8話:邂逅
入り口の衛士にどうにかついてこないでくれと頼み込むこと数分。
城の外に出るわけじゃないから大丈夫だし何かあっても自分の責任だからあなた達に責任を負わせるようなことはしないしそもそもこれは気晴らしなのであって無言で後ろからついてこられちゃ気晴らしもあったもんじゃないからお願いだからここにいてくれ。とオブラートに包んで説明したところ渋々了解してくれた。
こんだけ頼み込んで渋々と。
こういった仕事をするならば言いつけられた仕事を忠実に守ろうとするのは正しいのだろうが、あまり融通がきかないのも考え物だ。
部屋を出て数歩で既に精神的疲労を感じていることに辟易しつつ、訓練場に足を向けているのだった。
衛士のせいで――真面目に職務をこなしていただけなのに"彼らのせい"というのも酷な話だが――殆ど出歩かなかった為に気づかなかったが、この城、広い。とにかく広い。
城と言ってもそんなに広さは無いだろうと高を括っていたのだが――
「迷子なう……」
途方にくれる一人の男がそこにいた。
どこをどう間違えたのか完全に迷子である。
戻ろうにも、途中からこっちでいいのかなーなんて適当に歩んできたので既に帰り道もわからない。
訓練場なんて名前だから、近くにいけば練習してる声が聞こえるだろうと思っていたのだが、城の中は静寂そのものだ。
おまけに衛士やメイドの一人も通らないので道を聞こうにも聞く相手がいない。
要の適当な性格がまた一つ仇となった瞬間だった。
最早こうなるとこのままなし崩し的に歩き回り、練習場まで行き着くか人とすれ違う事を祈るしかない、と城の中でそんなに気張る必要は無いはずなのに意気込んだ要はその意気込みが微塵も垣間見れないゆったりとした足取りで歩き出した。
結局一人で好きなように散歩できた時点でかなり気分転換になっていたのだった。
「日差しが気持ちいいねぇ」
ゆったりとした足取りで廊下を歩きながら、誰に対してでもなく一人つぶやく。
通路の窓から差し込しこむ陽光が廊下を照らし、心地よい暖かさに包まれていた。
当初の目的だった訓練場のこともどこへやら。
そんな心地よさに顔を綻ばせ和んでいると、どこからか楽器のような音が聞こえた。
音色はピアノに近いだろうか。澄んだ音が確かなリズムを持って聞こえてくる。
まさか異世界にきてピアノに似た音色を聞くと思わなかった要は足取りも速く音のするほうへと向かっていく。
音源を見つける前に音は途切れてしまったが、通路の行き止まりに閉まっている扉を見つけた。
ここまでに見た部屋は全て扉が開いていた。おそらく人が使っている部屋は扉を閉めるようにしているのだろう、と要は解釈している。
この解釈は正しい。通常使用していない部屋は明け払い、空気が滞留しないようにしているのだ。
閉まっている場合は使用者がいる、という合図にもなっており、働くメイドたちがどの部屋に気を払えばよいのか一目でわかるようになっている。
中にいるのが国王だったらどうしよう、と多少躊躇したが一応は招かれた身だから、と自分に言い訳をして扉を軽く叩いた。
「すみません、入ってもよろしいでしょうか?」
――――――へんじがない、ただのくうしつのようだ。
てっきり使っているから閉まっているのかと思ったがどうやら勘違いだったらしい。
扉の開閉に対する認識を修正しつつ、要は静かに扉を開いた。
念のため人がいる可能性を考慮し、そっと中を覗き込む。
室内はそこまでの広さは無く、置かれた調度品や家具はベッドとテーブルと椅子、それに衣装棚と、テーブルと似たような作りだが少々大きめの木箱が一つだけ。
城に仕える衛士かメイドが使う部屋なのかと思われるほどに質素だった。
扉から向かいの壁中央には開け放たれた窓が一つあり、優しく揺られる純白のカーテンが、優しい日差しと外の暖かい空気を室内に運び込んでいるのがわかる。
要の視線は、ただ一点を見つめていた。
やわらかい陽光と空気を全身に浴びるように、一人の女性がイスに座りその窓から外を眺めていたからだ。
白を基調に、控えめな金色の刺繍が施され、肩の出た服を着ている。これだけで彼女が使用人ではないとわかった。
息を呑む、というのはこういうことだろう。
