10話:目覚めとはなんだったのか
「はぁー…………」
扉を後ろ手に閉め、一人深いため息をつく。
既に日は落ち、長い廊下には等間隔に並べられた燭台の明かりが薄く灯っている。
昼に通ったときのようなの神々しいまでの厳かな雰囲気と暖かさは無く、広い廊下を灯しきるにはどう見ても光量が足りていない。
結果、長く広い廊下は薄暗い、真っ暗、を繰り返した子どもがトイレに行くのを躊躇ってしまうような不気味なコントラストを通路に描きだしている。
薄暗いのもそのはず。常人なら日常魔術で明かりを出せるのだから、最低限の明かりしか必要ないからだ。
トボトボと廊下を歩き出すものの、その足取りは少しだけ重かった。
「はぁー…………さむかった」
先ほどの一件を見ていた者がいたら間違いなく言っただろう。
なにいってんだこいつ、と。
今発するべき言葉はそうじゃ無いだろう、と。
「いやー、窓開きっぱなしになってるんだもんなぁ……あんまりにも寒いもんだから背筋に悪寒が走ったわ。エルザって寒さに強いのかな?あんな腕出るような格好してて鳥肌も出てなかったもんなぁ」
直接告げられはしなかったものの、帰れないことはほぼ確定。
帰れるとしても数十年は必要になるかもしれないという。
そこで要の出した結論――。
悩んでも無駄。
テストでわからない問題があったらとりあえず後回しにするタイプである。
悩んでどうにかなるならいくらでも悩むが、こればっかりは結果が出そうに無い以上悩んでも無駄というものだ。
半分あきらめているが、他の方法を探ることにする、という結論を出すに至り、問題を明後日の方向へとぶん投げた。
「とりあえず魔力は感じられるようになったんだし……試しに使ってみるかぁ」
魔道書から流れ込んだ知識には魔力の扱い方から魔術の使い方までしっかりと刻み込まれていた。
実際に使ったことは一度も無いのに、幾度も使ったことがあるかのように使い方がわかる。
なんとも不思議な感覚なのだが、とりあえず一度使ってみないことにはわからないと思い立ち、暗い廊下を照らしてみようと明かりを照らす魔術を使おうと試みる。
「とりあえず詠唱無しで」と詠唱に未だ若干の恥ずかしさを隠せない要は無詠唱で初歩の初歩である明かりを灯す魔術を使った。
「<ライト>――――」
が、魔術は発動せず。
手のひらの上に出そうとイメージしたのだが、片手を軽く腰元まで上げた状態で立ち尽くす姿は、なんだか切なかった。
「あるぇー? おっかしーなー、使い方間違ってるのかなー?」
使い方を間違えていたのだろうか、それとも他に理由があるのかもと思い、とりあえず部屋に戻って試してみて、ダメだったらまた明日聞いてみようと頭の隅にメモを残す。
結局明るくすることは出来なかった暗い廊下をひとり部屋へと戻ったのだった。
◇◇◇◇◇
昼間に歩き回っていたことをすっかり忘れていた要は、行きと同じくらいの時間を散歩――断じて迷子ではない――して部屋に戻った。
昼間に人通りが無かった場所で夜に人が通るわけもなく。
道順をなんとなくだが覚えていなければ夜の暗さで遠くは見渡せず、何がとは言わないが危なかった。何がとは言わないが。
なんとか部屋に戻ったところ、心地よい疲労感に襲われていたのでそのままベッドに横になったまでは良かった。
「……眠れん」
眠りにつこうとしたものの何故か目は冴える一方だった。
寝転がっていればそのうち眠気も来るだろうと思い、ベッドに仰向けになりながら魔術のイメージ練習をしつつ眠りにつくつもりだったのだがその気配は一向にしない。
久しぶりにあんな気楽に人と話せたせいか、気分が高揚しているのかもしれない。
「うっし、どうせだしまた魔術の練習してみるか」
寝転がっていても暫くは眠くならなそうだと判断した要は、足を上げて振り下ろす勢いで上体を起こす。
ベッドに座った姿勢のまま早速脳内メモを引っ張り出して練習をすることにした。
困ったことに先ほどは何故か魔術が使えなかった。
魔力の感覚はあるし、知識は貰ったので、それが間違いでないのなら問題は要にあるということだろう。
ベッドの横に置いてあるスタンドライトのような照明器具の根元に手で触れ、部屋に明かりをともす。
ラースベストでは電気は無いが、こうした道具を魔力でもって用いている。
日常魔術という誰でも使える便利な存在があるのに、何故こうした必要のなさそうな照明器具があるのか。
