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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『飲み干した苦渋を災い転じて福となすか』 後編

「……穂苅君?」


 俺は空き教室の扉を掴んだ。ガラガラと無機質な音がして、教室の扉は開く。

 青木さんが無垢な瞳で、俺に付いて来て――まずいな。青木さんがここに居るというのは……まあ、いいか。青木さんも被害者だった訳だからな。

 俺は振り返り、青木さんに言った。


「見付かるかもしれないよ、青木さんの下着泥棒の犯人」

「……えっ?」

「あれ、純?」


 ……なんか、どこからか聞き覚えのある声が。

 ふと見ると、杏月が携帯電話を構え、女子更衣室を偵察できる出入口の扉の影に隠れていた。

 ……いつの間に。


「お前、ほんと忍者みたいだな……」

「さっき、道中で下関さんが携帯を開いたの、見たんだ。ああ携帯持ってるんだーって思ったんだけど、ピンときたよ。そろそろ上がってくるんじゃないかな」


 勘の宜しい事で。下関はさっき、手を上げて先生に何かを話していたよ。

 そして、俺の予想が正しければ、そのまま女子更衣室に来る――

 ――足音。

 俺は杏月と青木さんに、人差し指を立てて『静かに』の合図をした。出入口の鍵を掛けて、その影に隠れる。

 足音はやがて大きくなり、至近距離まで迫ってくる。杏月が出入口の窓から、対象人物の様子を窺っていた。

 ドアノブの音。

 俺は杏月に目配せをした。杏月は携帯電話を窓越しに構え、俺に向かって右手を出すと、親指を真上に立てた。

 ――ビンゴか!


「ねえ、ほか……」


 俺は青木さんの口を左手で塞ぎ、首を振った。不安そうに、青木さんは俯いた。

 再び、扉の開く音が聞こえる。俺は意識を廊下に集中した。

 足音は――明らかに、グラウンドには向かっていない。ということは、忘れ物をした訳ではないって事だ。まあ、当たり前なのだが。

 杏月はある程度遠ざかった事を確認して、背を屈めた。小声で俺に囁く。


「ねえ、現場をおさえる? どうする?」

「いや、泳がせておこう。今は仕掛けられても良い。ただ、動画だけは撮って欲しい」


 杏月は悪戯っぽく笑った。


「まっかせー!」


 そう、今この場では、間辺に『うまくいった』と思わせたい。その裏で、証拠だけは撮っておきたいのだ。

 朝の下着が無くなったとしても、間辺は昼休みに俺の所に来るだろう。今日仕掛けなければ、あいつは海外に行くんだろうからな。

 海外に美濃部を連れて行きたい筈だ。

 空き教室を出て、下関を追い掛ける。俺の教室に入って行く事を確認し、俺達は廊下へ。

 おお、明らかに俺の鞄を探している。位置を間違えれば、大変だろうからなー……よし、ちゃんと入れているな。俺達は、近くの手洗いに避難した。

 下関は再び、廊下へ。

 携帯電話を、操作しているな。メールか……? あれは、メールだろ。誰にメールしてるんだ?

 ――もしかして、間辺か?

 下関が階段を降りてから、俺はグラウンドが見える窓まで走った。

 間辺は――おお、見ている!! 携帯電話を見ている!!

 これは、もらったんじゃないか……!!



 一応、青木さんも怪我をしていたので保健室で手当をして貰った。体裁上も保健室に行かなければまずかったということもある。青木さんは俺が何をしているのか気になっているようだったが、特に何も言わなかった。出来事が一段落するまで様子を見ている、といった所だろうか。

 合同体育が終わると、俺は一足先に席へと戻った。男子が着替え終わる頃に、青木さんを始めとする、女子が教室に入って来る。

 美濃部の姿は、やはりない。そろそろ、カウントダウンか。

 ……なんか、相変わらず青木さんの様子がおかしい。ヒョコヒョコと小鳥のように歩きながら、俺の前に来た。


「……青木さん?」

「えっ?」

「大丈夫……? 今度はどうしたの?」


 青木さんは俺の耳元に顔を近付け――なんか今日、ものすごく近いな。事情は分かっているが、ついドキドキしてしまう。

 姉さんと似たようなオーラというのか、青木さんはそういうフェロモンのようなものを発しているからな……。


「じ、実は、使い物にならなくなっちゃったブルマを、さっき脱いで……」


 いやそんな報告はしなくていいから!!

