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「私の名前はマクシミリアン・シルヴェニア。司祭時代はカエラル・パクトゥスと名乗っていた、前大司祭で、現在は魔導師をしているものだ。そして、多分名前に聞き覚えがあったのではないかな? この国の辺境伯もやらされている苦労の多い男でもある」
情報が多すぎる。すべてを一度には飲み込み切れない私は眩暈を覚える。
「元……司祭で、現、魔導師って、そんなの、出来るんですか? 私、神聖魔法と他の魔法は根本が違うから一人の人間がどちらも持つことはできないと学校で習ったのですが」
「そう言われても、実際私はどちらも使えるからなあ」
マクシミリアン様がまた指を鳴らすと、キラキラとした光が雨のように降ってくる。わぁ、っとあふれる声を抑えられなかった私に小さく笑った彼は、司祭服をその場に脱ぎ捨てた。誰かが片付けるだろうと適当なことを言って
「まあ、細かい話は後にしよう。これで誓約書は教会の保管となったから国王も既婚者であるあなたに簡単に手は出せない。追ってお嬢さんの実家や国にも使いを出すとして――まずはそうだな、家に帰るんだったか」
また、手を差し出してきた。
マクシミリアン様の手に自分の手を重ねた瞬間、ふわっと身体が浮く。
「な、なんですかっ、これ!」
「暴れないでおくれよ。落としてしまってはいけないからな」
慌てふためいた私を横抱きにした彼は、その姿勢のまま器用に指を鳴らした。一瞬で目の前の景色が変わって屋外に放り出され、強い風にさらされる。不意打ちの強風から身を守るように、身近なものにしがみつく。
「おっと」
耳元に響いた声に顔を上げると、触れそうな位置にマクシミリアン様の顔があった。
「きゃっ」
「逃げるな逃げるな。ここは常に風が強い場所だからな。慣れるまでは怖いだろう。私にしがみついていてくれて構わないよ」
「でも、私、そんなはしたないこと……っ」
見知ったばかりの男性に抱きつくなんて、と顔を覆った私に、マクシミリアン様は軽やかな笑い声をあげる。
「はははッ、なにを言っているんだ。私たちは先ほど夫婦となったんだ。なんの遠慮もいらないに決まっているだろうが」
「でも、それはその形式だけの……」
「だとしても、だ。夫婦である間だけでも、愛しい妻として扱わせてくれ。そっちも年上の旦那に思う存分甘えればいい」
「でも」
「でもが多いなあ。遠慮するなと私が言っているんだ。なにが問題だい?」
「――旦那様!」
そんなことを言いながら、どこかの土地を歩いていくマクシミリアン様に遠くから声がかかった。声の方向を見れば、執事姿の男性が駆け寄ってくるところだった。
「ああコレウス、いいところに来た。このお嬢さんの入浴と着替えの準備を――」
「そんなにお若いご令嬢をどこから攫っていらしたんですか! さっさと返していらしてください!」
いきなり叱られたマクシミリアン様の目がじとーっとしたものになる。大きな溜息を吐いて、コルウスと呼んだ男性に対し、嫌そうな声を隠さないまま片眉をあげた。
「お前は、私をなんだと思っているんだ?」
「旦那様です」
「うん、それは到底旦那様に対する言葉とは思えないな。失礼だろう、まったく」
そんな、主人であるマクシミリアン様に、コレウスはどこまでも真面目な顔で背筋を伸ばして続ける。
「犯罪には手を染めないと信じておりましたのに」
「そこは信じたままでいてくれ」
「どこのお嬢様を攫ってきたのですか。いくら美しいものが好きだからといって、生きている人間をコレクションしようとするなんて言語道断――」
「コレウス!」
「冗談でございます。おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、ただいま」
「ふふっ」
かしこまって頭を下げたコレウスにハーッと大きく溜息を吐いたマクシミリアン様を見て、私はつい笑ってしまう。
「ベアトリス嬢、笑い事じゃぁないんだよ。初っ端からこんなのを見せられたら、威厳のある主人という私のイメージが崩れるじゃないか」
「ふ、ふふっ」
諫められるかと思いきや、彼はさらに茶目っ気たっぷりな物言いで肩をすくめる。
――私を笑わせて慰めようとしてくださっているのかしら。
お優しいことだわ、と彼に対して好感を持つ。
「ところで旦那様。改めて、そちらのお嬢様は」
「私の妻だ」
「は――失礼ながら、冗談に冗談で返さなくても良いのですよ、旦那様」
「冗談など言ってない」
「……と、申しますと?」
言われた内容が瞬時に理解できなかったのか、切れ長の目をまん丸に見開いたコレウスは、金縁の眼鏡を押し上げながら問い返してくる。私だって、朝仕事に行ったはずの兄が突然「妻だ」なんて言ってどこかの令嬢を抱きかかえて連れて帰ってきた日には同じような反応をする自信がある。理解できないのは当たり前だ。
しかしマクシミリアン様は、もう一度ゆっくりと、言葉を区切るようにして同じことを言った。
「彼女は、私の、花嫁。つまり、マクシミリアン・シルヴェニアの妻、だ」
「は……?」
口を開けっ放しになったコレウスは、ゆっくりと私の顔を見る。視線が合ったので微笑み返し、その通りです、と伝えるように頷いてみせる。もう一度マクシミリアン様を見て、同じように鷹揚に頷かれたコレウスは、それでようやく本当のことなのだと理解したらしい。
一瞬顔を蒼白にした彼は、すぐさま元の顔色に戻ると「失礼いたしました。すぐに準備いたします!」と深く礼をして、また来た方向へと走り去ってしまった。




