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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第五章 俺と葉加瀬君麻呂が共同戦線を組む事について。
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つ『軽薄な態度は幸福に関わるか』 前編

 結局、君麻呂をカレーパーティーに引き入れる事になり、そのまま奇妙な四人での企画会議とやらは始まった。

 姉さんは特に君麻呂に対して悪印象を持っていないようだったが、瑠璃の君麻呂への苦手意識は結構頓着で、君麻呂の顔を見た瞬間、瑠璃はげんなりとした様子で表情を曇らせた。

 俺だって、この平和な空間に波乱の原因となるような男を連れて来たくはなかったさ。

 なんだか知らないが、今日一日がやたらと長く感じる。

 君麻呂はカレーを見るなり、何かに気付いた様子で肩に掛けている鞄を漁った。


「あ、これ土産。パクチー」

「……土産? どこか旅行にでも行ったの?」

「いや? 人様の家に上がるんだったら、土産が必要だろ。ピータンと迷ったんだけど、カレーならパクチーで良かったな!」

「気持ちは分かるけど、どうしてそんなに人を選ぶ食べ物なんだよ」


 俺や姉さんが食べられなかったらどうするんだよ、パクチー。それ以前に俺の家に上がる前提でここに来ていたのかよ。

 目の前の騒がしい男は瑠璃の隣に座り――あ、瑠璃が引いてる。すごく引いているが、特に君麻呂は気にする様子もない。


「おお、瑠璃ちゃん。来てたんだな」

「あ……うん。ちょっと、ね」


 瑠璃は椅子を若干君麻呂から離していた。最早、生理的に受け付けないレベルと化しているらしい。……まあ何ていうか、言動や行動に難があり過ぎるんだよ、こいつは。

 俺は君麻呂の分のカレーを差し出した。


「え、純が作ったの? すげえじゃん!」

「……ああ、ありがとう」

「コンソメパンチ味? それともビネガーソルト?」

「お前にはこれがポテトチップスに見えておいでか」


 いつも思うけど、真顔でそういう事を言われると反応に困るんだよ。君麻呂は相変わらず猫背で、椅子に座る瞬間までポケットから手を離さない。

 ……行儀が悪いぞ。


「葉加瀬くんは、今日はどうしてここに?」


 姉さんが落ち着いて、まともな質問をした。君麻呂は急に劇画チックな表情を演じ、テーブルに両手を組んで顎を乗せた。……提督か。それとも舞台監督か。

 どちらにしても役者ではない。


「――重要かつ、緊急な任務がある」


 多分、重要かつ緊急な任務ではないんだろうなあ……。俺はカレーを頬張りながら、明後日の方向を見詰めた。瑠璃は既に、居ないものと扱う事に決めたらしい。

 姉さんだけが、きょとんとした顔で君麻呂の話を聞いている状態だ。


「二階堂レイラと、すぐに付き合う必要がある。いや、俺は落とさなければならない」


 重要かつ緊急な任務らしさの欠片もなかった。


「……何でそんなにレイラに拘るんだよ。合宿で思い知ったろ。そろそろ諦めろ」


 俺としては、姉さん以外の人と付き合う必要はあるが、かと言ってレイラと付き合う訳にも行かないので、君麻呂が奪ってくれるならそれは有難い事ではあるのだが。

 いや、嫌いではないんだけど。合宿の一件以来、レイラには他にも姉さんの暴走を呼ぶモノを持っているような気がしてならないのだ。本当に姉さんが暴走する理由が『赤い薔薇の香り』なのかという事もあるし、リスクは避けたい。

