第6話「未来に幸福の花が咲いていますように」
「あの、シスカさん……これは一体……」
「フレイルさんとグライヴさんに、借りを作りたくなかったの」
「え、え?」
ルーテを抱き締めながら、彼女の背をそっと撫でていく。
ルーテは私の腕の中で顔を埋めてしまって、あんなにも勇猛果敢な戦いをしていた少女だとは思えないほどの弱さが彼女にあった。
「世の中、タダほど怖いものはないから」
シスカさんは冗談を言うような表情ではなく、真摯な瞳を私に向けてくる。
「陽の専門職社を軌道に乗せたら、宿代も食事代もいらないって」
「軌道に乗せるって……」
「私が、不甲斐ないから……」
ゆっくりとルーテの顔が上へと向き始める。
そして、久しぶりに私はルーテの瞳と再会する。
「陽の専門職社代表、ルーテ・フランシア」
青い空が橙色へと変わる時刻へと突入した。
木々の枝で覆われて、空の色を確認することすらできなかった森の中に、柔らかな夕陽が差し込んでくる。
「陽の専門職社にまつわる噂から……メンバーを守るために……ここで、独りで暮らしてたの……」
三人で空の色を眺めたいと願った瞬間、甲冑の音が森の中へと広がった。
「あ……」
雷の精霊さんは甲冑の音を好まないらしく、自ら精霊石の中へと戻ってしまった。
音が近づいてくることで、音の正体が衛兵だということに私たちは気づく。
「お疲れ様~」
衛兵たちの後ろから登場したのは、私たちが転移したときにお世話になったフレイルさんとグライヴさんだった。
整然と姿を現し、衛兵たちに場の収束を指示していく。
「陽の専門職社が作る作物の流通をお願いしたかったんだけど、手配書のモンスターまで討伐しちゃうなんてね」
フレイルさんはにっこりとした笑みを浮かべて、もう何も心配することはないと表情だけで私たちに安心感を与えてくれる。
「宿代と食事代だけじゃ、足りないくらいの活躍よ」
倒れたモンスターの巨体と、意識を失っている男は衛兵たちの手によって運搬されていった。
「じゃあ、あとは任せますよ」
「うん、後処理をお願い」
グライヴさんは私たちに一礼すると、森から撤収しようとする衛兵たちへと続いていった。
「ルーテ、人の手を借りることの大切さに気づいてくれたかしら?」
「私は……独りでも……陽の専門職社を……」
「無理する必要なんて、どこにもないの」
ルーテを抱き締める役割が私から、フレイルさんへと代わる。
「頼りなさい、みんなはまだ若いんだから」
フレイルさんの声を耳にするだけで、心の中の安堵の気持ちが大きくなっていくのが分かる。
「っ、ルーテが戦う姿も、シスカさんが挑む姿勢も、すごくかっこよかったです!」
大きな声を出す。
その、大きな声を出すという過程に涙腺が緩むのを感じる。
「カレットも……かっこよかった」
前髪に、そっと触れてくる何かがあった。
「ふふっ、シスカさんになでなでされてます」
「カレットが、泣きませんようにって」
シスカさんが私の頭を撫でていると気づくと、自分の体温が上昇していくのを感じた。
(シスカさんの優しさが、本当にうれしい……)
人は助け合って生きていくものだって教えてくれるけれど、私は助けられてばかりの人間だと思い込んでいた。
助け合うことの難しさを知っていたからこそ、涙を溢れさせてしまいそうになるくらい込み上げてくる感情がある。
「フレイルさん……」
「うん」
「私、シスカさんとルーテが困っていたら、二人を助けられる人間になりたいです」
体を流れていく血液が、温かくなっていくのを感じる。
こういうのを、心がぽかぽかするって表現するのだと学ぶ。
「私も、旅をできるだけの強さを身に着けたいです」
「シスカさんの夢も、とても素敵です」
文章でしか見かけたことのない表現を、現実の世界で体感していく。
不思議な感覚だけど、すべての経験が私たちの未来に繋がっていく予感がする。
「ルーテは、どうですか」
「私……」
フレイルさんの腕の中から抜け出し、ルーテは視線をさ迷わせる。
誰とも交わらない視線の先に、ルーテにとっての幸福ある未来が待っていてほしいと願わずにはいられない。
「ずっと陽の専門職社のメンバーは、ルーテのことを心配してたのよ」
「それは、私が無力だから……」
「違いますよ、ルーテ」
人間になったばかりの頃は、大きな声を出すことが恥ずかしかった。
慣れない声は、喉に痛みを与えてくる。
そんなときを経験したことがあるからこそ、自分の声で気持ちを伝えることの大切さを知った。
「ルーテが助けてって声をかけてくれるのを、みなさんは待っていたのではないでしょうか」
陽の専門職社に何があったかは分からない。
でも、ルーテは自分を取り巻く風評被害で、誰かに迷惑をかけたくなかったという気持ちだけは伝わってくる。
「だって、ルーテは陽の専門職社の代表ですよ」
「代表が独りでやるって決めたら、周りは何も言えなくなる」
シスカさんが足りない言葉を添えてくれたおかげで、言葉がより強固な力を持っていくのを感じる。
「私のせいで……みんなが悪く言われるのは……耐えられないから……」
「その気持ち、陽の専門職社の人たちに伝えましたか?」
さ迷っていたルーテの視線が、ようやく私を見てくれた。
ルーテと視線が交わって、やっと彼女が驚いたような表情を浮かべているのが確認できた。
「ふふっ、その表情は、伝えてないってことですね」
「私たちは、人間。だから、言葉と言葉を交わし合わないと、気持ちは伝わらない」
「ルーテは独りで頑張りすぎちゃったってこと、自覚してもらえたかな?」
今度はフレイルさんが私たちの言葉に、別の言葉を添えてくれた。
一人一人の声が合わさって、もっともっと大きな声になって、それらはルーテが未来を生きる力になってくれると信じたい。




