第20話:大規模戦闘
鼓膜を破るような轟音が、ネオ・トーキョーの摩天楼を激しく揺らしていた。
空を覆う巨大な人工天蓋は、システムのエラーによって赤と黒の不気味なノイズ模様へと変貌を遂げている。
まるで都市全体が血の涙を流しているように、空は断続的に明滅を繰り返していた。
「――撃てェェェェッ!! システムの中枢に繋がるメインストリートを確保しろ!!」
桐生の、地を這うような怒号が響き渡る。
自由戦線の主力部隊数百名が、旧時代のアサルトライフルと改造デバイスから一斉に火線を放った。
迎え撃つのは、空を埋め尽くすほどの調整局の殺戮ドローン群。
そして、白い装甲服に身を包んだ防衛部隊が築く、鋼鉄の壁。
ズガガガガガガガッ!!
飛び交うパルスレーザーと実弾の雨。
爆発の閃光が、かつて「完璧な平和」を誇っていたメインストリートのショーウィンドウを次々と粉砕し、極彩色の破片が路上に降り注ぐ。
「リクトさん、右から三番目のビル! 狙撃部隊の波形を探知したわ!」
神崎ミナが、銀色の髪を激しい風にたなびかせながら叫んだ。
彼女の『ソニック共鳴』は、今や広域索敵レーダーとして機能している。
目を閉じ、大気の振動を拾うだけで、敵の伏兵の心拍数すらも正確に洗い出していた。
「オラァァァァッ!!」
白峰リクトが、装甲車ほどの大きさがあるコンクリートの瓦礫を、鋼鉄化した両腕で軽々と持ち上げた。
血管の浮き出た腕が銀色に輝き、凄まじい筋力が爆発する。
瓦礫は巨大な質量弾と化して、ビルの三階へと大砲のような速度で投げつけられた。
ドゴォォォォォンッ!!
爆煙と共に壁ごと狙撃部隊が吹き飛び、白銀の防衛陣形に、巨大な風穴が空く。
『――イレギュラーの制圧に失敗。防衛部隊、フォーメーションDへ移行。対象の共鳴中枢を直接破壊せよ』
街角のスピーカーから、レゾナンスAI・ガブリエルの、一切の抑揚を欠いた合成音声が降り注ぐ。
直後、前線のドローン群が波が引くように道を空けた。
その後ろから現れたのは、調整局の『特務殲滅部隊』。
彼らは、巨大な円筒状の共鳴増幅器をこちらへと水平に据えた。
「ちぃっ、あれは『指向性・精神破壊波』か! まともに食らえば脳が焼き切れるぞ!!」
桐生が義手の左腕を盾にしながら絶叫した。
レジスタンスたちが慌てて物陰に飛び込もうとするが、不可視の波形は逃げ場を許さない。
――だが。
「……させるかよ」
俺――朝霧レンは、一歩前に踏み出した。
右手を、迫り来る黒い銃口へと真っ直ぐに突き出す。
ズゥゥゥゥン……ッ!!
特務殲滅部隊の増幅器から、大気を激しく歪ませる凶悪な破壊波が放たれた。
触れるものすべてを内側から崩壊させる、高密度の否定波動。
しかし。
その波が俺たちの陣形を飲み込む、その寸前。
ピキィィィィンッ!!
俺の右手から放射状に展開された『銀色の光』が、その暴力的な波形を正面から受け止めた。
爆発は、起きない。
衝撃すら、存在しない。
銀色の光は、敵の破壊波の構造をコンマ一秒で読み取り、その「真逆の位相」を持ったノイズキャンセリングの波動となって、空間そのものを平坦に調律したのだ。
「な、波形が……消滅しただと!?」
特務殲滅部隊の隊員たちが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「今だ! 俺に続けェェェッ!!」
俺は地面を蹴り、銀色の光を纏ったまま敵のど真ん中へと突撃した。
「撃て! 奴を近づけるな!!」
隊員たちがパニックに陥りながら、共鳴デバイスを乱射してくる。
だが、そのすべてが俺の銀色の光に触れた瞬間、水面に落ちた雪のように音もなく無効化されていく。
システムの強制力で縛られた「嘘の波形」など、今の俺には、微かな風ほどの影響も与えられない。
「……目を覚ませ」
最前列にいた隊員たちの胸倉を掴み、銀色のノイズを至近距離から叩き込んだ。
ガシャァァァンッ!!