 ……まあでも、これは気付かなかった俺も俺だ。少し申し訳なく思いつつ、すぐに姉さんにコールした。一度も呼び出し音は鳴ることなく姉さんに繋がった。見ると、もう並木道まで差し掛かっている。


『あ、純くん? どうしたの?』

「ごめん、姉さんにちょっと折り入って相談があるんだけど、青木さんのことで」

『え? 青木――』


 言い終わる前に、俺は青木さんに携帯電話を渡した。

 青木さんが慌てて窓から顔を出すのを横目で見届けて、俺は腕を組んで奴を待つ。

 更衣室から盗んで仕掛ける所まで上手く行ったなら、放っておけば原因不明の事故で犯人探しされる可能性もあるからな。間辺は、俺の所に来て事件の犯人に仕立て上げるしかなくなる。

 まだ間辺は、誰が俺の机から間辺の机に青木さんの下着を移動させたのか、それさえ知らないのだから。

 ――笑みが漏れる。

 今度は、こっちのペースだ。

 程なくして、奴は現れた。出入口の扉を開くと、俺に向かって歩いて来る。

 青木さんも、通話を終えたようだ。


「失礼。君が穂苅純君かな?」

「ああ、俺ですけど」


 俺の態度に、間辺は眉をひそめた。おお、焦ってる焦ってる。周囲のクラスメイトの注目も集まって来た。

 さあ、言えよ。


「僕は、C組の学級委員長。間辺慎太郎だ。時に、穂苅純君。君に聞きたい事が」


 間辺は眼鏡の位置を直し、どうにか気を取り直したようだった。俺は不敵な笑みを浮かべ、そのままの体勢で答えた。


「何でしょう?」


 目を白黒させている。どうして俺がこんな態度なのか、必死で頭を回転させているに違いない。


「……さ、昨今、体育の時間を狙って、女生徒の服を盗む事件が相次いでいるようだが――……、知っているかい?」


 扉の向こうて手を振る妹の存在に気付いた。杏月、ナイスタイミングだ。その手には、しっかりと携帯電話が握り締められている。

 俺は鞄を取ると、美濃部に手招きをした。美濃部は怪訝な顔で、俺に近付いてくる。

 鞄を開くと、俺は美濃部に『入れられていたスカート』を返した。クラスメイトが俺の行動にざわつくが、ひとまずはこれで良いだろう。

 俺が全く動揺していないからか、間辺の方が逆に焦りの色を隠せないようだった。


「事件については、俺は知りませんでしたけど――さっきの合同体育で、そこの下関さん? 下関さん、でしたかね。彼女が女子更衣室からスカートを盗んだのは、見ましたよ」


 指名され、下関と呼ばれた釣り目の女は挙動不審になった。間辺が下関を睨む。おお、やれやれ。先に言われてしまっては、決められた台詞は口にできまい。


「そ、それは、穂苅、あんたに頼まれて――」

「終わってから、メールをした」


 杏月が俺の下に駆け寄り、携帯電話を開いて間辺に見せ付けた。そこには、A組の教室から出る下関が携帯電話を操作している後姿が映っている。

 間辺と下関は、驚愕に目を丸くした。


「俺に罪を擦り付けるために、俺の鞄にスカートを仕込んだ。その後、終わってからメールをした。……誰にメールしたんだ? ちなみに俺は、この通り受け取ってない。犯人は俺じゃない」