 レイラと付き合っている未来も、正直あんまり見えてこないしな。


「それは、レイラがお嬢様だからだ」

「……お嬢様なら誰でも良いのか?」

「いや、ドリルが重要だ」


 さっぱり価値観に付いて行けないよ、姉さん。

 ふと姉さんを見ると、何やら真剣な顔をして君麻呂の言葉に頷いていた。


「――愛は、速度ね」

「流石お姉さん。分かっていらっしゃる」


 いや、意味が分からないよ。何を通じ合ったんだ、今。

 君麻呂が姉さんに敬語を使っているのも正直違和感が有り過ぎて辛いが。本当、何のために来たんだろう、こいつは。

 ドリルと速度の関係性もあんまり見えない。冷静に考察するような内容でもないけれど。


「純君、たくあんはどうですか?」

「……ああ、美味しいよ」

「ほんと? 良かった!」


 瑠璃が真っ向から話題を変えに掛かった。隣に居る君麻呂には見向きもせず、俺に向かって笑い掛ける。……ごめん、瑠璃。まさかこんな四人でカレーパーティーとは。

 越後谷や美濃部も呼んでおくべきだったか。いや、そもそも君麻呂が今日現れる事など予想していなかったのだが。


「そこでだ。もうすぐ、休み明けの試験があるだろう」

「……ああ、まあ、あるな」


 君麻呂はどこからか眼鏡を取り出し、掛けた。間辺慎太郎を思い出すので、俺としては止めて欲しいが。どうして眼鏡なんて持ってるんだよ。


「――俺様の全ての試験を、満点にする」


 ……また、何を言い出すのかと思えば。


「そうして、どうするんだよ」

「全てのテスト満点だぜ? イケメンだろ。二階堂も惚れること間違いなしだ」


 だから、それが何だというのだろうか。……毎度思うけど、こいつの作戦って目標に関する問題点の分析がひどく曖昧で、全く解決に向かわない作戦ばっかり立てるんだよな。

 総理大臣になりたい、じゃあ偉くなろう、みたいな。本人は本気で出来ると思っているのかもしれないけれど、正直どうかと思う。

 やる気あるのかと問いたくなるレベルだ。


「頑張るのは良い事だけど、葉加瀬くん。今のあなたは、成績優秀なの?」

「何を隠そう、俺くんは前回の試験で全ての科目、赤点を叩き出した男だ」


 どうしてちょっと得意気なのか、甚だ疑問だが。


「じゃあ、どうするんだよ」

「――俺ちゃんには、お前達が居るだろう?」


 瑠璃が珍しく、君麻呂を殴った。予想外の所からツッコミが入り、君麻呂が目を白黒させて瑠璃を見た。水を飲みながら、すました顔で目を閉じている。

 まあ、自分の試験は自分で頑張れ、とも言うな。流石学級委員長。

 君麻呂は瑠璃の手を握った。反射的に瑠璃が痙攣して、青ざめた顔で身体を硬直させた。


「っだよー!! 手伝ってくれよ瑠璃ちゃーん!! 学級委員長だろォー!?」

「……おい、もうその辺にしといてやれ。瑠璃が限界だ」


 君麻呂は立ち上がり、……カレーをもぐもぐしながら言う。


「んっだよ!! だったらもういいよ!! 俺様は俺様のやり方で、二階堂レイラを振り向かせてみせるぜ!!」


 ……最初から、そうしろよ。

 君麻呂は怒り心頭といった様子で、家を出て行った。……何だったんだよ、今のやり取りは。

 カレーも結局、残ってるし……



 ◆



 九月十日。月曜日。

 合宿が終わってからというもの、君麻呂のキャラクターは完全に影を潜めていたので、夏休みが明けて暫くしてからは俺も特に気にすることなく、平和な時間を過ごしていた。

 俺の周りの環境といえば、レイラが新たにレギュラーとして追加されたくらいで、何が変わることもない。

 ドラマのレギュラーにはなっていないのに、毎日来るのでグループとしてレギュラー化してしまったのだ。

 放課後はいつも通り、ドラマの撮影のために俺は空き教室へと向かう。学園祭までの期間限定使用ということで、瑠璃が先生に許可を貰ったらしい。

 教室の扉を開くと、既にそこには皆がいた。


「あ、純君来たよ。おつかれー」

「瑠璃、お疲れ。今日は俺と越後谷のシーンだっけ?」

「おー。そうだ」


 間延びした声で、越後谷が本を捲りながらこちらも見ずに言う。俺は越後谷に近付いた。


「……何見てんの?」

「いや、ちょっとな」


 俺が本の内容を見る前に、越後谷は本を閉じてしまった。俺の顔をようやく確認すると、穏やかな笑みを浮かべる。

 最近は越後谷とも打ち解けてきた感じがする。相変わらず何を考えているのかは、さっぱり分からないが……

 俺が入ってきた扉が再度開いた。振り返ると、紅いリボンの娘が教室の中を確認している。


「おはよう、美濃部」

「……おはよー」


 最近どうも、美濃部の様子がおかしい。

 話し掛けてもどこか元気が無い様子だし、あまり俺と接触しない。何となく気まずくなって、いつも俺の方から会話を避けてしまうようになった。

 美濃部が何を考えているのかも良く分からないし、触らぬ神になんとやら、というやつだ。

 合宿の一件以来、ということで、美濃部の中に何が起こっているのか予想できない事もないのだが――……美濃部の様子を見て、今度は瑠璃が難しい顔をした。

