9話:目覚めと真実
「すっかり忘れてたけどあたしはエルサリアよ」
「俺はカナメ=スドウ。カナメでいいよ」
「じゃあ私もエルザと呼んで。親しい者にはそう呼ばれてたから」
香りは少ないが味のしっかりとしたお茶を楽しみながら、雑談を交え互いの話をすること数刻。
初対面の自分になぜそんなことまで話してくれるのかわからなかったが、人の話を利くのが嫌いではない要は相槌と質問をかえしながら耳を傾けていた。
ファーミリアから聞いたことのない知識もあり、興味を引かれたというのもあるが。
自分が長命種と妖精猫のハーフだと言う彼女は、もう長いことこの部屋に閉じこもっているのだという。
エルフという種はそもそもヒトのように国といった概念がなく、森さえあればどこにでも住むことができる。
大きな森になると自然と多数のエルフが集まる為、必然的にエルフ同士の生活圏も近くなり、集まったエルフ達が集落から国を作り、外からは『エルフの国エルフィード』と呼ばれていた。
森に出て採集や狩りを行うヒトと、森に住むエルフは自然と交流も多くなる。
だがいつからか魔族という存在が現れ、エルフィールドは魔物達の襲撃にあってしまう。
エルフとヒトは共に戦い、互いの国を守るべく多くの犠牲を払い一度は退けたものの、立て直しを図る前に襲撃してきた魔物達の圧倒的な物量に押され、近隣のヒトの国諸共エルフィールドは失われてしまった。
その際に、エルフィードに住んでいたエルサリアを両親が身を挺して庇いながら彼女を逃がしてくれたのだ。
国を滅ぼされ森を追われた彼女の両親は最後に、当時より交流のあったバナジールに愛娘の保護を求めた。
しかし、ヒトと比べ数倍の寿命を持つ長命種族のエルフが持つ魔力は膨大だ。
そして魔術は到底ヒトの寿命では到達しえない域の技術を持っている。
エルフの中でも特に多大な魔力を保持する彼女は、言ってしまえば一個人がミサイルを持っているようなものだ。
その魔力をもって戦えば、騎士一個小隊を相手取ることも容易だろう。
今でこそヒトの国に定住している者もいるが、未だ常人から見ればエルフは畏怖の対象でしかなかった。
そして一番の問題は彼女がハーフだということ。
妖精猫とはその名の通り猫に近い見た目を持つ種族だ。
その能力は、身体能力が高い、夜目が利く、聴覚が優れているなど。
種族が混ざり合った場合、それを特徴付けている能力が発現する可能性はかなり低くなる。
両方の能力をあわせたものがポンポン生まれてしまえば互いの種族だけではなく、生態系のパワーバランスを崩してしまう。
そもそもラースベストではヒトを含めたどの種族も、他種族の者と結ばれることに忌諱の感情を持っている。
その為、存在自体を疎まれることが多いのだ。
だが幸か不幸かエルサリアは両方の特性を持って生まれてきた。
エルフの魔力とケットシーの身体能力。それだけで個人が所有するには十二分なスペックがあるとわかる。
その為、例え城内においても簡単に出歩くことは叶わず、国の庇護下にある彼女の生活は軟禁に近いものだった。
「しかし何故私なんでしょう。ファーミリア王女にも何か感じるとか言われた覚えがあるんですが、私にそんなものがあるとは思えないんですけどねー」
「敬語戻ってるわよ。まずは貴方が私を全く恐れなかったこと。エルフは感情を抑制しやすい分、他者の感情を感じ取ることに鋭敏なのよ。貴方からは私に対する負の感情が微塵も出ていなかった。あとは私が話してみて貴方ならば信用できると思ったから」
長命であるが故に、エルフは歳を経た者ほど感情に抑制がかかってくる。
年少期までであれば、ヒトとほぼ変わらない感情の抑揚を持っているのだが、周囲の大人を見て育つというのはエルフもヒトもかわらないようで、大人に近づくにつれ影響を受け感情が抑え目になっていく種族だ。
「最後の質問よ。いえ、質問というよりはあたしの我侭なお願い。こんなことを初対面の貴方にお願いするのはおかしいと思う。けれど今まで出会った多くの人たちのなかで、貴方は最初からあたしを蔑んで見なかった。あたしの傲慢だと思うけど、むしろ好感を持たれていたと思ってる。だから」