日に照らされた肌は一歩間違えば病弱ともとられそうな透き通るような白さだ。そしてその肌の白さを際立たせるように腰まである仄かに翠色を含んだ銀色の髪は、窓から風が吹くたびにカーテンと同じように靡き銀糸のような煌めきを放っていた。
その様はまるで写実的な一枚の名画を見ているかのようだった。
「……貴方は?」
要の気配に気づき、振り向き突然の訪問者に疑問を投げかけるその瞳の色は翠玉。
母性を感じさせるやわらかい雰囲気に相反するように、瞳には力強い意思が宿っているのがわかる。
驚いたのは銀色の髪から覗くその尖った耳と、振り向いた奥の片目が綺麗な蒼い色をしていたから。
いわゆるオッドアイというやつだ。
「あ、いえ、ちょっと道に迷ってしまいまして……」
「なにそれ、ここにいるってことは貴方城の者でしょう? なのに道に迷ったの?」
「いやぁ……」
ファーミリアの講義中にエルフ――と呼んでいいのかわからないが要の知るエルフそのままの特徴だった――なんてものが存在するなんて聞いた覚えないんだけどな、と心の中で疑問を浮かべる。
これはファーミリアが地球とラースベストの違いを把握していないことによる齟齬だ。
どこまでが通じる常識なのかわからないお互い手探りの状態なのだからこればかりは仕様が無い。
ラースベストではヒトと異なる別の種族がいるというのは常識だ。
「えーと…訓練場はどこでしょうか?」
「悪いけど私殆ど城内を出歩いたこと無いの。だから知らないわ」
「そうですか……すみません。お寛ぎの所お邪魔しました」
情報も無いようだし、なんだか言葉に刺々しさを感じた要は早々に立ち去ろうと判断した。
何より先ほどの姿を見てしまっては、なんだか名画を汚してしまったような申し訳なさをも感じ、踵を返す。
しかし立ち去ろうとした要を彼女が何故か呼び止めた。
「待ちなさいよ。折角来たんだからお茶の一つでも飲んでいきなさい。たまには他人と喋りたいと思ってたところだし」
招かれてきたわけでもないのにそれはおかしい、おそらく気を遣って言ってくれているのだろう。
既に散歩――迷子ではない――をして気分転換にはなったし、せっかくのお誘いを無下に断るのも忍びないと思い、快諾して部屋に入り扉を閉めた。
「ではご相伴に預からせていただきます」
促されるままに、テーブル歩み寄り椅子に腰掛ける。
先ほどは廊下だったせいで日差し以外には感じなかったのだが、開け放たれた窓から入り込んでくる小春日和のような気持ちの良い風が要の顔を優しく撫でていく。
思わず目を細めて体を撫でる風を十二分に満喫する。
「あ、私つい最近こちらに来たもので右も左もわからないんですよ。こんなことを言うのはおかしいと思いますけど、何か失礼なことをしていたら遠慮なく言ってください」
その言葉を聞いた彼女は、じっと要の顔を見たあと何か納得したように頷いた。
「貴方あの時の……なるほどね。気にすること無いわ、あたしが引き止めたのだから今更礼儀をどうこう言うつもりは無いもの」
「あの時?」
「謁見の間にいたでしょ。あたしもその場にいたんだけど……フード被ってたの覚えてないかしら」
「あぁー」
確かに一人顔の見えない人物がいたのは覚えている。
王様の前で顔隠すなんていいのかなーとか余計なことを考えていたので記憶に残っていたのだ。
「居たのは覚えてますけど、あの時は顔見えてなかったのでわからないですよ」
色々事情があるのよ、と言いながらながら両手を胸元まで上げ、空中にボールを持つような手の動き。
<水>と小声で口に出すのが聞こえると同時に、両手の間に水球が出現した。
続いてサーッという水の流れるような音がしたと思うと、水球から白い煙が立ち上る。
目の前で魔術が使われているという事実に、要は少なからず驚いていた。
要が実際に魔術を見たのはファーミリアが森を出る際に使ったものだけだ。
ファーミリアが指導のときに魔術を見せなかったのも、魔術を使ったことが無いという要のイメージに変な先入観を植え付けない為といわれていたのだが、こうして見ていると先入観以前に来たときから抱いていた本当に使えるのかという疑問を拭いきれなかった。