 この二人の問題は、根が深そうだ。

 瑠璃が美濃部に手を振り、近寄った。


「りっちゃん、今日はりっちゃんのシーンもあるから、よろしくね」

「あ、うん。わかった」


 会話が続かないとは、こういう事を言うんだろう。瑠璃は言葉を失い、ぎこちない笑みで美濃部に頷いた。

 姉さんはまだ、到着していないようだ。そして――


「レイラ。何もすること無いのに、どうして毎日ここに居るんだ?」

「どうしてもこうしても、わたくしが居ないと始まりませんわ」

「いや、お前キャストでも何でもないだろ」

「ジュンに会いに来てますわ!」


 言いながら、俺に寄ってくるレイラ。最近、姉さんも外ではみだりに俺に寄って来ないので、実質レイラのポジションとなってしまった。

 杏月との衝突が無くなったせいだろうが。

 ぎゅ、と身体を寄せる。ああ、無い胸が……


「ちょっと、外に出て来るね」


 俺の横を擦り抜けて、美濃部が廊下へと出る。目を合わせる事もなく、扉は閉められた。

 …………あっ。

 瑠璃が不安そうな眼差しで、美濃部の出て行った扉を見る。……大方、俺と瑠璃が急接近、というところに不満を感じているのか、あるいは裏切られたと感じているのか――……それは分からないが、あんまり良い状態でも無さそうだ。

 なんというか、こんな状態で上手くやれるのかという問題はありそうだが。


「……あー。俺もちょっと、出て来るわ。まだ時間あるだろ」


 ふと越後谷が本を教室の机に投げ、首を回しながら言った。

 瑠璃の後ろから肩を叩く。ついでに、俺の方も見ていた。


「瑠璃、気負うな。俺に任せろ。……穂苅、『あれ』を頼む」


 合宿の後から、越後谷は柔らかい笑みを見せるようになっていた。

 こうして見ると、非常に頼りになるイケメンだ。背が高いし……俺は越後谷を眺めて、そして……

 ……あれ?

 そういえば、越後谷の視線ってこんなに低かったか……? 俺、知らずのうちに背が伸びているのかもしれないな。

 越後谷は教室を出て行った。おそらく、美濃部にフォローしてくれているのだろう。

 助かるな、こういう気遣いは。瑠璃も嬉しそうにしていた。


「おつかれー」

「お疲れ様、純くんっ」


 姉さんと杏月も登場。これで全員揃った、といった所だろうか。姉さんは俺の隣にレイラが居ることに気付くと、唇を尖らせた。

 あれから薔薇の香りの混ざった香水を付けてくる人間が居なくなったのか、俺の人生は比較的安定している。そろそろ合宿から一ヶ月。女の子と話しても姉さんに変化はないし、平和なままだ。

 時折姉さんが見せる風邪のような熱については気になる所だが、常に起こっている訳ではない。

 ようやく俺も、意識して恋人を作ることが出来る段階に入ったのではないだろうか。


「……あれ? みんなは?」

「越後谷と美濃部は外に出てる。……あ」


 君麻呂が居ないじゃないか。何が全員揃っただよ、俺。あまりの面倒臭さに意識から外れていただろうか。

 ……仕方ない。探したくはないが、あいつも一応メンバーの一人である。俺はレイラの手を離し、扉に向かった。


「ちょっと、君麻呂を探して来るよ。戻って来たら始めよう」

「ええ!? いらなくない!?」


 杏月の言葉に、瑠璃とレイラも同調する。……女子からの人気は絶大に無かった。確かにキモ面白い顔が得意なのと生理的に受け付けない対応がアレだが、一応悪い奴では……

 あれ、どうなんだろう。そういえば俺、君麻呂の事は面倒な男、という認識だから他の事を何も知らなかった。花言葉に詳しいということを知っている程度だ。


「……まあ、そう言うなよ。探して来るよ」


 流石に、放置は酷いだろう。

 廊下に出ると、居心地悪そうに縮こまっていたケーキが顔を出した。ケーキがシャツの隙間から首を出すという目的のためだけに、俺はネクタイを緩めて第一ボタンを外している。


「純さん、窒息しそうです。もう少し、どうにかしてください」

「頭の上は?」

「なんか最近、落ちるんですよー」


 何だか知らないが大きくなってるからな、お前。最初は肩に乗るレベルだったのに、今では肩に乗ろうものなら視界の妨げになって仕方ない。

 懐に入っていても、赤子を抱えているような気分なのに。

 ケーキの変化の中に、もしかしたら危機が迫っているのかもしれないと思うと不安だが――今のところはケーキも元気そうなので、気にしない事にしている。


「あっはっは!! 全然身長伸びてねーなあ!!」

「……ん?」


 B組の教室に向かうと、何やら話し声が聞こえてきていた。……でも、これは、なんだ。

 愉快に話をしていると言うよりは、嘲笑に近い何かがあるような……

 ケーキがその声に、少しだけ身体を硬直させる。俺も疑問に思い、少し慎重に近付いた。


「懐かしいじゃねーかオイ、元気してたかよ!!」

「……はは、そうだな」


 俺は壁を背にして、B組の教室をそっと覗き込んだ。


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