトの町を示す看板が目に入る。看板の示す方向に目を向けるが、町らしき物は見えない。まだ此処から遠い場所なのだろう。

 看板から東側に大きな山があり、リヒトの今の状態ではこの山を越えるのは安易ではない。弱り切った人が山に入れば、魔物や魔獸のエサになってしまうのがオチだ。

 町に入り、遠回りでも商人の荷馬車に乗り込めば安全で楽だが、それは絶対にしてはならないとリヒトは解っている。

 何故、兵士達と別れなければならなかったのか。その意味が解るからこそ、敢えて険しい道を選ばなければならない。リヒトを逃がす為に、自ら囮になってくれたのだと、別れ際に悟ったのだ。その思いを裏切るような事だけは、絶対に出来ない。

 馬から下り、手綱を外し馬を野に放つ。城の馬だった為、手綱を外しても野生の馬だとは思われないだろう。が、あれだけ上等な馬が野放しでいたら、誰もが欲しがるはず。

 馬は高価で、まず一般家庭では買えない。平民の収入では、必要な時は商人から借りる程度しか出来ないのだ。

 売れば良い値段で売れるだろうが、普通の平民がいきなり上等な馬を売ろうとすれば、何処から盗んできたのだと疑われる。野放しにされていたなどと、誰が信じるだろうか。

 見付けられてもすぐに売ろうとはせず、頃合いを見て王都から買ってきたのだということにすれば、差ほど怪しまれずに済むだろう。

 商人に見付かっても同じ。良い物がタダで手に入ったと喜ぶ程度。まさか、大罪人のリヒトが乗り捨てたなどとは思わない。

 これで役人や追っ手の目を少しは欺けられる。


 馬を逃がした後、真っ直ぐに山へと目指し歩きだす。 見晴らしの良い平原を徒歩で移動するのは、リヒトの予想より遥かに遅れ、日が暮れるまでに山に入れなかった。夜中に山に入るのは危険だ。今夜は近くの木の下で、疲れた身体を休ませることにした。

 周りには、人の気配も魔物の気配もないが、警戒を止める訳にはいかず、浅い眠りしか出来ない。

 独りきりの旅。

 暗闇と独りの孤独さから、牢屋での出来事を思い出す。

 終わりしか待っていない絶望。自分の身代わりとなって死んだボニト。そして今も、自分の命を賭けてまで守ろうとしてくれる兵士達。王太子の座を奪われ、罪人の烙印を押された自分に、命を賭けるだけの価値があるのだろうか。

 処刑されるのが自分で、ボニトや兵士達には新たな主の下で過ごした方が幸せだったのではないか。

  キエトの町に行き役所に自ら出頭すれば、兵士達は助かるかもしれない。あの看板の前で一度はそう考えた。

 ではボニトの死は? ただの犬死にではないか。

 命は助かるものの、リヒトを王都から連れ出したのは兵士達で、それは大罪である。逃亡の手助けをした者は、3日間の鞭打ちと、牢獄送りか鉱山での厳しい労働を課せられるのだ。

 果たしてそれは幸せと呼べるのだろうか? 命が助かればそれでいいのか? 必死の思いでリヒトを外に連れ出してくれた恩を、仇で返すようなもの。

 なりばボニトと兵士達の願い通り生きるしかない。だが、生きてどうする。何の権力もなく、ただ冒険者として何の目的もなく日々を送るのは、生きていると言えるのだろうか?

 冒険者として生活し、家族を作り幸せに生きる……そんなことが出来るはずがない。周りがどんなに願おうが、リヒトは自分だけが幸せになるなど許せるはずがなかった。


 どんなに考えようが答えが出ることはなく、夜が明けていく。虚ろな表情のまま、重い身体を起こし、山へと歩く。答えは出ないが、今のリヒトにはそうするしかなかったのだ。



 山のふもとに辿り着いたのは、日が高く上った上った頃だった。出来る限り人目につきたくなかったリヒトは、険しい山道へと進む。草を掻きむしり、傾斜の酷い岩道を素手でよじ登るには、疲労が溜まった身体には堪え、中々思うように進むことが出来ない。

 幾度か休息を取りながら歩き続けると、水袋の水が少なくなり、水を確保する為に川を探し始める。耳を研ぎ澄ませ、川のせせらぎの音を拾おうと必死に歩くが、一向に音は聞こえず、歩き疲れた足は重くなる一方。