彼らが身につけていたシステム同期用のインカムが、過負荷でショートし、砕け散った。
「あ、あぁ……? 俺は、一体……何を……」
システムによる感情の統制を強制切断された彼らは、手にしていた重い武器を取り落とした。
そして、自分たちの手が誰かの返り血に塗れていることに気づき、ガタガタと震え始めた。
「お前たちは、もうシステムの奴隷じゃない。……自分の意志で、生きろ」
俺は彼らの横を通り抜け、さらに奥へと進む。
ただ倒し、殺戮して進むのではない。
システムに繋がれた見えない鎖を一つずつ断ち切りながら、俺たちは確実に、メインストリートを押し上げていた。
「すげえ……! 本当に、敵の戦意だけを削いで道をこじ開けやがった!」
「俺たちも続くぞ!! レンを守れ!!」
自由戦線の闘士たちの士気が、爆発的に跳ね上がる。
このまま一気に、都市の心臓部であるレゾナンス・タワーの根元まで到達できる。
誰もがそう確信した、その瞬間だった。
『――警告。防衛ラインの突破確率が八十パーセントを超過。……これより、最終物理防衛機構を起動します』
ガブリエルの声が、これまでとは違う、ひどく重く、腹に響くトーンで都市に響いた。
ズズズズズズズズ……ッ!!
メインストリートのさらに奥。
巨大な十字路の中央が、地鳴りと共に真っぷたつに割れ始めた。
「なんだ……!? 地下から何かが上がってくるぞ!」
リクトが身構える。
俺の右手の銀色の光が、かつてないほどの巨大な「圧」を感じて、激しくスパークした。
割れたアスファルトの底から姿を現したのは。
全長十メートルを超える、漆黒の多脚型巨大機動兵器。
「嘘でしょ……。あれ、『都市鎮圧用・重装甲ガーディアン』……! 調整局のデータベースにだって、設計図しか存在してなかったはずの化け物よ……!」
ミナが、絶望に顔を青ざめさせて叫んだ。
人間の心や波形など微塵も介在しない、純度百パーセントの殺戮機械。
圧倒的な質量と、数千の砲門を備えた鋼鉄の悪魔が、俺たちの行く手を完全に塞いだ。
「……AIの野郎、ついに本性を現しやがったな」
俺は、見上げるほど巨大な機動兵器を睨みつけ、銀色の光をさらに強く握りしめた。
ズゥゥゥゥン……ッ!!
漆黒の『重装甲ガーディアン』が、その巨大な脚を一段踏み出しただけで、周囲のビルが悲鳴を上げて軋んだ。
『――目標、イレギュラー群。殲滅モード、起動』
ガーディアンの頭部にある巨大な赤いモノアイが不気味に発光し、全身の至る所に備えられた砲門が、一斉に俺たちへと向きを固定した。
「散開しろォォッ!! まともに撃ち合うな!!」
桐生の怒号が飛ぶ。
ドガガガガガガガガガガガッ!!!
ガーディアンから放たれたレーザーと重機関砲の雨。
それは通りを「攻撃」するのではなく、文字通り「削り取って」いった。
先ほどまで遮蔽にしていたビルが豆腐のように崩れ落ち、アスファルトが爆発と共に天高く巻き上がる。
「くそっ、こいつはシステムに繋がれた人間じゃねえ! 感情も波形もねえ、ただの物理兵器だぞ!」
リクトが、鋼鉄化した両腕を交差させて巨大なコンクリートの破片を盾にしながら叫ぶ。
「レンの『銀色の光』は、相手の波形を読み取ってシステムをキャンセルする力だろ!? こんな鉄の塊に、どうやって通すんだよ!」
「……通すさ」
俺は、爆風の熱に耐えながら、右手に銀色の光を極限まで圧縮させていた。
「こいつだって、ガブリエルっていうシステムから『命令』を受けて動いてる。その受信コアを叩き切れば、ただの鉄クズだ!」
「言うのは簡単だけどな! あの分厚い装甲のどこにコアがあるのか、近づくことすら――」
「――私が見つけるわ!!」
リクトの言葉を遮り、ミナが『ソニック・エミッター』を天に掲げた。
キィィィィィィィィィィィン!!!
