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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第四章 ロショク

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1.聖剣の鍛冶師



 ワンリーは麒麟の姿のまま滑るように空を進んでいく。眼下には森が広がり、森を突き抜けるように街道が続いている。ちらほらと街道を歩く人の姿も見えた。その大きさから察するに、かなり高いところを飛んでいるようだ。


 振動がほとんどないので振り落とされることはなさそうだが、やはりちょっと怖い。

 テンセイからはすでに遠く離れて、追っ手もないようなので地上に降りてもいいのではないだろうか。そう思って、メイファンはワンリーに尋ねた。


「あの、ワンリー様。どこまで飛ぶんですか?」

「ロショクだ」

「飛んでると目立つんじゃないでしょうか」

「かまわぬ。俺がロショクに向かったことはチョンジーに見られた。あいつより先に聖獣殿にたどり着く必要がある。先回りされてなければよいが」

「そうですか」


 どうやらロショクまで降りるつもりはないようだ。メイファンはなるべく下が見えないように、たてがみに顔を埋める。すると、ワンリーがクスリと笑って、おもしろそうに問いかけてきた。


「高いところが怖いのか?」

「ちょっと……。飛んだことはありませんので」

「麒麟の俺を抱きしめたいと言っていただろう。遠慮なく抱きしめていいぞ。念願の俺の背に乗れたんだ。この機会に思う存分堪能してくれ」

「……はい」


 どちらも積極的に望んでいたわけではない。だが、言われるまでもなく、メイファンはワンリーの首に腕を回して抱きついていた。

 しばらくはそのまま黙って空を飛ぶ。少ししてワンリーが口を開いた。


「ロショクが見えてきたぞ」


 メイファンは顔を上げて前方に目を向ける。ガイアンを取り囲む山脈の山裾にロショクの都はあった。所々に屋根の横から湯気や煙のたなびいている建物が見える。このあたりの山は鉱石が採れるので、ロショクは精錬と武器や農具など鋳物の鍛造を主な産業としていた。


 やがてロショクの上空にやってきたワンリーは、ぐるりと都の様子を見回して言う。


「どうやらチョンジーの手はまだ伸びていないようだな。直接聖獣殿に向かうぞ。少しの間黙っていろ」

「はい」


 都の上を旋回して、ワンリーは北東の角にある聖獣殿へ向かった。


 ワンリーが降り立った聖獣殿の中庭には、幸い人の姿はない。ロショクの聖獣殿は守護聖獣シェンウーを象徴する黒色の石造りになっている。柱や壁の角などに黒い金属で装飾が施されていた。

 ワンリーに手を引かれ、メイファンは聖獣殿の中に入る。中央にある大きな扉の前で、黒い服を着た初老の男性が待ちかまえていたように恭しく頭を下げた。ワンリーの姿が見えているこの人も麒麟なのだろう。


「これは、ワンリー王。ずいぶん早いお着きで」

「予定が狂ったのだ」

「エンジュの伝令からテンセイが大変なことになっていると聞いたんですが……」


 話を続けようとする男性をワンリーは手を挙げて遮る。


「すまぬ、ジャオダン。話はあとだ。先に加護の儀式を行う」

「かしこまりました」


 ジャオダンは頭を下げて背後の大きな扉を開いた。扉の奥から黒い影がのそのそと這いだしてくる。ロショクの守護聖獣シェンウーだ。金の鱗に覆われた太い四つ足に支えられて、丸くて堅そうな黒い甲羅が乗った亀に似ている。その体に金の蛇が巻き付いて頭の上に鎌首をもたげていた。

 ビャクレンのバイフー、シンシュのヂュチュエに比べて若干小ぶりだが、それでも見上げるほど大きい。上から見下ろす蛇がチロチロと舌を出す様がちょっと怖くて、メイファンは思わずワンリーの腕にすがった。


 ワンリーは目を細めてメイファンの頬をなでる。


「大丈夫だ。怖がらなくていい」


 メイファンは頷いて、ワンリーから少し距離を取る。目の前に並んだ守護聖獣シェンウーとジャオダンに向かって、ワンリーはメイファンの手を掲げながら告げた。


「聖獣王ワンリーの名において命ずる。ロショクの守護聖獣シェンウー及び四聖獣ジャオダンよ、この娘メイファンに加護を与えよ」


 これまでの儀式と同じように、聖獣たちから緑色の光があふれ出す。光はどんどん膨らんでメイファンのからだを包み込んだ。目を閉じて体の中に染み込んだ熱を感じる。やがて熱と光が引き、目を開くと以前と同じように元の通りに戻っていた。やはりなにか変わったような気はしない。