 俺は携帯電話のメッセージボックスを開き、周囲と間辺に見えるように公開した。どうせメールボックスの中身は八割方姉さんだ、隠す必要もない。

 覚えちゃいないだろうが、前回はよくも俺をコケにしてくれたな。今度は俺の番だぜ。

 間辺は乾いた笑みを浮かべて、再び眼鏡を直した。……よくずれる眼鏡だな。


「……そ、そうか。まあ、君じゃないなら良いんだ。僕はちょっと、他を当たってみるよ」


 背を向けて、歩き出す。

 俺は一歩前に出て、ポケットに手を突っ込んだまま、


「待てよ」


 そう、言った。

 杏月が何かに気付き、走って教室を出て行った。……まあ、杏月は泳がせていると便利なので放っておこう。


「今、真っ先に俺に声を掛けてきた理由。俺を疑ったんじゃなくて、俺を犯人に仕立て上げるためにここに来たんだろう? さっきの通り、下関さんは用事が済んだ後、メールを送っている。見せろよ、お前の携帯電話」

「……何で僕が、そんな事を」

「間辺、お前が俺を疑ったように、俺もお前を疑っているんだ。どうして、美濃部のスカートが隠された場所が、俺の鞄の中だと思った? 推理して探し当てたようには見えなかったな。――お前は始めから、場所を知っていたんじゃないのか?」

「んなっ!? 僕が、そんな事をするわけが――」

「ちなみにな、最近青木さんの下着が盗まれているらしいんだが」


 俺は間辺に、人差し指を突き付けた。間辺は眉根を寄せて、有り得ないと言ったような顔で俺の事を見ている。

 ――その借り。


「今、お前が持っているなんてことは、ないよな?」


 そっくりそのまま、返すぞ。


「はい、鞄持ってきたよー」


 杏月が戻って来た。……間辺の鞄を持って。会話を先読みしたのか。本当、すごい奴だと思う。しかも、さり気なく間辺の近くの机に置いたあれは――……

 ……マイク?

 俺は間辺の鞄を開き、青木さんの下着を取り出した。

 A組が騒ぎに満ちる。青木さんに返すと、青木さんはそれを握り締め――わなわなと震えて、間辺を睨んだ。

 その様子に、間辺が怯む。


「なっ……そ、そんなわけ……どうしてお前……」

「ついでに言うとお前、自分がこれから海外に行くのに、美濃部を連れて行こうとしてただろ。でも、美濃部はドラマの制作に付き合いたかったから、学園に残ろうとした。お前はそのドラマ制作をぶち壊すために、俺に罠を仕掛けた。これが動機だ」