要の目をしっかり見据え、両の手を握り締め一世一代の告白でもするかのような雰囲気でエルサリアは口を開いた。
「ぁ……あたしの友人になってほしい」
言ってしまった。
例え偏見を持たずとも、自分の事情を知った上で近づこうとする変わり者はいない。
微妙な静寂。要は顔を下に向けその表情をうかがい知ることはできない。
断られるのだろう。そう諦めにも似た気持ちでいたのだが――。
「……あはははは!」
顔を上げた要はおなかを抱えて大きく笑った。まさか笑われるとは。
どういう意味なのか考えあぐねているのがエルサリアの表情にありありと出ている。
勘違いされても困るので、要は早急に弁解を述べた。
「いやごめんごめん、あれだけ自分の事情を話しておいて今更友達になって欲しいっていうからさ。普通あんなに話し込んで身の上話までされてるのに友達じゃないってほうが問題だよ」
笑い涙を堪えながらヒーヒーと笑い声をあげる。さぞや腹筋が鍛えられたことだろう。
エルサリアからしてみれば、要のように偏見を持たずに接してくる人間は稀だ。皆無と言ってもいい。
だからこそ普段から人と話すようなことがない彼女は、自然に接してくれる要のことがこの数刻の雑談だけで気に入っていた。
身の上話をしたのも、要の偏見を試すような意味もあったのだが杞憂に終わったらしい。
そもそもエルフやケットシーなんてものの存在すら知らなかったのだから、偏見もなにもあったものではないのだが。
「いやー笑った笑った! うん、こちらこそよろしく。えーと、異世界から召喚されてこっちにきたのでこっちのことはまだまださっぱりなんで、色々教えてくれると嬉しいかな」
「あ、ありがとう…」
「ここはありがとうじゃないでしょ」
「……よろしく?」
「何で疑問系……うむ、よろしい」
敬語をやめてくれと言われた時と同じような態度を返す。
軽い意趣返しができた、と内心喜んでいる要。
友人ができたことが余程嬉しかったのか、向日葵のように破顔したエルサリアは要の手を取り握手をした。
「ところで、今聞き捨てなら無いことを言ってたような気がするのだけど。異世界から召喚って言った?」
「言ったよ。つい七日くらい前かなー、こっちに召喚されたの」
「異世界から召喚……そんなに大規模な魔術……いえ、魔法陣かしら。まだそんな召喚魔法陣が残っていたのね。でもそれを使ってまで召喚した事に何か意味が?」
「なんか魔族に襲われてるから助けてほしいとか。そんなわけで召喚されたのが俺なんだけど、魔術を使えそうな気配が微塵も出てこなくて困っている次第で。まぁさっきのエルザの話を聞いてると、魔術を使えなかった原因はその封印にあるみたいだけど」
「はぁ? あなた簡単に助けてほしいとか言われてるみたいだけど、以前の大侵攻のときどれだけの魔物がいたか知ってるの? 確かに魔力はあるみたいだけど、あなた一人でどうなるものじゃないわ」
「まぁそりゃー一人増えたところで戦況が変わるような無双っぷりを発揮できるとは思ってないさ」
「自分と無関係な世界のことなのにその為に命をかけるの?」
「あんまり実感が無いってのはあるかな。命をかけるって大それた事を言うつもりはないけど、頼られて悪い気はしないし」
「そんな理由で戦場に身を置くとか馬鹿なのかしら」
「戦場に身を置くのはともかく馬鹿なのは否定できないわなー。まぁ最前線は無理でも後ろから魔術をちまちま撃つってのなら生きてられそうだし。でも俺一般人だし魔術使えないし男にしては体躯ないし顔はよく未成年に間違われるし身長は小さいし痴漢にはあうし」
「そこまでいってないわよ!?」
「まぁ、そんなわけでとりあえずマイナスの要素を少しでも無くしたいので封印といてもらえません?」
ちょっと涙目になってる要。
その姿を見て、案外可愛い顔をしているんだな、と思ったエルサリアは何を考えているんだと自分の思考を振り払い返答した。
「まぁ、いいわ。じゃあこっちにきて」
