第七十五話 見る前に飛べ その2
大部屋の塊が、ズルッ、ズルッと動く。
出口を求めてあちこちにぶつかっては方向を変える。
(死者たちが生き返った?)
いや、そうではなかった。
菌糸状のものをおたがいに湧かせてそれが繋がり合い、
たがいの距離を縮めはじめて、
さらに大きな塊に融合しようとしているのだ。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
黒い塊にまだ吸収されていない死体が、死体のまま、あちこちで床に落ちはじめる。
ドサッ。
ドサッ。
ドサドサドサッ。
とっくに死んでるはずなのに芋虫みたいに動くことをやめない。
這っている。
繋がろうとしている。
「もう時間がないの」
ようやく我に返ったアンジュがリス野郎に呼応しおれに向かって声を上げる
「強制起動するから驚かないでね」
強制?
起動?
「満三日必要なんだけど」
「もう待てないの」
「そうでシ」
「見てるでしょ? 死体が動いてるのよ。これからまた何かが起こる。お願い。強制起動するから、ついてきて」
「憑いてるじゃねえかよ」
いきなりリス野郎がひょこんと窓のとこから飛び降りた。
廊下を駆けていく。
アンジュもいきなり駆け出す。
リス野郎はすごいスピードでひょんひょん廊下を突っ切っていく。
まるで跳ぶみたいにジャンプして、時折こちらを振り返る。
疲れているはずのアンジュもそれと劣らないぐらいの速さで駆けている。
リスを追っている。
(なんなんだよ、このスピードは!)
(いきなり百メートル競争かよ)
(病院の中で何やってんだよ?)
フワフワ尾っぽを、まるで旗みたいに立て、猛スピードでリスは駆ける。
アンジュもその後を追う。
おいおい正面は非常口だぞ。
え?
施錠してあるはずの非常口の扉がぱかっと開いた。
その先は非常階段だ。
リス野郎は逃げてるのか?
誘ってるのか?
わからない。
追いかけっこしてるようにも見える。
開いたドアの中にリスがそのまま駆け込んだ。
馬鹿なやつだ。
やはりリスはリスなりに馬鹿なのだ。
残念でした。そこは行き止まり。非常階段。
「閉じるぞ!」
と思った瞬間。
ジャックイン。
その隙間からアンジュがダッシュしたまま突進して駆け抜ける。
鉄の階段がある。
簡単なフェンスがある。
でもその向こうは———。
何もない。
ここは四階なんだぞ。
わかってる?
(階段踏みはずしたぐらいじゃ済まないぞぉ!!!)
なのにリス野郎はスピードを緩めることなくフェンスをすり抜け、突っ走ったまま、そのまんま、宙に向かってジャンプしたのだ。
空中へ。
四階の高さがある宙へ。
ジャンプした。
落ちる?
いや、飛んでるぞ。
滑空していく。
(おまえはモモンガなのか!)
次いで、なんということだ。
アンジュまでが、
あのリス野郎に誘われるようにしてそのままフェンスを軽く飛び越え、ジャンプしてしまったのだ。
空に向かって。
青い空に向かって。
ヤバ
ヤバ
ヤバ
ヤバ
ヤバ〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!
アンジュの全身が一瞬宙に浮いて、それから落下していく。
(なんだよお!)
どんどん落下していく。
落ちていく。
落ちる。
落ちる。
リスも。
アンジュも。
おれ自身も。
そしたら……、おれの足が生えてきたのだ。
いきなり現れた。
薄い青の布切れのようなのがまとわりついている。
あのとき着ていたナース服までが転送されてきたのか。
おれはそれを見ている。
落ちていく四肢を感じている。
おれの手。
おれの足。
おれの肉。
肉が。
肉体が。
現れたと思ったら、形が崩れていく。
さらさらした砂になっていく。
砂?!!
三日間待った結果が、、、砂?
見ているおれはどこにいるんだよ?
砂が今度はまた寄り集まって何かになってく。
それが墜落しつづけるおれの前なのか、
おれ自身なのかわからないままに、
砂と思われた粒子が再び寄り集まっていく。
(おれは花粉になったのか?)
粒子がそれ自体ナノマシーンみたいに空中で勝手に動いていて、それはまるで風に舞う鳥の群れのように……。
集まって何か白いものになっていく。
どんどん群れ固まって白く盛り上がっていく。
盛り上がっていく。
え?
これって、
これって、、、、、乳房。
まさか乳房?
———実体化した。
———————————————————————
第一巻 了
☆第二巻から、主人公たちの闘争場所も変わり、
新たな物語が始まります。