それは富裕層や貴族の者がもつステータスや常識のようなものだ。
貴族には、魔術は使えるのが当たり前。ならば貴族を貴族たらしめるにはわざわざそれを別のもので代用することでステータスとしている節があった。
「俺はこんな無駄なものにまで金を使える程の財力と力があるんだぞ」という普通の人が聞けば鼻で笑われそうな理由なのだが。
こういったある種の物質に魔術を固定する事は一般的な魔術師にはできない。
<付与士>と呼ばれる特殊な魔術師でなければ付与できないのだが、まず付与士の絶対数がとても少ないのだ。
直接魔術を使うのと違い、付与士はある種の技能と先天的な才能が必要となる。
後天的に努力でなろうと思えばなれるのだが、先天的才能を持つ付与士に比べると付与した魔術にどうしても明らかな差が出てしまう。
その為、生まれ持った才能がある者以外で付与士を目指す者は殆ど居ないのだ。
結果、付与士の数は少なく、その作られる道具も出回ることは少なかった。だからこそ貴族の持つ道具として、その希少価値も含めてステータスになる。
そんなわけでとても無駄遣いの一品ではあるのだが、現状の要には夜を過ごす上で無くてはならないものだった。
「そんじゃま、一通りやってみますかね。どれかしら使えれば魔術を使う糸口になるかもしれないし」
こういうのは気の持ちようが大事だ、と気分を持ち直して一つずつ記憶から引っ張り出しながら使ってみる。
子どもの練習ではこういったポーズをする、とファーミリアが教えてくれたので両手でボールを持つような姿勢になり、掌の間に生み出すようにイメージ。
ちなみに慣れれば一切の動作も無く使えるようになるらしい。
まずは先ほどと同じく<ライト>
反応なし。
水を生み出す<ウォーター>
反応なし。
火を生み出す<ファイア>
――は、室内で出たらまずいので今は却下。
他にもいくつか魔術を使おうと試みるものの、どれも発現することは無かった。
「ううむ、なんでだー? 魔力は十分。方法も多分あってる。あと原因は……適正?」
本から得た魔術の知識には入っていなかったが、これはファーミリアの講義で出てきたのを覚えている。
魔術は四大属性である火水風土と二極属性の光闇に大別されているそうだ。
個人はもとより、この世に存在する全ての物に適正が存在するのだという。
特に人は傾向が顕著で、その為適正が容姿にも表れる。
適正がある属性ならばうまく扱え、強い魔術が使える。逆に適正が無ければあまり強力な魔術は使えない。
完全に使えないのではなく、より強力な魔術が使えない、感覚が鈍くなるといった程度なので日常生活で困るようなことは無い。
今要が使おうとしたのは各属性の中でも初歩の初歩。
つまり、自分で適正の問題かな、と言ってはいるものの初歩魔術が使えないとなると別の問題であることは明白だった。
「明日エルザに聞いて見るか。とりあえずイメージの練習だけでもしておこう」
テーブルに置きっぱなしになっていた編みかけの編みぐるみを手に取り、ながら作業しつつイメージの練習に耽る。
今編んでいるものなら、いくつも編んで慣れているので手を動かすのに無駄な思考がいかない。
昔は考え事をするときはよく、ながら作業でいろんなことやってたなぁ、などと思いながらイメージ練習をくりかえすこと数分。
「うっし、できたー」
編み途中だったので、始めて数分で一つの編みぐるみができあがった。
クリーム色の糸を使ったクマの編みぐるみだ。白い体に、目になる部分には黒いクリスタルアイを縫い付けてある、ぬいぐるみでもよくあるオーソドックスなキャラクターだ。
手先を動かしたかっただけなので一色で編んでしまったのだが、案外可愛い。思わず手を持ち上げて、くりくりと顔を撫でる動きをさせて遊んでしまう。
――いい歳した男がクマの編みぐるみを愛でてる様とか誰が喜ぶのか。
可愛いのは揺るぎ無い事実だと思うが、それで遊び始めたらそろそろ踏み外してる気がする、と自分の行動を省みてちょっとヘコむ。
ひと段落して落ち着いたことだし、イメージの練習もした。そろそろ寝ようと編み上げたクマをテーブルに置き、ベッドに身を放る。
んーっという台詞と共に思い切り伸びをすると、程よい疲労感と共に眠気が訪れる。
今度は眠れそうだな、と先ほどまで寝転がっていた間の体温も抜けてひんやりとしたシーツに身を委ね、心地のよい眠りについた。