テーブルを挟んで対面に座っているところを、椅子をずらして膝を付き合わせる形に座りなおす。
「目を閉じて」
そう言いながら体をこちらに傾けてくる。ちょうど要の顔を覗き込むような形だ。
「え、そんな早いよ二人ともまださっき友達宣言したばかりなのにいきなりその先に進むだなんて」
「……!? ば、ばか! 違うわよ! 封印をとくにはお互いの額をつけなきゃダメなの!」
あわてて体を離しながらしどろもどろになるエルサリア。
要の顔を見やれば、すごいニヤニヤしてる、それはもう今にも噴出しそうな笑いをこらえてるんじゃないかってくらい。
自分がからかわれているのだと理解したエルサリアは要に綺麗なチョップをくらわせた。
本気で怒ったわけではない。気恥ずかしさもあったからだ。
あぁ、人と話していてこんなにも楽しいのはいつ以来だろう、と。
「いでー! もうちょっと手心というものをだな」
「うっさいバカ! 変なこと言うからよ! 魔術を使うときにイメージを組み立てるのは頭でしょ! だから額を突き合わせて直接干渉しないとダメなのよ!」
「なるほどね」
そういって目を閉じる要。
まったくもう、といいながら額に硬いものが当たる感触。
いいにおいだなー、なんて思ってしまうのはきっと外から吹いてくる風のせい。
「じゃあ魔力を意識……っていってもわからないと思うから体の内側のさらに内側に意識して」
内側の内側ってどこやねん! 禅問答かよ! と心の中で突っ込みが入るがエルサリアに届くはずもなく。
いくわよ、と言いながら呪文のようなものを唱え始めた。
廻れ廻れ力の源 主の力の源よ 汝は個にして全 全にして個也 安息の時は過ぎた 今こそ目覚めのとき
パキッ――――そんな乾いた音が聞こえたような、気がした。
「……? おぉ? なんか、体の内側の内側…というかなんだこれすっごい表現しにくいんだけど……体内の内側ってこういうことか。そんなとこからふわーっと体にあがってきて包まれてる感じがする」
自分で言っててわけがわからないが、そうとしか表現しようが無いので何だかもやもやとした表現になってしまう。
付き合わせた額を離し、要の反応を確認したエルサリアは満足したように微笑んだ。
「無事に成功したみたいね。これで貴方も魔術が使えるはず」
「いやー、ほんとにありがとう。まだ使えるって感じはわかんないけど魔力ってのはなんとなくわかった。そういえばさっき相当量って言われたけど、これって多いの?」
「はぁ……魔力が無かったと思ってたんだから当たり前の反応だけど、普通は魔力なんて訓練しなきゃ自覚できないし、無意識にそんな体に纏う事もできないわよ。それを封印解いただけでそれだけ溢れ出させてるんだから相当どころじゃないわね」
「そーなの? まぁ多いに越したことは無いんだろうけど」
「それで外出たら何事かと思われるわよ。とりあえずそのダダ漏れになってる魔力どうにかしなさい」
「いやそんなこと言われても……どうしたら溢れなくなるのかさっぱりなんですが。と言うか溢れてるのかどうかすらわからないっていう」
「あー! もー!」
一見するととてもいいとこのお嬢様にしか見えない女性がヒステリックな声をあげていてもあまり凄みが無い。
どう教えていいか考えあぐねているのか、うーんうーんと唸ってるのだが、10代後半程度にしか見えない少女が腕組みして悩んでいる仕草はなんだか微笑ましい。
「はぁ……封印解いたのは私だし……ほんとは軽々しく使うものじゃないんだけど」
左手を横に伸ばし、空中に突き出すエルサリア。
と思いきやいつの間にか手には茶色い革の装丁に金の刺繍と銀の角金具が施された厚い本が握られていた。
「今どっからだしたの!?」
「細かいことはいいのよ」
(いや全然細かくないんですけど、すごく気になるんですけど)
「これは[厳然たる魔道書]。とりあえずこれ読んで……そういえばあなた文字読めるの?」
「そりゃ読めますよ。これでも元居た世界じゃ毎日読書してたくらいだし」
そういって差し出された本に手を伸ばし、中を開いた。
