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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第三章 テンセイ

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7.折れた雷聖剣

「ワンリー様!」


 メイファンの声に振り向いたワンリーは笑顔で目配せした。そして目の前にいるガーランに向き直る。

 無表情でワンリーを見つめているガーランにメイファンは違和感を覚えた。いくら冷静な人でも、この状況は普通に動揺するだろう。実際にメイファンは未だにドキドキしている。

 するとワンリーが唐突に天井に空いた穴に向かって右手を突き上げた。


「雷聖剣!」


 ワンリーの手の中に刀身に雷(いかずち)をまとった剣が現れる。雷聖剣を両手で握り直したワンリーはその切っ先をガーランに向けて身構えた。

 人を傷つけないと言っていたワンリーが、人に対して敵意を露わにしている。それほど怒っているということなのかもしれないが、傷つけるのはやはりまずいと思う。

 メイファンはワンリーの腕に取り縋った。


「ワンリー様、その方は帝の側近をしているガーラン様です」

「なるほど。そんなところにまで侵入していたのか。帝がご乱心あそばされるはずだ」

「え?」


 こちらには目もくれず、ワンリーはガーランを見据えたまま言う。


「こいつは人心を惑わすのが得意だからな。人を惑わし、体を乗っ取り、さらに多くの人を惑わす。体は乗っ取られた人間のものだが、中身はチョンジーだ」

「チョンジーって、あの……」

「魔獣の王だ」


 メイファンはガーランに視線を向けた。これまで見てきた穏やかな表情とは打って変わって、憎々しげに顔を歪めてワンリーを睨んでいる。なにも反論しないということは、ワンリーの言うとおりなのだろう。

 ということは、メイファンは危うく魔獣王の手に落ちようとしていたのだ。ガーランをなんとなく怖いと思っていたのは、聖獣の加護を受けたおかげで、薄々感じ取っていたのかも知れない。


 ワンリーがメイファンの手を解いて、剣を構えたまま一歩前へ出る。


「おまえはさがっていろ」

「ガーラン様を斬るのですか? 体は乗っ取られた人なんでしょう?」

「案ずるな。雷聖剣は人の身を傷つけることはない」


 それを聞いてメイファンがホッとした時、ガーランが大声で叫んだ。


「タオウー!」


 ガーランの発した声が突風を巻き起こす。直後、ワンリーの雷が天井に空けた穴をさらに広げて、武装した大男が降り立った。

 長身のガーランよりもさらに上背があり、宮廷武官の武具から覗く体は分厚い筋肉で覆われている。大男はニタリと笑って、ワンリーを見下ろしながら後ろのガーランに問いかけた。


「呼んだか?」

「おまえの出番だ。そいつを倒して娘を奪え」

「暴れていいんだな?」

「好きにしろ」

「よっしゃぁーっ!」


 タオウーは歓喜の声を上げながら、持った大剣をグルリと振り回す。剣圧に押されてメイファンは尻餅をつき、ワンリーは身を低くしてメイファンをかばいながらそれをよけた。

 メリメリと轟音を立てて庵の壁が破壊される。


「これで存分に暴れられるぜ」


 タオウーの満足げな声に恐る恐る周りを見回すと、庵の天井は吹き飛ばされ、壁はなぎ倒されていた。

 派手な破壊音に宮殿の方から回廊をドカドカと走る音が近づいてくる。


「まずいな……」


 つぶやいたワンリーは少しゆっくりとまばたきをした。すると庵の近くまで来ていた足音は急停止し、ざわつく声が聞こえてくる。ワンリーの肩越しにメイファンが窺うと、庵の少し向こうで宮殿の衛視たちが不思議そうに首を傾げていた。庵の惨状が見えていないようだ。

 その様子を横目に見ながら、タオウーが鼻を鳴らす。


「フン。結界か……」

「あぁ。ここは俺の領域になった。おまえは本性を現せないということだ」


 ワンリーは不敵に笑って立ち上がった。そしてメイファンの肩を軽く突き放す。

 よろけて二、三歩後退したメイファンにワンリーは笑顔を向けた。


「おまえはそこにいろ。特別の結界だ。チョンジーにも手出しはできない」


 メイファンの目の前には薄く金色の幕が張っているように見える。これが結界だろうか。

 そういえばガーランはどうしているだろうと周りを見渡してみるが、どこにもいない。たとえ近くでメイファンを奪う機会を窺っているとしても、ワンリーの結界があれば手出しできないということらしい。

