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 王都中央広場。昼前の賑やかなこの場所で今日、王太子の死刑執行が行われる。急遽作れた処刑台には、断首装置が設置されていた。この国の死罪は斬首刑とされている。王殺しの大罪人を一目見よう処刑台には街人が集まり、道は人で埋め尽くされていた。

 そして、その時は来たのだ――


 厳重な警備兵と共に、王殺しの大罪人・王太子リヒトが処刑台に上がる。俯き肩まで伸びた髪で隠れている為、顔はよく見えない。それでも、処刑台に上がった立ち振る舞いは何処か凛としていて。

 これまで何度か公開処刑はあったが、暴れる者、泣いて許しを乞う者。全て諦め虚ろな目をする者。しかし王太子はどれにも当て嵌まらない。顔こそは見えないが、気品溢れるその姿に誰もが目を奪われた。

 王太子達は断首装置の前で立ち止まり、両側に死刑執行人が立つ。

「何か言い残す事はないか?」

 執行人の問いに首を左右に振り、そのまま断首装置に首を差し出す。首を固定され、足も拘束具で固定し、手を後ろに縛り抵抗出来ないようにされる。

 静かに息を呑む街人。その中に1人の少女がいた。 

「あのお兄ちゃん悪い事したの?」

 静まり返る広場に小さく響いた少女の声。処刑台の最前列で王太子を見上げていた。

「おい、誰だ此処に子供を連れて来たのは! 子供に見せるもんじゃねーぞ!」 

 近くの男が叫び、少女の手を掴む。強引に連れ出そうとするも頑なにその場を離れようとしない。少女の声を聞き、慌てて母親が子供を抱き抱え連れ去る。人込みを掻き分け、処刑台から離れる少女は、ジッと断首装置にいる王太子を見ていた。

「ねぇ、ママ。あのお兄ちゃんは悪い人なの?」

「……そうよ」

「あんな優しそうな笑顔をしているのに?」

「!?」

 国王を殺した罪人が王太子で、広場で処刑されるという噂で持ち切りだった。少女は処刑という意味は解らなかったが、広場に王太子が来ると知り、一目会いたくてやって来た。物語の人物でしかなかった王太子。その王太子に会えるのだと思うと、逸る身体を抑え切れず、母親の目を盗み最前列まで人込みの中を懸命に掻き分けた。

 しかしそこにいたのは薄汚れた服を着た1人の少年。日の光に照らされ輝く金色の髪も、何処か小汚く映る。とても想像していた王太子とは思えず、別人だと少女は思った。

 王太子は何処にいるのだろうと辺りを見回していると、頭上から小さな声が漏れる。

「王殺しなんて馬鹿な事したもんだ」

「嗚呼、なんでそんな事しちまったのかねぇ。待っていればいずれは……」

 見上げれば、冷たい眼差しで処刑台を見詰める人々。もう一度その処刑台を見ると、首だけを前に出し、動けないように拘束されていた少年。まるで悪い事をした時に、お尻を叩かれるような格好だと少女は思った。だから少女は言ったのだ。

「あのお兄ちゃん悪い事したの?」

 と。

 少女の声が届いたのか、処刑台にいた少年が顔を上げる。その美しい碧い瞳は少女を見つけると、優しく微笑んだ。とても悪い事をするとは思えない、心暖かくなる微笑み。何故街人達が悪く言うのか解らず、母親に問い掛けると顔を暗くさせる。

「あのお兄ちゃんにもう一度会いたいな。またあの笑顔を見たい」

 楽しそうに笑う少女を母親は強く抱きしめた時、


「断刀」


 大きな声が広場から聞こえ、それと同時に広場にいた街人の悲鳴が響く。暫くの静寂の後、

「王殺しの大罪人、前王太子リヒトは神の裁きを受けた。神の御慈悲があるよう、皆で祈りを捧げよとアレグレ様の申しだ。皆の者、黙祷せよ」

 処刑執行人の声に街人は歓喜の声を上げる。

「アレグレ様万歳!」

「自分の父親を殺されたのに、何て慈悲深い御方なんだ!」

「王国に光あれ!」

 誰もリヒトに黙祷など捧げない。広場には次の王太子になるアレグレの声援が上がるばかり。それと同じように、リヒトの死を喜ぶ声も上がる。遠ざかる広場から大勢の声が聞こえ、

「ねぇ、ママ。皆何をあんなに喜んでるの? 王太子様が来たの? 私も会いたいよ」 母親は耐え切れなくなり、その場に少女を抱きしめたまま泣き崩れる。母親が何故泣いているのか解らず、ただ宥めるように頭を撫でた。賑やかになった広場を見詰め、あの場所で出会った優しい笑顔をした少年に、もう一度会いたいと思うのであった。





 王都の時計台の鐘の音が響く。正午を知らせるその鐘の音色は、王都から少し離れた川沿いにまで届いていた。

 街の賑やかさとは真逆の静かな野道に、1台の荷馬車が走る。荷馬車に揺れられ眠っていた少年が、鐘の音色に深い眠りから目を覚ます。ぼんやりと荷馬車の中を見渡し、次第に意識を取り戻した少年は、近くにいた見知った男の胸倉を掴む。