とりあえず読めるかどうか確認するために適当なページを開くと、小声で「やっぱり開けちゃうのね」という言葉と共にため息が聞こえた。
そちらはとりあえず無視して本の中に目を落とす。
「……なにこれ?」
「なにって、文字に決まってるじゃない。そこ魔力管理方法に関して記述してある所だから読んでみなさいよ」
「いや、これ文字なの?」
「あー……やっぱりそうなのね」
本に書いてあるのは記号のようなものとミミズがのたくったようなものが複合された謎の文字列。というか文字というよりは模様にしか見えない。
この流れで分かったことは一つ。
要は文字が読めない。
「あー、つまりこれが"こっち"の文字なわけね。今更だけど、よく考えたら異世界なのに言葉が通じてるってのも不思議だよなぁ」
「普通は召喚魔法陣にその手の術式が組み込んであるのよ。召喚した相手と意思疎通できなかったら困るでしょ?」
「なるほど。じゃあ今言葉が通じてるってことはその魔法陣に翻訳する魔術が仕込んであったわけかぁ」
「そういうことね。普通は召喚した相手を使役する為に呼ぶわけだから、言葉は通じるようにしても文字を読めるようにまでしないわよ。それだけ組み込む術式は増えるし、起動時の魔力も余計にかかるから。第一いらないでしょ? 無駄な知恵つけられてもめんどうだし」
「さらっと恐ろしいこといわれた気がするけど。つまり俺は"こっち"の文字を読めないってことだよね。はぁ……一難去ってまた一難か」
露骨に落ち込む要。
やっと魔力が使えるとわかったところにこの仕打ち。
本があるならば一人でも学べることは多いと思ったのだが、これでは人の手を借りる以外に知識を求めることは難しそうだ。
そんな落胆する様子の要に何を思ったか、一人頷くエルサリア。
「うん、今回は特別。それも大サービスで特典付き」
「何の話や……」
「まぁいいからいいから。[厳然たる魔道]を閉じてここに置いて手をかざして」
促されるままテーブルに置き手をかざす。
「よし、そのままね。ちょーっと痛むかもしれないけど男なら我慢しなさいよ」
「なに!? なにするの!? すごい不安なんだけど!」
「はいはい文句はあとで聞きますからねー」
汝は知 汝は心 汝は声 我らは探求する者也 知を求め心を感じ声を聴く者也 汝は我と共に在り 我が与えし知は汝が知 汝が知は我らが知 ならば汝の知を求めし者に我らが知を与えん
声を上げる要を無視し、詠唱をはじめる。
詠唱が続くにつれ本から光が溢れ、その輝きを徐々に増し部屋の中を満たしていく。
最後は目もあけられないほどの眩しさの中、本にかざした腕から要に何かが流れ込んでくるのがわかった。
献血で温度の違う血液を戻されたときのような気持ち悪さに見舞われ、嫌悪感を強める。
その嫌悪感が強まる中、唐突にかざしていた腕、頭、体内の内部――魔力の源あたり――に激痛を感じた。
「ぐっ!!!!!」
漏れたうめき声に反応したかのように光がおさまり、予想した以上の激痛に思わず椅子に腰を落としてテーブルに突っ伏す。
「大丈夫?」
「ダイジョバナイ……」
各所の痛みにどこを押さえてよいのかわからずテーブルに突っ伏した要を気遣うようにエルサリアが声をかける。
「さすが男の子、あれに耐えられるのは凄いわね」と慰めの言葉をかけられたが正直耐えられていたのかは怪しい。
継続する痛みではないようで、今は落ち着いているのだが、かなりきつい。
痛みがあると予告されていなかったら気を失っていたかもしれない。
「落ち着いたならもう一度読んで見なさい」
「うえぇ……なんでそんなスパルタなの」
テーブルに突っ伏した顔を重々しく持ち上げ、本を再度開く。
「文字を読めるようになってるでしょ。ついでに魔術の知識も転写しておいたから」
さらりと転写したと言い放つが、まだ要の理解が及んでいなかった。
しかし、言われてみれば魔術制御の仕方から日常魔術や攻撃魔術、果ては魔法陣の描き方まで様々な魔術の事を『識っている』ことに気づく。
実際にこうして先ほどまで読めなかった本の内容がわかるようになっているのだから要の驚きようも当たり前だ。
