15話:行動開始
フェガロ王と話し合いを持った次の日。
行動するなら早いほうがいいだろうと思い、部屋に戻ってすぐに必要な荷物だけをまとめ、翌朝街に繰り出した。
ちなみに今の格好は先日エルサリアに見せたあの格好である。
私服で出て行ったほうが城の中では人目を引かずに済むかなと思ったが、それでは城の外に出たとき目立ってしまう。
どちらにしても城に毎日のように出入りする者がいたら、注目を集めないはずがない。
結局、まずは人目を気にせず動くためには外で宿を探す必要があるということになり、フェガロ王の許可は一応貰ったし急にいなくなってもわかってくれるだろうと、こっそりと城を抜け出した要は、エルサリアより紹介された宿に向かっているのだった。
念のため、何かあったら連絡をくれとエルサリアだけには話をしてある。
(これがバナジールの街かー。結構賑わってるな)
歩きながら街を見渡す。田舎から出てきたばかりの"おのぼりさん"に見られないように努めて冷静に、正面を見ながら目の端に見える町並みを楽しんでいた。
城からそのまま一直線に降りてきた先の、かなり広く作られた大通りの店先では、見慣れたもの見慣れないもの含めて様々な食べ物や、元の世界ならすぐに銃刀法で捕まりそうな槍や剣、盾などの武器防具が置かれている。
威勢よく呼び込みをする店主や、店先で座ってボーっとしている女、おばちゃんに激しい値切り交渉を迫られ泣く泣く値切られている店主、余程美味しいのか頬をリスのように膨らませて食べ物を頬張る男など、早朝だというのに様々な人たちが見えて、通りを歩いているだけでも中々に面白い。
活気があるということは、経済が回っている証拠だろう。
(異世界っていうからもっとこう、形容しがたい感じになってるのかと思ったらそうでもないんだな)
城を見たときから感じていたのだが、建物のおおよその外観は元の世界における中世頃に近い。
一般大衆の文化水準は不明だが、魔術という存在がある上に、今見ている限りでそれ程低くは無いだろう。
電線や水道管なんてものは無いが、生活のインフラは整備されているというより、既に個人が保有しているという見方が正しいので必要は無さそうだ。
その為、日本ならばどこにいても空を見上げれば視界に入る電線や電柱なんてものは一つも無く、早朝の澄んだ空気に鮮やかな青い空を見せていた。
そんな活気溢れる大通りを少し進み、先ほどの喧騒も遠くに聞こえてきた頃、別の大きな通りに出た。
先程までの声溢れるような活気はないが、それでも人通りは多く、そこかしこで井戸端会議に興じる女性達の姿が見える。
街路の店先には大きな武器をかかえて話し込んでいる男達や、先端に宝石のようなものがついた杖を持っている女性もいたりして、元の世界の感覚で見ているとカオス空間という他無かった。
当の要といえば「コスプレ会場みたい!しかもすげぇリアル!」とちょっと駄目な方向でテンションを上げているのだった。
「っと、紹介されたのはここか。心楽亭……なんか焼肉屋みたいな名前だな……」
通りに面した建物の一つにその店はあった。
入り口は広く開け放たれており、入り口から見える一階のフロアにはいくつものテーブルとそれを囲うようにイスが並べられているのがわかる。
RPGではおなじみの酒場のような場所なのかもしれない。
しかし自分は泊まる場所を紹介してもらったはずなんだけどなぁ、と店先でどうしようかうろうろしていると、後ろから声をかけられた。
「うちに何かご用?」
振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
交差した眼の色は明るい水色。同じ水色の髪を三角巾に収めて、着ているのは割烹着という配膳のおばちゃんのような格好をしている。
「あ、いえ。宿を紹介して貰ったんですが、場所を間違えたのか酒場だったみたいで」
「ここの店のことよね? ふふふ、初めての人はよく勘違いするけど、うちはちゃんとした宿ですよ」
「そうでしたか。ってうちってことはここは貴方の店なんですか?」
「えぇ。私たち夫婦でやってる宿よ。私も勘違いされちゃうからやめときなっていったんですけどね。主人が言うことを聞かなくてねぇ」
言いながら笑みを浮かべる女性。
「それにしてもわざわざうちを紹介するだなんて、誰から紹介されたのかしら」