 とうとう水は底を尽き、喉は渇き意識が朦朧とし始める。霞む視界に頭を左右に振り、ただ水を求めて歩き続けた。

 どれ程歩いただろうか。慣れない山道を手探りで歩き、最早リヒトは真っ直ぐに進めているとは思っていなかった。迷ったのだ。

 自分が今山のどの辺りにいるのか解らず、身体は今にも倒れそうな程疲労しきっていた。水もなく、辺りは木で囲われ、似たような景色が続く。

(まずいな……)

 思考回路が不安定になり、死を意識し始めたリヒト。それでも足をゆっくり、ゆっくりと前へと進める。喉の渇きが限界を超え唾液が出ず、口の中は勿論、唇もカサカサに渇ききっていた。

 水。ただ水を求め、水音がないか耳を研ぎ澄ます。


 極限状態で、リヒトの耳に微かだが水のせせらぎが聞こえた。渇きによる幻聴かと疑ったが、確かに水が流れる音がする。

(何処だっ)

 覚束ない足取りで音の方へと向かう。水の事しか頭になかった為、足下の注意が怠ってしまい、

「っ!」

 気付いた時には遅く、リヒトは崖を踏み外してしまった。

「うわああああああっ!!」

 落下しないようにと、崖の岩に手を伸ばすも、疲労しきった身体に力は入らず、リヒトはそのまま崖の下へと落ちてしまった。



「…う、……あっ」

 リヒトが意識を取り戻したのは、すっかり日が沈み、月明かりと所々で虫の鳴き音が響く真夜中になっていた。

 落下の痛みで思うように身体が動かせず、なんとか仰向けになり辺りを見回す。夜ではあるが、月明かりのおかげで差程暗くはなく、近くの景色は見える。

(取り敢えずは死なずにすんだか)

 動かそうとすれば身体に痛みは走るが、動かせない程ではない。落下したのが柔らかい土の上だったのが幸いで、リヒトの身体には打撲などの怪我はあるものの、命に別状はなかった。

 しかし頭を打った可能性もあり、迂闊に身体を動かす事が出来ず、リヒトはどうしたものかと途方に暮れると、ふと耳に聞き覚えがある音が。

 視線を斜め上へと上げると、少し離れた場所で月の光に照らされて煌めく川があった。崖から落ちる前まで、必死に探していた水音はこの川からだったようだ。

 渇ききった喉。痛みなど忘れ、無我夢中で身体を起こしよろめきながら川へと近付く。

 幻かと思ったのか、川の水に触れその冷たさに本当だと確認すると、リヒトは頭ごと川に突っ込んだ。


 腹一杯に飲んだ水は、乾き切った身体に染み渡り、文字通り生き返った気分のようになった。

 水分補給が出来た事により意識もハッキリしたリヒトは、自分の手に怪我をしているのを見つける。水を飲もうとした時に、誤って石で切ってしまったのだろう。傷口から滲む血を川の水で洗い流し、マントの端を千切り巻き付ける。

「こういう時、回復魔法が使えたらと思うな」

 リヒトは魔法は使えるが、主に攻撃魔法しか使えない。

 回復魔法は資質の問題で、覚えようと思っても覚えられない。資質がない者がどれだけ習練しようとも、一つも覚える事が出来ないのだ。なので、資質がある者は、協会と王族、貴族がこぞって取り合いになっている状態である。

「ない物を欲しがっても意味はないが…取り敢えず、今日は此処で身体を休めるとするか」

 立ち上がり、休める場所を探そうとふらつきながら前へと進もうとした時、何かの気配を背後から感じ、急ぎ振り返る。

 川の向こう側の森の中に、複数の赤い光が現れた。

(くそ、こんな近くに来るまで気付かなかったとはっ)

 それもそのはず、疲労した身体と落下の痛みで警戒心が薄れていたのだ。森から出てきたのはコネホーンという耳が長く、脛辺りの高さしかない小さな魔獸。それ程強くはないが、狂暴性が高く群で行動する為、弱くとも今のリヒトの状態では厳しい戦いになるだろう。

 コネホーンは毛色によって性格が異なり、白色、茶色と毛色が濃くなる程強さが増す。リヒトの前に現れたのは……

「黒のコネホーン4匹か……」

 黒毛のコネホーンは気が荒く、自分の縄張りに入った者に襲い掛かる習性がある。リヒトが落ちた場所は、運悪くコネホーンの縄張りだったらしい。今にも襲い掛かりそうな程、殺意を向けていた。