流れるような音が止まり、水球を両手で持つ姿勢のままいつの間にか置かれていたティーポットに注ぎ込む。
茶葉を入れながらこちらに意識を向けるその姿も美しく、何をやってもサマになっててズルいな、とコスプレイヤーとして様々なシーンを再現し写真に収めてきた要も、あまりのハマりっぷりに心の中で微笑ましい苦笑を浮かべていた。
「魔術って凄いんですねぇ。お湯まで出せるんですか」
「凄い……かしら? 湯を出す程度ならそこまで難しいことじゃないでしょ」
「未だに魔術が使えない私からすれば十分凄いですよ」
言ったあとにしまった、と心で舌を打つ。
程度の差はあっても魔術が使えて当たり前の世界で、魔術を使えない要は異質な存在だ。
それがどれだけのことなのか、あの日広間で魔術を使ったことが無いと公言した時の衛士達の反応でわかる。
一瞬考えるように動きを止めた彼女は、合点がいったといわんばかりに要の顔を覗き込んだ。
「ふーん、まだ使えないのね……いえ、よく見たら使えないというより封印されているといったほうが正しいかしらね」
まずったかなーと思っていたのだが、彼女の反応はあの時衛士達から感じた侮り、猜疑、侮蔑、疑惑、そんなマイナスの感情を一切感じない平然としたものだった。
それよりも今の言葉が少々気になった要は疑問を投げかけた。
「封印ですか?」
「えぇ、あたしも魔力総量には結構自信あったのだけれど、それと比べても相当の魔力を封印されてる。何か事情があるんじゃないの? まぁ人の事情を詮索する趣味なんてないけれど」
封印した覚えなんてあるはずがない。そもそも魔力や魔術なんてものは要にしてみれば存在こそが空想だ。
そんなものが自分の中にあるなどと誰が考えようか。
冗談で使えたらなーと考えたことは多々あるが、本気で考えていたらそれはただのイタい人である。
ファーミリアが隠していた?もしくは封印をした?などと猜疑心が出てくるが、要を戦力としてあてにしようとしているのだから、わざわざそれを隠したり封印する必要が無いだろうという結論に至った。
「いや、そんなことはないんですが……封印ですか。しかし魔力の量って相手を一目見てわかるものなんですか?」
「何言ってるの、普通は無理に決まってるじゃない」
「じゃあどうやって……」
「あたしが特殊な眼を持ってるからよ」
そう言いながら左目を指差す彼女。
先程は遠目で気づかなかったが、よく見てみるとその左目はただ蒼いだけではなく瞳孔が縦に細く開かれ、猫目の宝石のようだった。
要はファーミリアや他にも相手の魔力を知ることができる人間がいる事を知らない。
フェガロ王達による数度の話し合いの結果、情報を与えすぎるのもよくないのではないか、という話が出たからである。
特に知っていなければ困るようなことではないため、要に指導と称してファーミリアから与えられる知識は一部の情報が制限されていた。
戦いに参加することが決まった場合に教えればいいという理由で。
(猫目だ……オッドアイで蒼い猫目……胃がキリキリしてくるなこれ)
初対面の相手にずいぶん失礼なことを考えている要だった。
「なによその顔。ふん、貴方も私のことが怖くなった?」
露骨に不満げな顔をする彼女。
そこまで変な顔をしていたつもりはないし、ただ過去の自分を思い出して自傷行為に浸っていただけだ。
「いや、ちょっと昔のつらい思い出が蘇りまして…気にしないでください」
学生時代に通り過ぎた道とはいえ改めて現実として見せられると、ちょっと格好良いなと思ってしまう自分が悔しい。
「そだ。ちなみにその封印ってのを解くことってできます?もしくは解く方法をご存知ありません?」
「できるわよ」
「ですよねー……できるの!?」
てっきりこういうときのお約束の流れでできないという返答が帰ってくると思っていた要はすかしを食らってしまう。
思わず敬語も崩れて素で問い返してしまった。
「ちゃんと視てみないことにはわからないけど、おそらくできるわ」
「え、ほんとですか?……不躾で本当に申し訳ないんですが、できればその封印といて貰えません?」
「良いわよ、こうしてこの部屋にきたのも何かの縁でしょうし。でも本当に良いのかしら。何か理由があって封印してたんじゃないの?」