とりあえず言われたとおりに垂れ流しになっていた魔力を抑えるようにしてみると、先ほどまでやりかたすらわからなかったのにあっさりとできてしまった。
「なにこのチート」
「ちーと? そんな魔術あったかしら」
「いや、ずるいって事。こんなことできるならあんなに必死こいて教えてもらわなくても良かったかなぁ。あの痛みは勘弁してほしいけど」
「あなたね……誰にでもこんなことができたら苦労しないわよ」
「ってことはつまりこれはエルザにしかできない?」
「正確にはあたしと、この[厳然たる魔道書]が無いとできないわね。ちなみに今転写したのは言語はもちろん、私が『識っている』魔術全てよ」
「はいー?……確かにすごい情報量だとは思ったけど魔術全部って」
これをチートと呼ばずしてなんと呼ぶ。
オープニング終わって始まりの街を抜けられなくてどうしよー、と困って街を歩き回ったら、不思議な本を見つけて何気なく使ったらレベルMAXになった上にスキル全開放されちゃいました♪
というデバッグの消し忘れを見つけて知らずに使ちゃった勇者みたいな状況になんともいえない気分を覚える。
嬉しいというよりは困惑のほうが強い。
ゲームだったら一発リセットだぞコラー! と内心雄たけびを上げる。
自分の身の安全もかかっているのだから文句を言えるような立場ではないのだが。
「知識だけなら問題ないわよ。時間はかかってもそれくらいなら誰でも『知る』ことはできるわ。そもそも大規模なものは魔力が無いと使えないし、魔力があってもイメージが下手だと発現すらしないしね」
「ふむふむ、つまり魔術を使う為には魔力があってイメージがうまくないとダメ、と?」
「そういうことになるわね」
「えーと、ちなみに俺の魔力ってのはどれくらいなんですかね」
「……多すぎて測るのが馬鹿みたいに思えるわね」
「俺はイメージに優れているからって理由で"こっち"に呼ばれたんだけど」
「……」
何故そこで明後日の方向を向きながら言葉に詰まる、とは言えなかった。
垣間見えた表情から察するにきっと「ヤバい相手に転写しちゃったかなー」と考えているのだろうと容易に想像できる。
「いやー、その、なんだ。『識って』ても悪用するつもりはないから。それにやっぱり知識としてあるのと、実際に使えるかどうかは違うだろうしね」
「そ、そうよ!あたしもそれを言いたかったの!」
うん。そんな視線をふわふわさせながら言っても説得力無いんだ、と思いつつ、思考の端に浮かんだ疑問を投げてみる。
「でも今更だけどよかったの? 確かに友人になるとはいったけど、会ってそんなに経ってもいない俺にそこまでしてくれるのは何故?」
「それは……」
自分に重ねて見えてしまったから。
異世界に召喚され、魔族を倒してくれなどという難題を押し付けられそうな彼。
誰一人知り合いのいない世界に呼び出され、途方にくれている――ようには見えないが、不安は感じているだろう。
昔のあたしにはまだ両親という存在が居た。
周りからどう思われようとも両親さえいてくれれば幸せだった。
けれども彼には頼れるべき人、寄りかかれるような人はいないのだ。
話を聞いて貰って、そして聞かせて貰って、なんとなくだがわかった。
彼の持つ知識はこの世界では異質であり、珍しく、それだけで価値があり、何事かに用いれば大きな成果を挙げるだろう。
ここにいる以上、国や貴族が彼の身、正確には彼の持つ知識を欲してくだらない争いを繰り広げることになるのは容易に想像できる。
封印を解いた今、その魔力も桁外れなものであるのがわかる。望まずとも厄介ごとに巻き込まれるだろう。
同情や慰め、裏心ではなく、両親以外で初めてあたしを「ただのエルサリア」という個人として、同じ視点で見てくれた彼の助けになればと思った。
単純すぎる理由。だけれど、それが嬉しかった。
他人が見ればそんな数刻の会話で何をわかった気でいるのかとあざ笑うかもしれない。
でも彼にはあたしをどうしようなんていう考えは微塵も無い。何故私がここにいるのかを知らない。