「おい貴様! 今すぐこの馬車を止めろ!」

「出来ません」

「止めろ、引き返せ! ボニトを俺の身代わりにさせて堪るか!」

 刑を受けるのは油断した自分。無実の罪なのにボニトが何故身代わりにならなければならないのか。何度馬を止めろと声を上げても、男は沈黙くのまま口を開こうとしない。痺れを切らしたリヒトは荷台から飛び降りようとすると、後ろから押し倒され止められる。

「離せ! 俺はボニトを犠牲にしてまで生きたいとは…」

「もう……遅いのです」

 抵抗していたリヒトの身体が固まったように動かなくなった。

「聞こえるでしょう、正午を知らせる鐘の音が。処刑は正午前に行われるとお触れが出ていました。…もうボニト殿は」

「嘘だ!」

 信じられる訳がなかった。否、信じたくなかったのだ。

男の押さえる腕を振り切ろうとするも、窶れ衰えた身体に力は入らず、ただ男の言葉を聞くしかなく苛立ちは募る一方。

「どうかお聞き下さい。ボニト殿はリヒト様を死なせたくなかったのです」

「俺とて同じだ! ボニトに死んで欲しくなどないっ」

 力では敵わないと思い、攻撃魔法の詠唱を始めようとすると、掴まれた腕に力が入り、痛みで一瞬動きを止める。

「ボニト殿は……リヒト様に生きて幸せを手に入れて欲しい。自分はリヒト様に出会えて幸せでした。御傍に御仕えさせて頂きありがとうございます。どうか御元気で……ボニト殿の遺言です。何卒、ボニト殿の思いを汲んで下さい」

 まるで本当にボニトが言ったような言葉で、リヒトにはボニトの声で聞こえた。いつもリヒトに仕えられて幸せだと、自分の何倍もの幸せを手に入れて欲しいと。

 糸が切れたかのようにリヒトは動かなくなり、溢れ出る涙を抑える事が出来なかった。

 男はその涙に驚き、思わず掴んでいた手の力を緩めてしまい、直ぐさまリヒトは男の腕を振り払い押し退ける。

 また飛び出そうとするのではと、慌てて捕まえようとするが、リヒトは荷台の出口から風で少しだけ見える景色を見つめていた。

「………」

 止まることのない涙、思い。何もかもが遅く、残されたリヒトの行き場のない気持ちをぶつけるかのように、荷台のゆかに拳を叩き付ける。何度も、何度も。血が出ようが構うことなく叩き続ける。

 男はその姿を黙って見守るしかなかった。



 リヒトが目を覚ましてから幾つかの夜を迎え、時折小さな村で食料を補充しては旅を続ける日々。

 男が差し出す食事に殆ど口を付けずに痩せ細っていく。話し掛けても何の反応もなく、死んだ魚のような瞳はまるで生きた人形のようで。それでも男達は、リヒトを守る為に警戒しつつ旅を続けた。

 そしてーー


「リヒト様、此処で御別れです」

 馬車を止め、今まで頑なに外へ出ないようにさせていたが、リヒトを荷台の外へと連れ出した。

 虚ろな表情のまま、何の生気も感じられないリヒトに、当面は生きていけるだけの金品と食料が入った革袋を背負わせる。

「この道を真っ直ぐ進み、キエトという町を示す看板があります。しかし街の方向には向かわず、そこで馬を捨て山に入って下さい。山を越えた先に、ボルンターという巨大な都市があります。そこは王族や貴族とて介入する事は難しい、独立した都市です。そこでギルドに入り、冒険者として生きて下さい」

 荷台に繋いでいた1頭の馬に乗せられ、ぼんやりとされるがままのリヒトは、下から見上げてくる男に視線を合わす。酷く窶れていた。

 交代で寝ていたにしろ、昼も夜も辺りを警戒しながらの旅は、兵士だった彼等の精神を削るには充分であり。目の下にくっきりと痕が付いた隈と、疲労で窶れた顔にリヒトの目が揺れる。

「……何故此処までしてくれる。俺にはもう、王族としての権力はないのに」

 久しぶりに発するリヒトの声に目を見開いて驚き、そして微笑む。まるでボニトのように。

「リヒト様は御忘れかも知れません。昔、魔物との討伐の際に私達は瀕死の怪我をしました。隊長に軟弱だ、棄てを置けと言われました」

 それは成人したばかりのリヒトが、初めての魔物討伐をした時の話だった。

 魔物が蔓延るこの世界。人々は魔物の襲撃を恐れながら、日々生活を送っていた。

 この世界には結界の魔法はあるものの、一時的なもので持続力がない。

 しかし王族の血だけに受け継がれる、血族結界という魔法がある。王族の者だけが出来る魔物が侵入出来ない、絶対領域の結界魔法。一度唱えれば、数年間は維持出来るその魔法に、人々は縋るしかなかったのだ。