 儀式が終わって、ジャオダンは扉の奥へシェンウーを戻して扉を閉じる。そしてワンリーに尋ねた。


「それで、テンセイではなにがあったんですか?」

「これを見てくれ」


 そう言ってワンリーは雷聖剣を呼び寄せる。手の中には先の折れた根本部分が、先端部分は足元に音を立てて落ちてきた。ジャオダンは床に転がった雷聖剣の先端を拾い上げて驚愕に目を見開く。


「これはいったい……」

「俺もこんなことは初めてだ」


 そしてワンリーは皆を促して床に座り、テンセイでの出来事をジャオダンに話した。話を聞いてジャオダンは小刻みに頷く。


「なるほどなるほど。それは色々と災難でしたなぁ」

「なにかわかるか?」

「はい。おそらくですが、その魔獣が持っていた剣は黒龍の角から鍛えたものでしょう。私が知る限りで雷聖剣より堅いものはそれしかありません」

「黒龍剣か。まいったな……」


 ふたりは雷聖剣を見つめて、途方に暮れたように黙り込んでしまった。いまひとつ状況を飲み込めないメイファンは、色々聞いてみたくてうずうずする。まだしゃべってはいけないのだろうかと、ワンリーの袖を引いた。


「ん? どうした?」


 不思議そうに見つめるワンリーに口を開きながら目で訴えてみる。どうやら察してもらえたみたいで、ワンリーは笑いながら許可してくれた。


「あぁ、すまない。もうしゃべっていいぞ。結界は張ってあるし、人もいなかったしな」


 それを聞いてホッとしながら、メイファンは早速尋ねる。


「雷聖剣ってなにでできてるんですか?」

「金の麒麟の角だ」

「金の麒麟ってワンリー様ですか?」

「俺ではない。先代の聖獣王だ」

「え?」


 聖獣の王は大昔からずっとワンリーだと思っていた。まさか代替わりしているとは。思わず大声を張り上げる。


「聖獣王って不死身じゃないんですか!?」

「耳元で叫ぶな。殺されることはないが寿命はある」


 うるさそうに顔をしかめて、ワンリーはメイファンから少し身を退いた。

 殺されないのなら、たとえテンセイで処刑されようとも無用の心配だったことになる。メイファンは声を落としてまた尋ねた。


「では、剣で斬られても大丈夫だったんですか?」

「まるっきり大丈夫というわけでもない。人の作った剣なら平気だが、魔獣や聖獣の持つ剣は霊体に傷をつける。霊体が大きな傷を負えば、聖獣や魔獣は霊体の傷が回復するまで実体を維持することができなくなるんだ」


 なるほど。処刑の心配は無用でも、タオウーの黒龍剣で傷つけられたら、ワンリーも無事ではすまなかったということらしい。しかも黒龍剣は雷聖剣よりも堅いという。


「雷聖剣を作り直しても、黒龍剣が相手ではまた折られてしまうということですよね」

「そり通りだが、そもそも作り直すことができない。金の麒麟は俺しかいないからな。角を失えば霊力も激減する」


 ということは、雷聖剣は先代聖獣王の死後、その角から作られたということなのだろう。


「雷聖剣なしでテンセイの聖獣殿を封じている呪詛結界を解く方法はないんですか?」

「難しいな。術師は人だ。チョンジーに惑わされて陰の気の塊になっている。人から陽の気を奪うのは簡単だが、陰の気を祓うのは雷聖剣なしでは容易ではない。術師が死ねば結界も解けるだろうが、俺は人を殺すことができない。人を殺せば聖獣ではいられなくなる」


 確かに魔獣に操られているだけの人を殺してまで結界を解くというのは、いささか乱暴な気がする。


「雷聖剣を修理することはできないんでしょうか。とりあえず術師の陰の気を祓うためだけに」

「技術的には可能だ。ジャオダンは聖剣の鍛冶師なんだ。しかもつなぎに使う媒体によって修理前より強化される」

「え? それじゃ黒龍剣よりも強くなるんですか?」


 喜々として尋ねるメイファンに、ワンリーはなぜか苦笑する。


「かもな。だが、媒体となる龍玉りゅうぎょくがないのだ」

「龍玉って龍の持つ玉ですか?」

「そうだ。龍の力の源になっている。だから生きた龍から奪うわけにはいかないのだ。龍も麒麟と同じくらい長生きでな。なかなか手に入るものではない」


 ふたりが途方に暮れていた理由がメイファンにもようやくわかった。





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