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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第五章 再びテンセイ

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4.聖獣殿解放



 チョンジーの実体が消滅した時、宮殿では太子の寝所でタオティエも消滅していた。チョンジーの制御を失い、気の食い過ぎで膨れ上がった体を維持できなくなったのだ。


 部屋の中に控えていた薬師や武官たちが、突然破裂しもやとなって消えた術師に怯えてざわついた。


 騒然となる中、破裂したタオティエの体から流れ出した気は太子の体に戻っていく。程なく太子は目を覚ました。頬に浮かび上がっていた龍の痣も消えている。

 そばで見ていた帝は、術師が消えたことなど眼中にない様子で、体を起こそうとする太子に駆け寄り抱き起こした。


「おぉ、ジーフォン! チンロンの呪いは解けたのだな?」

「チンロン?」


 太子は不思議そうに首を傾げて帝を見つめる。


「なんのことかわかりませんが、私はガーランに妙な術をかけられて意識を失ってしまいました」

「ガーランだと!?」


 驚愕に見開かれた帝の目が次第につり上がり、鬼の形相へと変わっていく。そのまま振り返り、誰にともなく怒鳴った。


「ガーランはどこだ!」


 ちょうどそこに帝の命でガーランを呼びに行っていた武官が戻ってきておずおずと告げる。


「それが……。どこにも姿が見えません」


 帝はさらに激高し声を荒げた。


「探せ! 草の根分けても探しだし、ひっ捉えよ!」

「はっ!」


 武官たちはあたふたと寝所を出て行く。帝の怒りに怯えた薬師たちもその後に続いた。


「おのれ、ガーラン。余をたばかるとは。目をかけてやった恩を踏みにじりおって……!」


 帝はきつく拳を握りしめながら、ギリギリと歯噛みした。






 ワンリーの後ろで、魔獣王が消えようとしていた。炎のような橙色の髪を風になびかせて、赤い瞳を細めている。


 初めて見るガーランではない人の姿をした魔獣王は、メイファンを見つめながら懐かしむように微笑んでいた。とても魔獣王とは思えない優しい眼差し。それは宮廷にある池の畔で昔話をしてくれたガーランと同じ表情だった。


 シィアンを思い出しているのだろうか。

 あの時のガーランはやはり演技ではなかったのだろう。

 程なく魔獣王の姿は黒い靄へと変わり消えていった。


「立てるか?」


 ワンリーの声にハッとして、メイファンは我に返る。心配そうにのぞき込むワンリーに笑顔を向けた。


「はい。大丈夫です」

「よかった」


 ホッとしたように微笑み返して、ワンリーはメイファンを思い切り抱きしめる。メイファンも抱きしめ返した。少ししてワンリーはメイファンの手を取り立ち上がった。


「チョンジーがいなくなって幾分陰の気が薄らいだが、聖獣殿を封鎖されたままでは正常には戻らないだろう。術者を探すぞ」

「もう魔獣はいなくなったんですか?」

「いや。門は開いたままだからな。俺から離れるな」

「はい」


 姿を消してワンリーに手を引かれながら聖獣殿に沿って霧の中を歩き始める。

 ワンリーの話によると術者は誰だかわからない上に、本人も自覚がないという。メイファンが知っている限りでは、ガーランは宮廷の外に出ることはなかった。だから宮廷内に出入りしている誰かだとは思う。