 警戒しながら後退りしつつ、腰に装備していた剣に触れた瞬間、2匹のコネホーンが飛び上がって襲い掛かってきた。

 1匹の攻撃を交わし、左側に回り込むようにもう1匹のコネホーンの横腹に向けて剣を振り上げる。上手く両断出来たが、隙を付かれ他の二匹が足に噛み付いてきた。

「ぐぁっ!」

 痛みに顔を歪ませ、左足に噛み付いたコネホーンの頭上に思い切り剣を突き刺す。耳障りな悲鳴を上げ息絶えると、すぐさま剣を抜き、右側の足に噛み付いていたコネホーンに攻撃しようとしたが、剣を交わし距離を取られてさしまう。

 速さが武器のコネホーンに対し、打撲の痛みで動きが鈍く、疲労により体力と魔力の低下しているリヒト。

(下級魔法なら7、8発。中級なら3発が限度か)

 剣は無理なら魔法で。コネホーンに向け呪文を唱えようとした時、

「はっ……がっ!!」

 突如、背後から気配を感じ振り返ろうとしたが、それより先に肩に激痛が走った。

 右肩に噛み付いてきたのは、黒毛のコネホーン。その後ろに4匹のコネホーンが戦闘態勢を取っていた。

 噛み付いていたコネホーンを無理矢理剥がし振り投げる。肩の傷を押さえ、よろめきながら崖を背に、今置かれている状況を見渡す。

 最初に襲ってきたのが4匹。そのうちの2匹を倒したが、新たに5匹のコネホーンが登場したことにより、戦闘はますます厳しくなっていく。

 どちらかといえば、コネホーンは弱い部類の魔獸。しかし、自らがな囮となり他の仲間に攻撃させ敵を撃退させるといった、群での統率性は非常に高い。

(くっ、詠唱している間に攻撃されては発動出来ん)

 魔法を使うには、言葉を通じて自分の魔力と自然の力を融合させなければいけない。熟練度が高くなればなる程、詠唱時間は短くなり戦闘で有利になる。魔法の欠点は、詠唱に掛かる時間と、詠唱を途中で破棄してしまうと発動出来ないことだろう。その為、魔法使いはあまり単独で戦闘をしたりはしないのだった。

 じわじわと近付くコネホーンに囲まれ身動きが取れないリヒトに、2匹同時に両側から飛びかかってきた。ギリギリ交わすも爪で腕を切り、避けた先に次々と攻撃を受ける。少しずつ傷が増えていき、出血による目眩によりその場に倒れてしまう。

 傷口から流れる血。痛む身体。

(最早此処までか……コネホーンにやられて終わるとは、何とも惨めな最後だ。いや、俺には似合いの末路かもな)

 諦めたかのように薄く笑い、ぼんやりと映るコネホーンの姿を見つめながら瞼を閉じようとした時、リヒトは自分の首から下げているある物が視野に入り目を見開く。

「こ、これはっ!」

 痛みも忘れ、思わず飛び起きてそれが幻ではない事を確かめるかのように強く握り締める。

 リヒトの手の中には、歪な形でお世辞にも綺麗とは言えない不格好な木彫りのペンダントが。ペンダントの真ん中に、不釣り合いに美しく輝く赤い宝石が埋め込まれていた。


 それはかつて、リヒトがボニトに誕生日のプレゼントとして自分が掘り、守りの呪い石《守玉》を埋め込んだ護身用のペンダント。

 初めてリヒトが作った物を自分に与えられた事に大喜びし、家宝として一生大切にすると誓う程、ボニトは嬉しかったのだ。

 しかしリヒトは喜んでくれた事は嬉しいが、年月が経つにつれあまりにも下手くそな出来栄えに申し訳なく思う。新しく作ろうかと何度も言ってみるものの、ボニトは首を縦に振らなかった。これが良いのだと。嬉しそうに大切に持ち続けてくれた。


 そう、それはボニトの形見。

 自分の代わりにリヒトを守るよう願いを込め、あの日、牢屋で眠らせたリヒトに付けた物だった。

「ボニト……」

 急に起き上がったリヒトに警戒し、辺りをうろつくコネホーンなど視野に入れず、ただただペンダントを見つめる。

「俺は……まだ……」

 諦めようとした。もういいだろうと。しかしそれはボニトの思いを踏みにじるもの。

 ペンダントから手を離し、落とした剣の場所を見つけ、一目瞭然に走り出す。飛びかかるコネホーンを避け、剣を手にし、息を大きく吸う。空を見上げれば、満天に輝く星々と、まるでリヒトを見守るかのように美しく光る月。

「俺は、俺はまだ死ねない。ボニトの為にも、そして俺自身の為に! さあ、来い!」


 


戦闘シーン予想以上に難しいよ!泣

でも楽しい!

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