「ぬ、濡れ衣だ!! 僕は絶対、そんな事はしない!!」


 間辺が俺の胸倉を掴んだ。……だったら、どうして俺に殴り掛かるんだよ。


「よくも……よくもこの僕に罪を擦り付けようとしてくれたな!! ただでは済まさんぞ!!」


 間辺は拳を振り被った。……俺は、何もしない。

 ちなみに、遠くから恐ろしいスピードで近付いてくる足音に気が付いたからだ。

 次の瞬間。



「――――私の純くんに手を出すなあああああ!!」



 俺の胸倉を掴んでいる間辺に両膝が食い込んだかと思うと、その反動で間辺が机を二、三個程滑り、窓枠に後頭部をぶつけていた。

 今の今まで、俺の胸倉を掴んでいた筈なんだが……。どうしてこうなった。

 思わず、間辺を見詰めてしまった。


「お待たせ、青木さん!」


 ……おや、何か落ちたぞ。姉さんはデパートの袋を片手に、清々しい顔でようやく自分が蹴り飛ばした人物を見て――直後、目を丸くした。


「……あれ? 誰……?」

「姉さん、やり過ぎ。やり過ぎ。今のは死ぬ、っていうか死んだんじゃないか……」


 杏月が間辺の落ちた何かに走り……あ、携帯電話か。開くと、何かを素早く操作して――……あ、メールボックスだ。他のクラスメイトに見せ付けている。


「わー、見てみて。『約束通り金は払って貰う』だってー。怖いねー」


 先程まで机の上に置かれていたマイクは、気が付けば杏月が回収している。中継してるつもりなのか。グラウンドの生徒達が、謎の放送に学園を見ていた。

 写真を撮る事も忘れない……えぐいな。

 間辺が起き上がり、俺を憤怒の形相で見詰めた。今更、何が引っ繰り返る事もないと思うが。下関とかいう奴は……あ、逃げたらしい。既に教室には居なかった。


「穂苅純……!! ハハ、これで僕に勝ったつもりか!! 僕の父様の権力で、お前の未来をズタボロにしてやるからな!!」

「うんうん、それでー?」


 杏月、そんなにマイクを近付けなくても。


「青木瑠璃!! お前は入学当初から気に入らなかった!! 僕の立花に手を出しやがって……お前も巻き添えだ!!」

「はい、それでー?」

「うるさいお前っ……!! ……なんだこれは」


 ……あ、ようやく杏月のマイクの存在に気付いたらしい。


「……えっ? えっ、このマイクって……何!? おい、穂苅杏月!! このマイクはなんだ!!」

「何って……マイクだヨ?」

「そういう意味じゃな――」


 いつかは俺を呼び出した生徒指導室の先生が、物凄い顔で教室に入って来た。


「間辺慎太郎お――――!!」

「ほあああああああああっ!!」


 ……ご愁傷様。



 ◆



 結局、間辺は悪意を持って事件を起こした張本人だと判明したため、ほぼ退学処分になったらしい。海外に行ってどうなるかは分からないが、まあ間辺慎太郎との接点も金輪際無いだろうし、俺にとってはめでたく一件落着というわけだ。

 その日の放課後の事だが、前回は間辺と話していた美濃部から、屋上に呼び出しを受けた。当の間辺は既に学園には居なかったので、この未来の変化も当然と言えば当然なのだが。


「……穂苅君」


 前回、事件があった後で告白を受けていた俺は、それはもう嬉々とした足取りで屋上へ向かった。きっと告白されるのだろう。これで神様とのゴタゴタも全て落ち着いて、晴れて姉さんとも本当の家族になれるのではないかと期待をした。


「何、美濃部」

「……あ、あ、あの、すごく、言い難い、事、なんだけど」

「ああ、良いよ。……待ってるから、教えてくれ」

「……あ、あり、がとう。……あの、……あのね」


 期待をしたのだが。


「穂苅君と、……瑠璃って、付き合ってるの?」


 告白を受ける気満々だった俺は、その場に暫くフリーズして、


「…………は?」


 直後、ぼやいた。

 美濃部がなんとも悲しそうな顔をして言うので、俺は一体何を聞かれたのかと。

 美濃部の言葉を何度も頭の中に留めようとして、あまりにそれが予想外過ぎる一言だったため、完全に思考はアウェーになってしまった。


「だって、今日一日、すっごく近くにいて……」

「あ、ああ!! あああ、あれは、美濃部の言う通りに青木さんがブルマしかはいてなかったから、ちょっと協力しててね? それだけだから」

「……ほんと?」

「ほんと、ほんと」


 美濃部は怪訝な顔をして俺を見ていたが、俺の弁明が真実であると知るや、満面の笑みで呟いたのだ。


「……そっか。良かった」


 美濃部はそのまま屋上を出て行こうとしたので、


「美濃部!?」


 俺は思わず引き止めて、引き止めた体勢のままで聞いてしまった。


「……それだけ?」

「え? うん」


 美濃部は少し考えていたが、屋上の扉を半開きにした状態のまま、俺に向かって振り返ると、こう言ったのだ。


「また明日ね!」


 何しろその笑顔には戸惑いの欠片も無かったので、俺は拍子抜けしてしまい、


「シスコン!」


 なんかもう、無理に今日聞かなくてもいいやあ、なんて甘い事を考えた。

 とりあえず、美濃部の海外行きは阻止出来たわけだし。急がば回れというのか、卒業まではまだまだ余裕がある。少しずつ姉さんと杏月との間で立ち位置も見付け始めている訳だし、これはこれで進歩なのかもしれない、なんて。

 そんな事を考えた。

 二度目の、通算では五回目の人生による、六月十八日の夕方は、梅雨だというのに夕日が見えていて、

 少し、綺麗だった。



ここまでの読了ありがとうございます。第二章はここまでとなります。

少しずつ物語が展開して、ようやく少しばかり形を見せて来ました。

肌に合うようなら、もう少しばかりお付き合い頂ければ幸甚です。


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