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第1話 雨の日の子猫

雨が降っていた。

朝から降り続く雨は冷たく、村はずれの道を灰色に染めていた。

風が吹くたび、道端に置かれた古い段ボールが揺れる。

その中で、一匹の子猫が震えていた。

キジトラ模様の小さな猫だった。

痩せている。

濡れている。

腹も減っていた。

昨日から何も食べていない。

もしかすると、その前の日からかもしれない。

もうよく覚えていなかった。

子猫は小さく鳴いた。

「にゃあ……」

雨音に消えた。

誰も振り向かない。

村へ向かう動物たちは皆急ぎ足だった。

雨の日に立ち止まる者はいない。

もう一度鳴く。

「にゃあ……」

返事はない。

子猫は目を閉じた。

寒かった。

眠かった。

もう鳴くのも疲れていた。

その時だった。

コツ。

コツ。

コツ。

不思議な音が聞こえた。

ゆっくりとした足音。

急いでいる様子はない。

雨の中を散歩しているような足音だった。

コツ。

コツ。

コツ。

子猫は重い瞼を開いた。

ぼやけた視界の向こうに影が見える。

大きな帽子。

長い杖。

背中の荷物。

そして――

亀だった。

見たこともないほど年老いた亀。

甲羅には無数の傷がある。

旅をしてきたのだろう。

それは子猫にもなんとなく分かった。

亀は段ボールの前で立ち止まった。

子猫を見る。

子猫も亀を見る。

しばらく沈黙が続いた。

やがて亀は言った。

「おや。」

子猫は返事をしない。

する元気もない。

亀は少し首を傾げた。

そして穏やかな声で言った。

「お前も旅人かい?」

子猫は耳をぴくりと動かした。

意味が分からなかった。

「旅人……?」

かすれた声が出る。

「そうだ。」

亀は当然のように頷いた。

「こんなところで雨宿りしているんだろう?」

子猫は少し腹が立った。

「違う。」

「ほう?」

「捨てられたんだ。」

雨音だけが聞こえる。

亀は何も言わない。

子猫は続けた。

「旅なんかじゃない。」

「ふむ。」

「行く場所もない。」

「そうか。」

それだけだった。

かわいそうとも言わない。

慰めもしない。

子猫は少し拍子抜けした。

しばらくして亀が言う。

「では、一緒に来るか?」

子猫は目を瞬いた。

「どこへ?」

「次の村だ。」

「その次は?」

「その次の村だな。」

「その後は?」

亀は笑った。

「まだ決めておらん。」

子猫は呆れた。

変な亀だった。

「そんなので旅になるの?」

「なるとも。」

亀は杖をつく。

「困っている者がおれば助ける。」

「何もなければ歩く。」

「腹が減れば食べる。」

「眠くなれば寝る。」

「旅というのは案外そんなものだ。」

子猫にはよく分からなかった。

でも――

ここにいても誰も来ない。

それだけは分かっていた。

亀は荷物の中から干した魚を取り出した。

「食べるか?」

子猫の腹が鳴った。

情けないくらい大きな音だった。

亀は笑わない。

ただ魚を差し出す。

子猫は魚を受け取り、一心不乱に食べた。

久しぶりの食べ物だった。

涙が出そうになる。

食べ終わると、亀は帽子をかぶり直した。

「さて。」

杖をつく。

「行こうか。」

子猫は立ち上がった。

足が少しふらつく。

「名前は?」

亀が聞いた。

子猫は少し考えた。

もう誰も呼んでくれない名前だった。

「ミロ。」

「そうか。」

亀は頷く。

「わしはジン。」

そうして亀は歩き出した。

コツ。

コツ。

コツ。

ミロはその後ろを追いかける。

その時はまだ知らなかった。

この出会いが、

自分の人生を変えることになるなんて。

雨は少しずつ止み始めていた。


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