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 いくら自分にとって良い両親だと言っても、その立場を考えれば娘のためだけに国王様からの提案を無碍に断ることは出来ないだろう。

 しかも口実が「王族都合での婚約破棄によるお詫びのため」とくれば、あくまでも好意なのだという押しつけまでできる。更に、相手の性格や事情はともかくとして、その身分さえ確かであれば外聞は保たれる。

 王族の結婚を祝うため遠方から足を運んだにもかかわらず、それが当日ご破算となり、交流の場としての披露宴さえなくなり、それどころかデアリスを栄えさせる聖女が現れたのが原因となればどう考えても他国は面白くない。この状況に対してゴネる国が出ないとも限らない。そうなったら――


「哀れなご令嬢に惚れ、救うという理由で自国に連れて帰ろうとする多国の王族、という展開だってなくはないかもしれない」

「……そう、ですか」


 最初から恋愛結婚などは期待していない。貴族の娘として生まれたのだから、どんな婚姻であれ受け入れなければいけないのは、物心ついた時から覚悟はしている。エミリオ様との婚約が内定して以降、国の為にも彼を隣で支えようと思って勉強してきた。それが叶わぬのであれば、別の形で国に貢献するべきではあるのだろう。

 ――望まれたことを、素直に受け入れなければいけないということね。

 王家に嫁ぐことができなかったことで、ここまで育ててくれた両親へのお返しどころか、これからまた苦労させることになってしまった。自分の立場を思い出して視線を落とせば、顔を覗き込まれる。


「大丈夫かい?」

「はい」


 いつの間に移動していたのか、司祭様が音もなく私の前に跪いていた。彼の顔に焦点を合わせれば、司祭様は手にしていた宣誓書を広げて下部を指差した。


「まあそんな可能性でしかない話はさておき、だ。お嬢さんはこの宣誓書にサインしてしまっているね?」

「はい、書きました」


 応えれば、彼は真剣な顔で頷いて、女神を模ったステンドグラスを振り返り、また私を見る。


「これはとても特別なものなんだ」


 知っています、と言う私に彼は首を振る。


「お嬢さんは、わかっていないよ。これを作ったのは、ディウィナエ教の主神ヴェヌスタ、愛の女神だ」


 つまり、女神の名のもとに作られたもの、ということだ。司祭様はやたらと深刻な空気になっているけれど、私にはその理由がわからない。非常に高価で、作るのには時間がかかるというだけではなさそうだ。彼は、誰が聞いているわけでもないのに私の耳元に顔を近付けると、声をひそめた。


「女神はなかなかに苛烈な性格をしていてね。私が幸せになるのを見守っていてください、と直々にお願いしておいて、やっぱりいいです、なんてのは裏切りと捉えられる可能性がある。そしてお嬢さんは、この誓約書にサインをして女神直々の祝福をお願いしてしまった立場だ」


 彼は私のサインを指でなぞって、上目遣いに私を見る。


「それは、私が愛の女神様から見捨てられるかもしれない、ということですか?」


 つられて小声になれば、彼は首を横に振った。ほっと安心したのも束の間、彼の口から出たのは期待とは真逆の言葉だった。


「お嬢さんだけではなく、身内の全員が愛から遠くなる。そうなったら、近い将来一族断絶だ。それだけではなくここにはご丁寧に国王の直筆サインまであるな。ということは、国としてヴェヌスタに失礼を働いたという意味にもなりかねない。国自体が愛の女神から見放されてしまう可能性だって否定できない」

「……そんな……冗談、ですよね」


 引き攣った笑みを浮かべた私に、司祭様は真面目な表情を崩さなかった。


「まさか。ただでさえショックを受けているだろうお嬢さんに、そんな悪趣味なことをして楽しむようなことはしない。ヴェヌスタが面倒なひとだというのは本当だよ」

 

 私自身がもう誰からも愛されないというのなら、まだ耐えられる。でも一族が、国が、愛の女神から見放されるというのは、自分の嫁ぎ先問題なんてどうでも良くなるくらいの大問題だった。

 聖女様が現れたところで、愛の女神から見放されてしまっては安寧など訪れない。かつて、女神ヴェヌスタから見限られ滅びた国がいくつもあるという伝承を読んだことがある。あれは事実だったのですか、と尋ねた私に、司祭様は真面目な顔で頷いた。


「愛は世界を救うなどと言うが、そんなもので救えはしないのは自明のこと。しかし、なければ滅んでしまうものでもある」

「ヴェヌスタ様に許していただく方法はないのでしょうか。想像もしていない事態だったのです。せめて、私だけに罰をお与えくださるようにお願いすることは――」

「お嬢さん一人で負いきれるものではないよ」


 司祭様の様子を見るに、その言葉に嘘はないように思える。結婚式が途中で止められてしまったことがそんな大問題を生むだなんて思っていなかった私は、血の気が引いていくのを感じる。またステンドグラスを振り返った司祭様は、少し眉をひそめながら私を見て肩をすくめた。


「でも、だからと言ってエミリオ様に私とちゃんと結婚してください、なんて言うことは出来ません。彼は、聖女様と結ばれることになるのですから」

「うん。だから、困ったことになったと言っている」


 ――なんてことなの。

 わなわなと唇が震える。もうちょっとサインまでに時間を取るべきだった。もっとゆっくりと入場すればよかった。準備に手間取れば良かった。などと、今更な後悔が押し寄せる。


「ただ、ヴェヌスタから見放されずに済む方法が1つだけあるかもしれない、と言ったら……」

「えっ!?」

「どうだい? お嬢さんはその案に乗る気はあるかい?」

「あります!」


 司祭様の言葉に、私は一も二もなく飛びつく。この国を支えるべく妃教育を受けてきた私が、この国を脅威に陥れるなんてことがあってはいけない。母国の役に立つことがあるのなら、私にできることがあるのなら、なんでもやるという気持ちになっていた。

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