「エルサリアです」
「まぁ! 彼女元気にしてる? 最近顔を見ないからどうしたのかと思ってたのよー」
人はエルフに畏怖を感じている。
そう聞いていたのだが、この女性の反応を見る限りではそんな雰囲気は微塵も出ていない。
贔屓のお客を最近見ないからどうしたのかと聞いている程度だろう。
(んー……彼女だけが特別そういった目で見ないだけなのか、それとも俺の聞いてる話が間違ってるのか……)
「それより貴方! うちを使ってくれてありがとう。こんなナリをした店なもんだから宿って気付いてくれる人も少なくてねぇ。まぁ一階は見ての通り酒場としてもやってるからいいっちゃいいんだけど」
「いえ、私は右も左もわからないので紹介してもらっただけですし、礼ならエルサリアに言ってやって下さい」
「それでもよ。勿論紹介してくれた彼女にも今度お礼をいっておかなくちゃね」
朗らかに笑顔を浮かべ続ける女性。
その屈託の無い笑い方にはとても好感を覚えた。
城では皆がこちらのご機嫌を伺うような微妙な顔をして接してきたものだ。
状況を考えれば仕方ないのだろうけれど、こうして普通に接してきてくれることが今は何より嬉しかった。
(こんな些細なことで嬉しいと感じるってのも終わってる感じするけどなぁ……)
内心ちょっと愚痴を零す。
「あんたー! お客さんだよー! エルサリアさんの紹介ですって!」
店先に向かって大きな声で呼びかける女性。
「そんな大きな声を出さんでも聞こえてる!」
声に反応して店の奥から声が聞こえた。ガチャガチャと何やら陶器がぶつかるような音が止むと、奥から出てきたのは、薄く髭を生やし髪を短く刈り込んだガタイの良い男性。
「よくぞいらっしゃいました。ここ心楽亭を営んでおりますダグラスと申します。こちらは妻のミストです」
どうやらこの二人がこの宿を営む夫婦のようだ。
「妻が何か失礼を働きませんでしたか?」
「何いってんだい。店先で困ってた人に声をかけたらうちのお客さんだっただけだよ。それよりもあんたがこんな店構えにしちゃうもんだから、来るお客さんが毎回勘違いしてるじゃないかい!」
「あぁん? 俺は毎回酒場に出るのが大変だと思って、家でくつろぐ時のようにすぐ酒を飲めるようにと思ってだな……」
「それでお客さんが宿だって気付きにくくなってんだから意味が無いじゃないかい! 毎回店の前でうろうろしてる人に声かけてんの誰だと思ってんだい!」
あーだこーだと言い合いをはじめる二人をよそに、お客と言っておきながら置いてけぼりにされる要。
いつものやりとりなのか、本気で怒鳴りあっているというより夫婦の痴話喧嘩みたいな印象を抱く。
実際その表情からは怒りというより笑いの表情が強く見える。
「あのー……お楽しみのところ申し訳ないんですが、部屋は空いてますか?」
「だからおめーは……はっ!これは失礼いたしました!」
客を店の前で放置したことに気付いたダグラス夫妻は揃って頭を下げる。
「いやー気にしないでください。仲がよくて羨ましいですね」
そんな言葉に顔を少しだけ朱に染めるミストに突っ込みを入れるダグラスを見て、笑いを堪えきれない要だった。
また怒鳴りあい始めた二人を制止し、空き部屋を確認。
その後簡単に宿の説明を受けて何日か滞在をしたいというと、ハンターをするならば宿はあまり変えないほうが良いと告げられた。
なんでも、懇意にしてくれる依頼者がいた場合連絡をとりやすくなるし、ギルド側もハンターの住居を固定して貰うと何かと助かるらしい。
普通はただでさえ武器や防具、身の回りの生活用品だけでかなりの物量になるハンターが宿を変えることはあまり無く、多いものになると最早引越しといえるほどになる。
宿というよりは賃貸物件、アパートの感覚なんだろう。
「はい、確かに十日分で承りました。部屋は二階の一番奥の部屋になります」
「わかりました、ご飯はここで食べられますよね?」
「えぇ、見ての通り一階は酒場になってますので、食べ物も腕によりをかけてお出ししてますよ」
無一文だった要はエルサリアから「出世払いでいいから」と金貨1枚を預かっていた。
フェガロ王に貸しをつくるのは遠慮したかったので、とりあえず後で返せばいいかとありがたく受け取ることにしたのだ。
