第1話:理外の王と、凍てつく影
天界を揺るがした「青の17号」による襲撃事件は、一人の少年の介入によって幕を閉じた。
人間界、夕暮れに染まる一軒家。 そこは、天界の理から外れた王――天導ゼルが、束の間の「普通」を求めて構えた拠点だった。
「……ここ、は?」
ソファに横たわっていた少女が、ゆっくりと目を開ける。 透き通るような青い髪と、どこか虚ろな瞳。彼女こそが、組織『カラー』によって神のDNAを植え付けられ、兵器として調整された少女だった。
「目が覚めたか」
キッチンから現れたゼルが、温かい飲み物の入ったマグカップをテーブルに置く。 その傍らには、銀髪をなびかせたアルテミスが、鋭い視線のまま控えていた。
「……私を、殺さないのですか? 私は、天界の兵士たちを……」 「お前の意志じゃない。それに、俺に助けを求めてたろ」
ゼルは短く答えた。 彼にはわかっていた。能力『感情の終着点』によって、彼女の心の奥底に渦巻いていた、凍えるような孤独と、「助けて」という悲痛な叫びを。
「……名前、なんていうんだ」 「名前……。そんなもの、私たちにはありません。私は『青の17号』。ただの記号です」
少女の自嘲気味な言葉に、ゼルは少しだけ眉を寄せた。 かつて自分も、研究室で「神の模倣品」として扱われていた頃があった。名前など、ただの識別番号に過ぎなかった。
「不便だな。……よし、今日からお前は『天導スイ』だ」 「スイ……?」 「ああ。嫌か?」
少女は口の中でその響きを何度か繰り返すと、わずかに、本当にわずかに頬を緩めた。 「……いいえ。素敵な名前、です」
ひとまずの落ち着きを取り戻した後、ゼルはアルテミスと共にベランダへと出た。 夜風が彼の赤髪を揺らす。
「……アルテミス。あの戦いの後、お前に話した『視線』のことだが」 「ええ、色葉という娘のことですね」
アルテミスは真剣な面持ちで頷いた。 戦場の片隅でゼルが感じた、あの懐かしくも痛々しい視線。それは、数年前に疎遠になった親友、紅月色葉のものによく似ていた。
「もし、彼女が『カラー』に関わっているのだとしたら……」 「ああ、わかってる。あいつらを叩き潰す理由は増える一方だ」
組織『カラー』。世界を作り替えるために神の力を弄び、スイのような犠牲者を出し、そして――色葉を何らかの形で巻き込んでいる可能性のある、忌むべき仇。
「スイも仲間になった。これからは三人で、あいつらの尻尾を掴むぞ」
ゼルは夜空を見上げた。 そこにはかつて二人で見た星空があったが、今の彼には、その星を掴み取るだけの「王」としての覚悟が宿っていた。
「待ってろよ、色葉。必ず、お前を『普通』の日常に連れ戻してやる」
理外の王、天導ゼルの反撃が、ここから始まる。