混ざり者であるという事がどういうことなのか、異世界からきた彼は知らない。でもそんな事は関係ない。
一切の打算無く、男にしては頼りなさそうな柔和な顔を綻ばせ笑うその顔は、私の心を穏やかにさせてくれた。
だがそれを口にするのは、何か違う。
それに『友人』に弱みを見せるのは。
なんだか少し恥ずかしい。
「したいと思ったからよ、それだけ。そんなことより、イメージが優れているから喚ばれたっていったわね。あたしの識る魔法陣だとそこまで相手の情報を詳しく指定することはできないはずなんだけど」
「あぁ、ヴォルフェミアって人が俺の世界に来てたんだよ。で、貴方にはすごい力があるからたすけてーって無理矢理喚ばれた」
「ヴォルフェミア……? 彼女が何故? え、ちょっとまって。彼女はこちらの世界の者よ。そちらの世界にいるのはおかしいわ」
「え? だって現に俺は"向こう"でヴォルフェミアさんと話をしてるよ?」
「それがおかしいのよ。あなたもさっき『識った』魔法陣の情報にあるでしょう? 魔法陣というのは召喚をして、用が済めば送還をする為のもの。ならばあなたの世界で魔法陣を起動していなければそれは成り立たないわ」
納得がいかないという風に少々焦りのような雰囲気を出しながら、徐々にまくし立てるように理由を説明していく。
「あー、そういえば王様が魔法陣を書き換えて、こっちから送り込んで選んだ相手ごと喚び戻すように変えたっていってたような」
「なんですって?」
エルサリアの表情に焦りの色が濃くなっていく。
未だテーブルに顎を乗せた形で突っ伏して本を広げたままの要に詰め寄る。
何をそんなに焦燥感に駆られたような顔をしているのだろうか、と怪訝な顔を浮かべる要。
「送り込んでから、喚び戻す。そう言ったのね?」
「いや、そうまじまじと聞かれると自信は無いけど、直接聞いたわけじゃなくて立ち聞きだったし。でもそう言ってたと思う」
なんだか痛ましい表情を浮かべているのは何故だろう。
このまま彼女の言葉を聞いていてはいけない、そんな気がする。
「……ッ。カナメ、良く聞いて。召喚魔法陣は召喚から送還をするもの。これは召喚先を魔法陣が記憶し同じ場所に送還するために必要なものよ。それでも魔力を膨大に消費する。それを送還から起動したとすれば、書き換えたとしても相当の魔力を消費したはず。魔法陣は陣それ自体に魔力が宿っていて組み込んだ術式と作用して増幅させ、辛うじて召喚を成立させているの。召喚する相手の魔力が大きければ大きいほど必要となる魔力も大きくなるのよ。わかりやすく言えば、穴より大きいものは穴を通れないでしょう? そしてここが問題。召喚魔法陣というのは本来使いきりなのよ。つまり一度召喚と送還を使えばもう機能しないの。王家の使う魔法陣がどういうものなのかはわからないけれど、仮に再起動可能だとしてもそれは既に膨大な魔力を使っている。普通なら送還先をリセットされているか、再起動するのに何十年もかかるような状態だわ……」
「…………」
背中に寒いものを感じるのは気のせいじゃない。
しかし要を見つめるエルサリアの目が悲しみに満ち満ちているのに不思議とその気持ちを和らげる。
要にしても、気を遣わずに話せる相手ができたことに無意識に安らぎを感じていたのかもしれない。
「ごめんなさい、カナメ。私にはここから先を告げられない……」
「…………あぁ、いや。それがわかっただけでも良かったよ」
今にも泣き出しそうな痛々しい表情をしているエルサリアにかける言葉がみつからない。
判明した事実に、当事者よりそれに気づいた彼女のほうが泣きそうな顔をしているおかしな状況。
まだ会って数刻しか経っていないのに彼女がそこまで自分のことを考えていてくれることが嬉しかった。
同時に、直接的には自分のせいではないとはいえ、悲しませてしまった事がつらかった。
「とりあえず、今日は部屋に戻るよ。封印、解いてくれてありがとう」
気づけば外はもう綺麗な星空が見えており、開け放たれたままになっていた窓からは少々寒すぎる夜風が吹き付けていた。
まるで、要の心を凍りつかせるかのように。