実は、最初のうちは生活する為にどうするかと金銭の問題は勿論考えていた。だが話し合いやら魔術のことやらで頭がいっぱいになっていた要は先立つものが必要だということをすっかり忘れていたのだ。
楽天家というか間抜けというか、あと一歩のところで詰めが甘いのはいつものこと。
とりあえず数日は街に留まり色々と見て廻るつもりだったので、余裕を持って十日分の宿代を払い活動拠点とすることにした。
「えーっと……」
扉を開けると室内は想像していたのと全く違い、奥行きだけでも相当の広さがある空間が広がっていた。
備え付けの鏡や調度品は城にあったものに比べれば見劣りはするが、それでも嫌味の無い落ち着いたデザインで統一感あるそれらの品々は選んだ者のセンスを感じさせる。
入り口から向かいの壁には広い両開きの窓がついており、爽やかな朝の日差しが差し込んでいる。
それに高価なはずの魔術式スタンドライトまで置いてある。おまけに何故か一人用のベッドが左の壁に沿って3つ、右の壁に2つと、計5つもあった。
ちなみに要が想像していたのは激安物件なんてTVで紹介されていたのを思い出し、一人で生活するぎりぎりの間取りしかないような狭い部屋である。
一人で寝泊りするから安い所でいいとその旨は先ほどの夫婦にも伝えてある。
これで安いところなんだろうか。どう見てもパーティー組んでる人が泊まる部屋じゃないか、と部屋から廊下に顔を出してみるが、二階の一番奥の部屋は間違いなくここだ。
「えーと……ここ、だよなぁ?」
「あら、どうしました?」
入り口に立ち尽くす要を見たミストが声をかけてきた。
「先ほど一人だから安い部屋でと言ったつもりなんですが、えらく広い部屋だったものですから。もしかして部屋間違ってます?」
「ここであってますよ」
「これで一人部屋なんですか? 随分広いうえにベッドが5つもあるんですが」
「大所帯の方が泊まる部屋ですからね」
なんだか話が微妙にかみ合っていないような気がする。
一人だからと断ってあるのに大所帯が泊まる部屋なのだという。
「えぇと……?」
「あぁごめんなさい。説明しておいたほうが良かったかしらね。実は昔エルサリアさんにはとてもお世話になったことがあるのよ」
あまり説明らしい説明になっていないのだが、つまりは昔世話になった相手の知り合いの紹介だから良い部屋をあてがったということなのだろう。
「ありがたいですけれど、エルザの友人というだけでそこまでして貰うというのは悪いですよ」
「まぁエルザですって!随分親しい間柄なのね。彼女誰ともあまり交流を持っていなかったから、老婆心でついつい心配しちゃうのよねぇ……でもあなたみたいな人がいるなら大丈夫そうだわ」
この手のおばちゃん特有の男女関係に対する妙な執着っぷりは恐ろしい。
何に対してもそういう目で見てくるのだから。
しかもこちらの話題を華麗にスルーしてくる。
こうなったときは嘘でも相手に合わせておくのが良い。
「えぇと、じゃあありがたく遣わせて貰いますね? 必要があったら言ってください。すぐに別の部屋に移りますから」
せっかくの善意を無為に断るのも悪いと思い、ありがたく頂戴することにする。
もともと荷物は少ないので部屋を移動するだけならばたいした手間にはならない。
「えぇ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
立ち去るミストを見送り部屋に入った要は後ろ手にそっと扉を閉めた。
「……広い部屋じゃ落ち着かないと思ってたんだけどなぁ。まぁ広い分には困らないから良いけど」
一人暮らしの長かった要の部屋はお世辞にも広いとは言いがたかった。
物件上の広さはそれなりのものだったのだが、趣味が趣味なので広さはあっても置くスペースを大量にとられてしまうのだ。
漫画やCD・DVDなどの嵩張るものは集めようと思わなくてもそれだけでかなりのスペースを取るし、コスプレイヤーなんてものをやってるとクローゼットは衣装で埋め尽くされ、棚の上にはウィッグが並び、物置と部屋の角には所狭しと大量の小道具が立てかけられていた。
「これが自分の部屋だったらなぁ……置く場所にも作業スペースにも困らなかったろうに……」
そんなダメ人間まっしぐらな思考を振り払い、当初の目的を果たすべく行動を開始するのだった。




