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「また泣かせちゃったな」

 さっき鹿嶋と約束したばかりなのに。

 苦く独りごちて、親指で涙をぬぐってやると、咲本は不思議そうに首をかしげた。

「またって、遊馬くんの前で泣いたのはこれがはじめてだよね?」

 少し落ち着いたのか、目元をぬぐいながら、咲本はしっかりした声で尋ねる。

「さっき……俺が屋上に来たときも泣いてたんだろ? 声を掛けたらすぐに背を向けたけど、目が少し赤かったし声も震えてたから」

 俺の言葉に咲本はしばらくぽかんとしていたが、やがてまいったというように笑った。

 ああ、やっと笑ってくれた。咲本の笑顔に、思っていた以上に安心している自分がいる事が少し可笑しくて俺も笑う。

 いつの間に俺はこんなにも彼女を好きになっていたのか。

「遊馬くんは全部気づいちゃうんだね。私の涙も……私の嘘も」

 再び翳りを帯びた咲本の声に、俺は諭すように言った。

「なあ咲本。俺に教えてくれないか。どうして30分も迷っていたのか、どうして告白される気になったのか」

 一度うつむいた咲本は、決心がついたのかゆっくりと頷く。

「私はね、もうずっと前から、遊馬くんのことが好きだったの」

 ゆっくり、噛み締めるようにそう言うと、咲本は静かに話し始めた。

「きっかけは些細な事だったの。遊馬くんはもう覚えてないかもしれないけど、前にね、先生に頼まれて授業で使う教材を運んでた私を見て、遊馬くん、運ぶのを手伝ってくれた事があるんだよ」

 言われてみると、そんなこともあったかもしれない。

 そのときの事を思い出しているのだろう、咲本は少し遠くを見るようにして続けた。

「そのときはびっくりして気がつかなかったんだけど、教室に着いてみたら、遊馬くんが私よりたくさんの荷物を持ってくれてたことに気がついた」

 優しいよね、と呟いて、咲本ははにかんだように笑う。

「それから、なんとなく遊馬くんのことを目で追うようになって……そうしたらね、みんなが気がつかないような、遊馬くんの小さな優しさがいっぱい見えるようになったんだ。好きって気づくのに時間はかからなかった」

 咲本の口から語られているのが自分の事だと思うと、妙に照れくさい。握ったままになっている手が今さら恥ずかしくなってきて離そうかと思ったとき、咲本の方からも力が込められている事に気がついて、もう少しこのままでいたいという気持ちが勝ってしまった。

「だけど、私には告白する勇気なんてなくて……私はみんなが知らない遊馬くんの優しさを知ってる、だからそれだけでいいんだって自分自身を納得させてたの。そうしたらあの日、家に帰る途中で、『真壁遊馬に告白されてやって下さい』って声が耳に飛び込んできたんだ」

 俺は目を閉じ、咲本の声に導かれて記憶をなぞる。冬の通学路、交差点、夕暮れ、大声で叫んだ中野に咲本の小さなくしゃみ。すべてがついさっきのことのように鮮明だった。

「最初はすごく驚いた。でも、すぐに遊馬くんたちの罰ゲームのことを思い出したの。今回は遊馬くんが負けちゃったのか、って。この道は通れないから少し遠回りして帰ろうかなって思って、遊馬くんたちがいた路地のひとつ手前で曲がった。そうしたら、そこで足が止まっちゃったんだ」

 そう言った咲本の笑顔には、苦いものが混じっていた。

「私、気づいちゃったんだ。このまま素知らぬ顔で道を進んで、遊馬くんに告白されたらいいんじゃないかって。でも、遊馬くんは私のことを好きだからじゃなくて、ただ罰ゲームだから告白する。そんな形で成立したカップルなんて歪んでるよね。だからやめようと思った。」

――歪んでいる。

 その言葉に、俺の胸にも苦いものが広がる。

「だけどね、やっぱり足は動かなかった。今度は怖くなったの。もし他の誰かがここを通ったら、もしその誰かが遊馬くんの事を好きだったらって……だからずっと動けずにいて、いもしない誰かに対する恐怖に負けて遊馬くんたちがいる方へ行っちゃった」

 ずるいよね、と呟いた咲本は、笑おうとして失敗した。

「本当にずるいよ。おもしろ半分じゃなかったとしても、罰ゲームを利用したことに変わりはないんだから」

 口を閉ざした咲本に、俺はゆっくりと言葉を紡いだ。

「そうだな……確かに咲本はずるかったのかもしれない」

 下手な慰めはいらない。俺は咲本と本気で向き合うためにここにいるんだ。本気の言葉じゃないと、届かない。

「だけど、ずるかったのは俺も同じだ。咲本に告白した時点で、罰ゲームの事を伝えないといけなかったのに、そうしなかった」

 そこでひとつ息をつくと、苦笑混じりに続ける。

「俺たち、ほんっとバカだよな。告白が罰ゲームだってことで、咲本を裏切ってるって悩んで。咲本は咲本でそんな俺を見て罪悪感に駆られてさ」

「うん……私、遊馬くんが悩んでたの知ってた。知ってて、逃げてたの」

 うつむく咲本に片膝をついて目線を合わせると、泣きそうな瞳が俺を見ていた。彼女の心に届くよう、願いを込めて口を開く。

「だけど、咲本は俺の話を聞いてくれた」

 昼休み、覚悟を決めた咲本の瞳を思い出す。

「咲本は逃げなかったし、俺が傷つかないようにかばってくれた。これは咲本の優しさだよ。他の奴らは知らない。俺だけが知ってる咲本の優しさ」

 咲本の言葉を借りた俺に、咲本は少しだけ笑った。

「その優しさのおかげで、俺は自分の気持ちに気がつく事ができた。……咲本、俺にもう一度チャンスをくれないか?」

 咲本と俺の視線が交錯する。

 どれくらいの間そうしていただろうか。永遠のように感じられた時間の後、咲本はゆっくりと頷いた。

「私も……私も聞きたい。遊馬くんの本当の気持ち」

「ありがとう」

 俺は立ち上がって咲本の手を離すと、少し後ろに下がって咲本と向かい合った。

 気がつけば、辺りはすっかり夕日に染まっていて、茜色の中に佇む咲本をとても綺麗だと思った。

 さっきまでは、伝えたい事がありすぎて何を言葉にしていいかわからなかったのに、咲本と実際に向き合っている今は、驚くほど心が静かに凪いでいる。

 俺たちの心の間に横たわる、最後の一歩分の距離。俺は、小さく深呼吸すると、咲本に向かってその一歩を踏み出した。


「好きです、付き合って下さい!」


 あの日と変わらないシンプルな言葉に、あの日にはなかったありったけの想いをのせて。どうか君の心に届いて欲しいと、高く右腕を差し上げる。

 そして――


「はい」


 少し掠れた声と共に俺に触れた咲本の手は、あの日と違ってとても温かかった。


 なあ、神様。

 咲本に告白をしたあの日、俺は確かにあんたの起こした気まぐれを呪ったよ。

 でも、今はそうでもない。

 俺たちの出会いを運命だとまでは言わないけれど、罰ゲームに偶然を添えて、こんな風に一緒に泣いて笑いながら始まる物語も、なんだか悪くない気がしたんだ。




【罰ゲームに偶然を添えて】 Fin 



最終話です。

ここまでおつき合い下さった皆様。本当にありがとうございました。

もし何か、この物語を読んで感じるところがあれば、コメントをいただけると幸いです。

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