 姿を消しているとはいえ、また宮廷内をうろつくのだろうか。しかもガーランに接触のある人物となると、結構位の高い人たちが多いはず。そう思うとなんだか落ち着かない。

 ワンリーは見当をつけているのだろうか。そう思って尋ねると、ワンリーはニッと笑った。


「おまえの命を狙った侍女が怪しいと思っている」

「シェンリュが?」

「話を聞く限りでは、かなり陰の気に毒されている。人心を惑わすのが得意なチョンジーだ。恋心につけ込まれた可能性が高い」

「言われてみれば、ヤキモチにしてはちょっと極端な気がします」

「そろそろ宮廷に戻っている頃だろう」


 宮廷の門は少し先にある。そちらへ向かって少し歩を早めたとき、石畳の通りにうずくまってすすり泣く人影が霧の中から浮かび上がってきた。


「シェンリュ……」

「あの侍女か?」

「はい」


 メイファンが頷くと、ワンリーはメイファンから手を離し結界の中に閉じこめた。


「おまえはそこにいろ。俺が話してくる」


 そう言ってシェンリュの方に向かっていく。ワンリーが後ろから声をかけた。


「どうした。何を泣いている」


 シェンリュはうつむいたまま、か細い声で答える。


「……私のすべてだと思える大切な人に見捨てられてしまいました」


 両手で顔を覆い、再び泣き始めたシェンリュの体から黒い靄が滲み出し始めた。ガーランに見捨てられた絶望から陰の気が増幅しているのだろう。


 シェンリュはおもむろに振り返り、ワンリーの足にすがりつく。そして泣き腫らした目でワンリーを見上げた。


「どうか、私を殺してください。もう私には行くところも生きていく気力もありません。自分で死ぬ勇気もないんです」


 ワンリーは黙って一歩後退し、右手を天に突き上げる。ワンリーが手にした雷聖剣を見上げて、シェンリュは胸の上に両手を重ねて目を閉じた。


 ワンリーは呼び寄せた雷聖剣をシェンリュに向かって振り下ろす。

 剣から放たれた虹色のいかずちは、シェンリュの体を包みこみ、滲み出していた黒い靄は四方に弾け飛び消えていった。


 少しして目を開いたシェンリュに、ワンリーは微笑みながら問いかける。


「まだ死にたいか?」


 呆然と見上げながら、シェンリュはゆっくりと首を振った。


「あなたはいったい……」


 剣に斬られたはずなのに、傷ひとつ負っていないことを不思議に思ったのだろう。ワンリーは平然と答える。


「聖獣王だ」

「え……」


 目を見開いて言葉をなくしたシェンリュに、ワンリーは自分がやってきた道の先を指し示した。


「この先におまえの大切な人がいる。あいつも全てを失ったはずだ。それでもおまえがまだあいつを大切だと思うならそばにいてやるがいい」


 シェンリュは立ち上がり、ワンリーに深々と頭を下げる。


「ありがとうございます」


 そう言ってワンリーの指さした方へ走っていった。その後ろ姿に迷いはない。魔獣王の器ではない、本当のガーランと幸せになれることを、メイファンは祈った。


 深く立ちこめていた霧が次第に薄らいでいく。

 シェンリュを見送ったワンリーがメイファンの元に戻って結界を解いたとき、聖獣殿から甲高い咆哮と共に青白い光の柱が立ち上った。光の中に青い龍が姿を現す。その後を追うように青い麒麟も空へ踊り出た。それを見上げてワンリーが嬉しそうに言う。


「やはり彼女だったようだな。呪詛結界が解けた。すぐに行くぞ」


 言ったが早いか、ワンリーはメイファンを背負って麒麟の姿になり空へ飛び立った。聖獣殿の上空で聖獣たちと合流する。青い麒麟がワンリーに近寄ってきて頭を下げた。


「ワンリー様申し訳ありません」

「気にするな。チョンジーの出方を見誤った俺の落ち度でもある。それより、両者大事ないか?」

「封じられていたので陽の気の補充はできませんでしたが、動いていませんのでそれほど消耗していません」

「そうか。加護の儀式には問題なさそうか?」

「はい」

「あの、ワンリー様」


 先ほどからどうにも落ち着かないので、失礼だとは思いつつもメイファンは話に割って入った。もう一度チラリと地上に目をやって、後ろに首を向けたワンリーに尋ねる。


「もしかして、姿を消してないんですか?」


 今やすっかり霧の晴れたテンセイの町では、あちこちで人だかりができている。皆一様にこちらを指さして騒然としていた。チンロンの咆哮を聞いた人々が外に出てきたのだろう。とりわけ宮廷内が大騒ぎになっていた。ワンリーは地上を一瞥したあと、しれっと言い放つ。


「あぁ。俺の姿は国家安寧の象徴だからな。魔獣の脅威が去ったことを知らしめて幸せを実感してもらおうと思ったのだ」

「え、でも私……」

「案ずるな。おまえの姿は見えていない。聖獣王が人攫いだと勘違いされては陽の気も薄れるからな」


 ホッと胸をなで下ろしながら、メイファンは苦笑する。やはり聖獣様は打算的だ。

 そんなやりとりの間も人の姿はどんどん増えていき、通りは笑顔の人々であふれかえった。中には拝んでいる人の姿も見える。ついさっきまで静まりかえっていたテンセイの町に、こんなに多くの人がいたことにメイファンは驚いた。