「少なくとも私の意志じゃありませんので。是非お願いします。あ、それとも封印っていうくらいだから解いたら何か悪いことでもあったりするんでしょうか。それならちょっと考えさせてほしいと思うんですが」
「大丈夫じゃないかしら。どういう意図があったのか知らないけど例え魔力総量がどれだけあっても使わない道具に意味は無いでしょ。何か問題があっても最悪魔術を使わなければ良いだけだわ、生活は大変になると思うけどね。でもその前にいくつか聞きたいことがあるの。それに答えてくれるのなら封印をといてあげる」
魔術が使えるようになるならば、それくらいの対価は安いものだ。
相手に呼ばれた身とはいえ、城に一室を貰い、ほぼ不自由ない生活をさせてもらっているのに何もしていない自分に少なからぬ後ろめたさを持っていた。
周囲からしてみれば、何もせずただ王女に教えを請うだけの引きこもりの役立たずだと思われていてもおかしくないと要は思っていた。
何かしてないと悪いような気がしてしまうのは日本人の性なのかもしれない。
それに召喚目的は魔物の掃討だというのだから、もし魔物が攻めてきた場合最悪身一つで戦場に放り出される可能性も考えられる。
なので魔術が使えるに越したことは無い。本当に使えるなら、だが。
しかし今までの彼女の話を聞く限り、要が魔術を使えなかった根本的理由は魔力が使えない状態だからだ。
どの程度の事を聞かれるか少々不安はあったものの、暗い夜道に光明を得た要は彼女の願いを聞き入れることにした。
「わかりました。でも私に答えられることなのかわかりませんよ?」
「大丈夫よ。聞きたいのは簡単なことだし、どのような答えであっても約束は反故にしたりしない」
「初対面でそこまで買って貰える理由がわかりませんが……わかりました、では先にあなたの質問を聞いておきますかね。封印を解いて貰ってからわかりません、答えられませんじゃ悪いですから」
ふふ、と微笑を浮かべた彼女は「そんな事を聞いてくる時点で大丈夫だと思うわ」と一言付け加えて切り出した。
「まずはその敬語をやめて。あたしは貴族でもないし敬われるような人格者でもない。それになんだかくすぐったいわ」
「これは癖みたいなものなんですけどね……わかった」
「うむ、よろしい」
笑いながら佇まいを正し、少し強張った表情を浮かべる彼女。
数拍の間を置いて、こちらが本題とばかりに意を決したような表情を浮かべている。
今の質問は自分の気を落ち着けるための冗談でもあったのだろう。
先程の少々高圧的ともとれる態度はどこへいったのか、相手の反応を知るのが怖いとでもいうかのように、目をそらして小声になりながら呟く。
「……私のことが怖くは無いの?」
「はい?」
質問の意図がわからなかった。
危害を加えられたわけでもないし、そもそも彼女とは初対面のはずだ。
それともラースベストではエルフ――エルフと呼んで良いのかすらまだわからないけれど――が恐れられているのだろうか、と思考を巡らせる。
とりあえず思ったとおりの感想を告げてみることにした。
「……全然。むしろあまりにも綺麗でビックリさせられたくらいだし」
逸らしていた顔を、要に向けながら驚きに目を見開く彼女。
「あう」とか「え」とか謎の単語が口から飛び出し、頬を赤らめ再び目を逸らしてしまう。
ちくしょうテンプレ的反応なのに可愛いじゃねぇかオウ、と内心思ってしまったのだが反応があんまりにも可愛かったので何も言わずに眺めることにした。はたから見たら結構な変態である。
しかしそんなに意外な感想だっただろうか、と頭にクエスチョンマークを浮かべる。
先程のように椅子に座り外を眺めるアンニュイな横顔を見れば殆どの者は同じような感想を抱くのではないか、というのが正直な感想だった。
「なんで怖がる必要があるの?」
「それは……」
頬を染め恥ずかしそうにモジモジしていた熱も一瞬で冷め、浮かべた微笑を曇らせ言いよどむ。
地雷踏んじゃったかな、とお互いの間に流れる痛々しい沈黙に焦る要が話題をかえようとしたとき、先に彼女のほうから口を開いた。
「それは、私が長命種と妖精猫のハーフだからよ」