 だからこそ、多少の理不尽はあろうが人々は王族を崇めた。神のように。

「弱い者に王族の護衛は勤まる訳がなく、怪我をしたのは自分の力不足だったのは事実。私達は死を受け入れようとした時……リヒト様が御自分の回復薬を下さったのです。怪我をしたら治せばいい。貴方達はこの国を守る兵士であり、大切な民です。民を守るのは王族としての勤め。むやみに命を捨てないで欲しいと」 

 リヒトとの出会いを懐かしくむが、当の本人は覚えていない。魔物討伐は何度も行った事もあり、そこで兵士達の傷の手当もした事はある。自分にとっては特別な事をし訳ではない。

 だのに彼等は国を捨て、命を賭けてまで自分を助けてくれる。

 困惑しているリヒトに、思わず吹き出し笑い出すもう一人の男。

「はははっ。リヒト様にとっては大した事ではないかも知れませぬが、我等にとっては充分な理由なのです。拾って頂いたこの命、リヒト様の為にならいくらでも賭けますぞ」 

 高らかに笑った後、真剣な表情で敬礼をし、

「生き延びて下さい、リヒト様。御武運を」

 馬の尻を叩き、キエトへと続く道へと走らせる。驚き思わず手綱を掴む。

「俺はまだっ」

 馬を止めよう手綱を引こうとする前に、

「止まるな! 走れ! 生きてもう一度会いましょう!」

 止まれなかった。背中を押す力強い声が前へと進ませる。振り返る事も出来ず、手綱を握り締め、ただ前へと走る。

 助けてくれた礼も、別れの挨拶も出来ぬまま歯を食いしばり、ただ前へと。



「……行ったな」

「嗚呼」

 残った2人は馬に乗り、別々の道の前に立つ。

 リヒトの処刑が行われて数日。直ぐに影武者だとバレ、追っ手が来るだろうと思っていたがその気配もない。

 その理由は執行人にあった。公開処刑までしておいて、実は別人だったと言える訳もなく。上層部にバレれば自分の首が飛ぶ事を恐れ、執行人はボニトの遺体を直ぐさま焼いたのだ。判別出来ぬよう、灰になるまで。

 大臣はリヒトの死を確認する事が出来なかった事に怒りはしたものの、深く追求する事はなく、リヒトは死んだものとされた。その為、表立っての追っ手は来なかったのだ。

「用心に越した事はない。ほとぼりが冷めるまでは何処かで身を隠した方がいいだろう。固まって動くより、バラけた方が撹乱させられるしな」

 リヒトを山へと向かわせ、自分達は囮にになる為に旅のしやすい方へ。1人は街へ、もう1人は森へと逃げる。

 街に行けば当然見付かる可能性が高いが、人を隠すなら人込みの中。囮になりはするが、そう簡単に見付かる訳にはいかない。大人しくしていれば、直ぐには見付からないだろうと考えたのだ。

「御前は本当にそっちでいいのか?」

 森には魔物が出やすい。魔物と追っ手の両方に警戒しなければならないし、危険も高くなる。それはリヒトにも言える事だが。

「構わぬ。馬車での旅続きで身体が鈍っていた所だ。丁度良い運動になる」

 首を鳴らし大きく背を伸ばす。元は討伐部隊の兵士。窮屈な旅にストレスが溜まっていたのだろう。魔物との戦いに意気込む。

 2人はもう一度リヒトが走った道を見る。国を裏切る事に後悔はしていない。反逆者と罵られようが、自分が助けたい、力になりたいと思って動いたのだから。

 ただ不安な事はある。旅の間、リヒトは生きようという意思がなかった。そんなリヒトが、山を越えられるか不安になるのは当たり前で。

 当然山にも魔物が出る。リヒトは剣の腕も一流だが、魔法の腕も確かだ。だが本人に生きる意思がなければ意味がない。

「大丈夫だ。あの御方は強い方だ。今は沈んでいようとも、必ず光を取り戻すだろう」

「リヒト様の事は心配しておらぬ。我等より強い方なのだから。心配なのは御主の方だ。追っ手なんぞに殺されんようにな」

「ふん、抜かせ。貴様も魔物の餌にならないようにな」

 顔を見合わせ笑い合い、互いの拳を合わせる。

「生きて、もう一度出会えた時は共に酒を飲み明かそうぞ」

「その時はリヒト様も一緒にな」

 拳を軽く小突き合わせ、別々の道へと馬を走らせる。

『もう一度』

 その確率が低い事は自分達がよく解っている。城からの追っ手により死ぬかもしれない。賞金に賭けられ冒険者に殺されるかもしれない。腕に自信はあるが、逃げ切れるとは思っていなかった。

 ただリヒトが逃げ延びられるだけの時間稼ぎになればいい。願わくば、もう一度会えたらと、微かな希望を抱いて、彼等は孤独な旅へと走るのだった。




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