 ワンリーは青い麒麟のソンフーと一緒に、踊るような足取りでチンロンの周りをぐるぐると回る。しばらくそれを繰り返したあと、聖獣たちに告げた。


「陽の気は補充できたな? そろそろ降りよう。消滅したようにゆっくりと姿を消せ。ここに押し掛けられてはまずい」

「御意」


 ソンフーが返事をしたと同時に、チンロンは咆哮をあげながら体を天に向けてまっすぐに伸ばす。なるほど。このまま徐々に消えたら天に昇っていったように見えるだろう。

 メイファンには見えているので姿が消えたのかどうかはわからないが、聖獣たちが下降を始めたので見えなくなっているようだ。


 ふと下を見ると、聖獣殿の脇で木の陰に隠れるようにして上を見上げているガーランとシェンリュの姿が見えた。

 ワンリーはシェンリュにガーランが全てを失ったと言っていた。おそらく魔獣王が消えて、ガーランが帝をたぶらかしていたことが発覚したと思われる。通りには兵士の姿が多く見られた。


 てっきり儀式の邪魔をされないためだと思っていたが、もしかして身を隠しているシェンリュたちを守るために人を遠ざけたのかもしれない。


 儀式の間聖獣殿は結界で守られる。その間、人はそこにあるものが見えなくなる。しばらくは麒麟が出現したことで、テンセイの町はわき返っているはずだ。夜になればその騒ぎに紛れてシェンリュたちもテンセイを抜け出しやすくなるだろう。


 すべては憶測でしかないけれど、ワンリーの優しい配慮が嬉しくてメイファンは思わず笑顔になる。ふわふわのたてがみに顔を埋めてつぶやいた。


「ワンリー様、大好きです」

「ん?」


 振り返ったワンリーが、嬉しそうに小声で言う。


「そういうのは、シェンザイに戻ってからだ」


 聖獣殿に降りた聖獣たちはチンロン、ソンフー、ワンリーの順で次々に拝殿に入っていった。テンセイの聖獣殿はチンロンを象徴する青い色の石造りで他の都より一回り大きい。入り口も広いので大きなチンロンが入っていってもそれほど狭く感じなかった。


 人の姿になったワンリーに手を引かれて、メイファンも拝殿に入る。中央の大きな扉の前には大きな青い龍チンロンが長い体を横に伸ばして座っていた。その横には青い髪に青い瞳で、青い服を着た青年が立っている。先ほどまで一緒に空にいた青い麒麟ソンフーだろう。


 並んだ聖獣の前に立って、ワンリーはこれまでのようにメイファンの手を掲げて告げる。


「聖獣王ワンリーの名において命ずる。テンセイの守護聖獣チンロン、及び四聖獣ソンフーよ。この娘メイファンに加護を与えよ」


 チンロンとソンフーの体から発した青白い光がメイファンの体を包んでいく。四度目ともなれば慣れたもので、メイファンは目を閉じて体の内側に広がる熱が消えるのを待った。

 またいつもの通り。そう思って目を開いたメイファンは、自分の目を疑った。ワンリーの握った自分の手がうっすらと光を纏っているように輪郭がぼやけて見えるのだ。

 目をこすってみるがやはり変わらない。ワンリーの姿は普通に見えているのがまた不思議でしょうがない。


「ワンリー様。私、目がおかしくなったんでしょうか。自分の手がぼやけて見えます」

「あぁ。地上にいるからだろう。シェンザイに行けば光も収まる」


 なんでもないことのように言われて、一応ホッとする。これで聖獣の加護はすべて受けた。体が光っている以外に特に変わったことはないような気がする。ワンリーたちのように食べない眠らないという以外に何か変わったことがあるのか気になって尋ねてみた。

 ワンリーは苦笑をたたえて答える。


「一番大きな違いは、おまえの姿が人には見えなくなっていることだ。声も聞こえない」

「え?」

「だから人の世界にはいられないんだ」

「そう、なんですか……」


 人とは違う存在になるとはいえ、見た目も中身もなにも変わっていないのに、どうして人の世界にいられないのかようやく理由がわかった。


 うつむくメイファンの頭をワンリーが優しくなでる。


「やはり、人の世界から離れるのはつらいか?」

「はい。寂しいです。でも、ワンリー様がずっと一緒にいてくださるなら大丈夫です」

「そうか」


 メイファンが笑顔で答えると、ワンリーも嬉しそうに笑った。


「よし。シェンザイに戻るぞ」


 ソンフーに四聖獣の引き上げ命令を伝えるように頼んで、ワンリーはメイファンを背負いながら、拝殿の外へ出た。麒麟の姿になったワンリーは一気に空高く舞い上がる。


 目指すはガイアンの中心にそびえ立つ聖なる山シェンザイ。


「速度を上げるぞ。しっかりつかまっていろ」


 そう言ってワンリーは、風のような早さでシェンザイへ向かった。





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