 それなら自分がおとなしくしている方がワンリーは存分に戦える。メイファンは笑顔で頷いた。


「はい。ワンリー様、お気をつけて」


 向き直ったワンリーに、タオウーはいきなり襲いかかってきた。


「おまえのような優男(やさおとこ)、本性に戻らずとも人の姿で十分だ!」


 振り下ろされた大剣をワンリーは雷聖剣で受け止める。金属がぶつかり軋むような音に、メイファンは思わず身をすくめた。


「聖獣王も見くびられたものだな」


 余裕の笑みを浮かべてワンリーは大剣を押し戻す。後ろに突き飛ばされたタオウーはたたらを踏んだ。

 大きなタオウーの半分しかなさそうな細い体のいったいどこからそんな力が湧いてくるのか、メイファンは驚きに目を見張る。


 すかさず間合いに飛び込んだワンリーが今度は剣を振り下ろした。すんでのところで身を躱し、タオウーは楽しそうに笑う。


「意外と楽しめそうだな」


 そう言って再び大剣を振り下ろした。受け止めたワンリーの雷聖剣に向かって笑い声を発しながら、何度も剣を打ちつける。

 タオウーが振りかぶったわずかの隙に、ワンリーは身を躱し間合いを取った。そして素早く雷聖剣を振り下ろす。剣先からタオウーめがけて雷がほとばしった。

 タオウーはおどけたように笑いながら、それをひょいとよけて、すぐさま大剣を振り下ろす。またしてもガシガシと剣を打ちつけるのを見ながら、メイファンはふと不思議に思った。

 どうして体を攻撃しないのだろう。タオウーは剣を打ちつけるばかりで他の攻撃をしない。まるで雷聖剣を叩くことが目的のように。

 それに気付いてメイファンは叫んだ。


「ワンリー様! 剣を合わせてはダメです。その人は雷聖剣を折るつもりです!」

「なに!?」


 ワンリーの目が一瞬メイファンと合う。次の瞬間大剣が打ちつけられた雷聖剣からギシッとイヤな音が響いた。タオウーがニヤリと笑ってもう一度思い切り剣を打ちつける。


「もう、おせぇ!」


 その時、メイファンの目に映る時の流れが、亀の歩みのように遅くなった。

 大剣を受け止めた雷聖剣が真ん中からポキリと折れ、そのまま姿を消す。支えを失った大剣は惰性でそのままワンリーの頭を捉えようとしていた。


「ワンリー様ぁ!」


 結界を越えてメイファンがワンリーに手を伸ばす。すると、腰にくくりつけていた聖獣のお守りからまばゆい光が発した。

 聖なる光はあたりを真っ白に染め、あまりの眩しさに皆目を閉じる。タオウーは大剣を持った腕で目を覆った。

 やがてゆっくりと収束していく光の中で、ワンリーとメイファンは目を開いた。


「くそぅ、目が見えねぇ!」


 タオウーは未だに目を押さえたままうめいている。聖なる光は魔獣にはより大きな打撃を与えるらしい。


 素早くメイファンの元に駆けつけたワンリーは、いきなりメイファンを背負って麒麟の姿に戻った。


「すぐにここを離れるぞ」


 そう言って一気に空高く舞い上がる。メイファンはワンリーのたてがみにしがみついて下を見下ろした。


 庵の残骸の真ん中では、タオウーがまだ目を押さえてうつむいている。ワンリーの結界が解けたようで、壊れた庵の周りに人が集まり始めていた。その一角で、今までどこにいたのか、ガーランがこちらを見上げている。メイファンと目が合った彼は薄笑いを浮かべたように見えた。


 背筋にゾクリと悪寒が走って、メイファンはあわてて目を逸らす。たてがみに頬を寄せて一層しがみついた。


「ワンリー様がご無事でよかった。どこへ向かうのですか?」

「ロショクだ」

「え? テンセイの加護は受けないんですか?」

「後回しにする。雷聖剣がなければ呪詛結界を張っている術師の陰の気を祓うことができない。先にロショクの加護を受けて対策を練る」

「わかりました」


 ワンリーは進路を北西にとって、そのまま空を滑るように駆けていく。ほとんど振動を感じない。麒麟の背は馬の背よりもずいぶんと乗り心地がいいのだろうとメイファンは思った。





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