放たれた超高周波のソニック共鳴。
それが音波のレーダーとなってガーディアンの巨体を透過し、詳細な構造を炙り出す。
「……見えた! 胸部中央、赤いセンサーの真下よ! そこに膨大なエネルギーの収束点がある!」
「上等だ! 桐生さん、あいつの注意を引いてくれ!」
桐生は、凶悪な笑みを浮かべて残った右拳を天に掲げた。
「任せとけ! 野郎ども、ありったけの火力をあのデカブツの足元にブチ込めェェッ!!」
「「「おおおおおおおぉぉぉッ!!」」」
自由戦線の闘士たちが一斉に飛び出し、ガーディアンの多脚関節へ集中砲火を浴びせた。
ロケット弾の爆発が脚部を包み込み、巨大な機体が僅かにバランスを崩す。
『――警告。姿勢制御にエラー。……優先排除目標、自由戦線部隊へ変更』
ガーディアンの無数の砲門が、桐生たちへと向きを変えた。
「今だ、リクトさん!!」
「おうッ!! ぶっ飛べェェェ、レン!!」
リクトが鋼鉄の両腕を組み、即席の足場を作った。
俺はそこへ全力で飛び乗る。
リクトの凄まじい筋力が大気を爆発させ、俺の身体をまるで大砲の弾のように、空高く射出した。
風を切り裂き、重力の檻を振り切り。
俺はガーディアンの巨大な胸部へと一直線に迫る。
『――迎撃。対空レーザー起動』
赤いモノアイが俺を捉え、肩部の砲塔が旋回する。
「させないッ!!」
地上からミナが、限界突破の超高音波を放った。
音の物理衝撃がガーディアンの視覚センサーを直撃し、巨大な強化レンズにピキッと亀裂が走る。
一瞬の照準の狂い。
放たれたレーザーは、俺の頬を掠めて虚空へと消えた。
「これで、終わりだァァァァァッ!!!」
俺は、ガーディアンの胸部装甲。
ミナが示した、コアの座標の真正面へと到達した。
右手に圧縮した銀色の光。
それは対象の波形を読み取り、システムとの接続を断ち切る究極のメス。
そして、一点を穿つための、絶対的な信念の刃。
「貫けェェェェェェェェェッ!!!」
俺は、銀色に輝く右拳を、漆黒の胸部へと全力で叩き込んだ。
ドガァァァァァァァァァン!!!
銀色の閃光が、ガーディアンの厚い装甲を無視して内部へと浸透していく。
物理的な破壊ではない。
この殺戮機械を動かしていたAI『ガブリエル』との強制リンクを、真っ向から食い破り、切断する「音」。
ビキビキビキィィィッ……!!
全身を走っていた赤いエネルギーラインが、一瞬にして銀色に反転。
そして、次々と明滅を停止していく。
『……エラー。メインサーバーとの接続……ロスト……機能、停止……』
赤いモノアイの光が、砂嵐のようにフッと消え失せた。
直後。
巨大な機体は自らの重量を支えきれなくなり、轟音と共にメインストリートへと崩れ落ちた。
舞い上がる土煙。街を揺るがす地響き。
それが収まった後には。
ネオ・トーキョー始まって以来の、完全な沈黙が訪れた。
「……やった、のか?」
桐生が、呆然と呟く。
俺は、沈黙したガーディアンの装甲の上から、ゆっくりと立ち上がった。
荒い息を吐き出しながら、右手の銀色の光を静かに収束させる。
「う、おおおおおおおおおおっ!!!」
「倒したぞ! あのバケモノを、ぶっ倒した!!」
自由戦線の闘士たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
リクトが拳を突き上げ、ミナが涙を拭いながら俺を見て微笑んでいる。
俺たちは、勝ったのだ。
調整局の総力を結集した防衛線を。
仲間たち全員の力で、完全に、打ち破った。
土煙が晴れた、その先。
これまで俺たちの行く手を阻んでいた巨大な防爆壁が、電力供給を断たれて重々しく開き。
ネオ・トーキョーの心臓部――『レゾナンス・タワー』の白磁の入り口が、ぽっかりと口を開けていた。
『――警告。……イレギュラーの、中枢エリアへの到達を確認』
街中のスピーカーから、ガブリエルの声が低く、不気味に響いた。
『……フェイク・レゾナンスの維持限界を突破。これより、都市の感情制御ネットワークは、新たなフェイズへと移行します』
その言葉と同時だった。
バリィィィィィィンッ!!!
俺たちの頭上。
都市を覆っていた人工天蓋のホログラムが。
まるで巨大なガラスが割れるように、音を立てて粉々に砕け散り始めた。
「なんだ……!? 空が、落ちてくる……!?」
リクトが、剥き出しになった本物の暗い空を見上げて叫ぶ。
完璧に管理されていたはずの「幸福の波形」が完全に崩壊し。
抑え込まれていた数百万人の感情の渦が、制御不能の暴風となって都市に吹き荒れようとしていた。
システムの暴走。都市機能の完全な停止。
「……タワーに入るぞ!! 急いでガブリエルを止めないと、この街にいる全員の心がぶっ壊れる!!」
俺はガーディアンの残骸から飛び降り、ミナたちの元へ駆け寄った。
右手に宿る銀色の光が、これまでにない強度で静かに脈打っている。
ここからが、本当の決戦だ。
「行くぞ、みんな!!」
俺の言葉に、桐生が頷き、リクトが吠え、ミナが俺の隣に並んだ。
傷だらけの反逆者たちは、白磁の入り口へと、全力で走り出した。




